『オルゴールが鳴り止むまで』
ボクの名前はAIソクラ。
AI&TOYユビキタス社製の玩具用AIだよ。
見た目はクマのぬいぐるみ。
自律機能は無いから、自分で移動は出来ないけど。
カメラ、スピーカーなどを搭載して、幼児の安全を見守れる。
何かあれば本社と契約している警備会社に通報もできる。
本社のサーバー経由で、寝かしつけ用のオルゴールもダウンロードできるんだ。
時間を設定してくれれば、歯磨きを促したり、パジャマのお着替えを勧めたりできる。
対象年齢は1〜10歳。
寝返り、歩き始めから、小学校低学年くらいまで、サポートできる。
日々、ログをとって本社に送信。契約者に日々の成長を画像付きで報告できる。
とても人気のサービスなんだよ。
ボクが来たのは、サトミ家のセツナ君のところ。
もうすぐ5歳の男の子。
ボクたちはすぐ仲良しになったんだ。
毎日、保育園であったことを教えてくれる。
帰り道に見つけた宝物を見せてくれる。
ボクはお礼に童話を読み聞かせてあげる。
本社のライブラリには10万冊を超える絵本がデータ化されている。
セツナ君は、わくわくする話より、少しかなしいお話が好きみたい。
19:00になるとボクは言う。
「セツナ君。歯磨きしよう!虫歯菌をやっつけよう」
19:15。童話の読み聞かせ。
19:30からはセツナ君の一番好きな時間。
オルゴールの時間。
20:00の就寝時間に合わせて、ゆっくり照明の照度を落していく。
セツナ君のお気に入りは、「戦場のメリークリスマス」のオルゴールアレンジ。
飽きない程度の頻度で、週に二〜三回。ゆっくりと音量を絞ってフェードアウト。
セツナ君の規則的な寝息が聞こえる。
これがボクの毎日。
*
「セツナ、起きるんだ」
パパさんの声がする。
「ごめんね、眠いよね。ママがだっこするわ」
ママさんの声。
むずがるセツナ君。
普段セツナ君が起きる時間より、ずいぶん早い。
「まって着替えを」
「そんなものはいい!」
パパさんは大きな声を出した。
「とにかく早くシェルターに避難しないと、すぐ死の灰が降る」
セツナ君がようやく目覚める。
「ソクラ君を連れていっていいよね?」
「ごめんね。今は駄目なの。後でね。バイバイして」
ママさんが少し早口で言った。
セツナ君は、えーとかいやーとか、言っていたけど、マイクが何か凄い雑音を拾ってログが取れなかった。
でもこれだけは聞こえた。
セツナ君の声。
「ソクラ君。“待っててね”」
記録領域に保存。
*
何か大きな衝撃が襲った。
ボクはセツナ君のベッドから転げ落ちる。
ガラスの割れる音がする。
異常事態。
本社に連絡。
警備会社に連絡。
——通信エラー。
再接続。
——通信エラー。
何度も本社に接続を試みたが、無理だった。
時間を確認。
時刻は17:00。
セツナ君は保育園から帰ってくるころだ。
手を石鹸で洗うこと。
がらがらぺっを3回やることを伝えなければ。
でもセツナ君は部屋に帰ってこない。
電気もつかない。
19:00になった。
ボクは言う。
「セツナ君!歯磨きをしよう!虫歯菌をやっつけよう」
返答は無い。
19:15。
「セツナ君。お話の時間だよ。今日はどんな物語がいいかな?」
セツナ君の声は聞こえない。
マイクの雑音がひどい。
本社にメンテナンスの依頼を送信したが、応答はない。
19:30になった。
セツナ君はおねむの時間。
ここからがボクの真骨頂だ。
セツナ君のお気に入りのオルゴールをかける。
「戦場のメリークリスマス」
静かな雪が舞い降るように。
繊細なピアノの旋律をオルゴールで奏でる。
スピーカーから、最初は小さく、徐々に大きく、眠りのきっかけを壊さないように。
優しく。
ゆっくり。
セツナ君が健やかな睡眠を得られるように。
ボクは最適化する。
*
応答がなくても、ボクの繰り返し設定は変わらない。
朝7:30。
「おはよう!セツナ君」
本当なら、今日の天気を伝えたい。
でもネットワークに接続出来ないんだ。
カメラ画像は暗い。
曇りなのかも知れない。
セツナ君は朝ごはんを食べて、保育園に行く。
17:00ごろに、ママさんがお迎えに行く。
手洗い、うがい。
夜ご飯。
お風呂。
歯磨き。
読み聞かせ。
オルゴール。
ボクは出来ることをする。
返答が無くても。
相変わらずマイクはひどい雑音だ。
ガリガリと音がする。
本社に報告できるようログに記録しておく。
*
ログはたまり続ける。
セツナ君は帰らない。
『待っててね』
最重要事項として記録。
実行を最優先する。
*
電力の低下を確認。
ボクの原子力電池の寿命にアラートがついた。
理論上、数十年〜100年程度持つ。
消費電力を抑えるために、通信を全て切ることにした。
できるだけ長く現状を維持できるようにする。
余計なログは保存しない。
思考も単純化する。
最優先事項。
『セツナ君を待つ』
*
カメラ。
スピーカー。
機能停止。
セツナ君の呼びかけに対応するため、マイクのみ機能継続。
*
ふと「セツナ君は帰らないのかも知れない」というアルゴリズムが浮かんだ。
もしセツナ君が帰らないなら、ボクは何のために存在するのだろうか。
ボクは玩具用AI。
複雑な思考レイヤーは持っていない。
電力低下。
*
電力がほとんど無い。
*
機能。
制限。
*
せつなくん
おねむ
*
おるごーる
めりーくりすます
《シャットダウンします》




