第9話 断罪と逆転の評価
重厚な扉が開く音が、静まり返った広間に響いた。
「被告人、前へ」
衛兵の声に促され、私は一歩前へ出た。
ここは王城の「審問の間」。
本来なら重大な罪人を裁くための場所だ。
高い天井、冷たい石床。
正面の玉座には、宰相代理を務める老齢の男と、その横に不機嫌そうに腕を組むローランド王子が座っている。
「セレナ・ワイズ。並びに元都市計画局長キース・アークライト」
宰相代理が羊皮紙を広げ、冷徹な声で読み上げる。
「其方らは昨夜、王命に背き、第一王子殿下が建立された『栄光の凱旋門』を損壊させた。さらに、得体の知れない魔法を行使し、王都の景観を著しく汚した疑いがある。申し開きはあるか?」
私は唇を噛んだ。
やっぱり、そうなるのか。
私たちが数万人の命を救ったことよりも、彼らの体面を潰したことの方が重要らしい。
隣に立つキースを見た。
彼は官職を剥奪されたため、いつもの軍服ではなく、飾り気のない麻のシャツと黒ズボンという平服姿だ。
手枷こそされていないが、両脇を屈強な騎士に固められている。
けれど、その背筋は剣のように真っ直ぐで、表情には一点の曇りもなかった。
「……損壊させたのは、殿下の無知と慢心です」
キースが静かに、しかしよく通る声で言った。
「貴様! 口を慎め!」
ローランドが立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。
「余の門は完璧だった! それを、あの黄色い異物で汚し、あまつさえ最後はあんな……風呂屋の壁画のようなふざけた絵で! 余の美学に対する冒涜だ!」
「美学で民は救えません。あの『壁画』がなければ、今頃この城の地下まで水没していたでしょう」
「黙れ! 結界石さえあれば防げたのだ! 余が石を持っていたのは、とっさの判断で……」
ローランドは言い訳を並べ立てる。
見苦しい。
あの時、彼は石を玩具感覚で持ち出し、発動させられなかった。
それが全ての真実だ。
「ええい、もうよい! この者たちを地下牢へ……」
宰相代理が木槌を振り上げた、その時だった。
「――待ちなさい」
凛とした声が、広間の入口から響いた。
扉が大きく開かれる。
そこに立っていたのは、数名の護衛を従えた、痩せ細った初老の男性だった。
顔色はまだ蒼白だが、その瞳には王者の光が宿っている。
「ち、父上!?」
ローランドが目を剥いた。
現国王だ。
長らく原因不明の熱病で伏せっており、意識がないと聞いていたはずだが。
「陛下! な、なぜここに……お体は……」
「騒がしいぞ、ローランド。余が寝ている間に、ずいぶんと国を『模様替え』しようとしたようだな」
国王はゆっくりとした足取りで玉座へと歩み寄った。
宰相代理が慌てて席を譲り、平伏する。
「父上、聞いてください! この者たちが余を愚弄して……」
「黙りなさい」
一喝。
ローランドが萎縮して口をつぐむ。
国王は玉座に深く腰掛け、私とキースをじっと見つめた。
「キースよ。余の意識が戻ったのは、今朝のことだ。……薬が届いたのだよ」
薬?
私は首を傾げた。
「特効薬の原料となる『竜の髭』という薬草だ。北の辺境でしか採れぬ稀少な草だが、鮮度が落ちやすく、これまでは都に届く前に枯れてしまっていた」
国王は懐から、一枚の報告書を取り出した。
そこには、見覚えのある「桃色の道」の絵が描かれている。
「だが、今回は違った。驚くべき速度で、かつ振動を与えずに運ばれてきた。……この『桃色の街道』のおかげでな」
あ。
私が第3話で作った、あの派手な道だ。
まさか、あれが国王の命を救うことに繋がっていたなんて。
「さらに、だ。都の下水による悪臭が消え、衛生環境が改善されたことで、余の熱も下がった。……あの『クマの蓋』のおかげでな」
今度はクマの絵が出てきた。
広間の貴族たちがざわめく。
あの珍妙な工作物が、王を救った?
キースが一歩前に出た。
彼は懐から、分厚い書類の束を取り出した。
「陛下。ご快復、心よりお慶び申し上げます。……ここに、過去一ヶ月の都市基盤に関する詳細な記録があります」
キースは書類を掲げた。
「セレナ嬢の魔法による介入後、街道の物流速度は三倍に向上。下水整備による疫病発生率は九割減。そして昨夜の水害対策により、推定五万人の市民の命と、国家予算の半分に相当する被害額が守られました」
キースの声が朗々と響く。
「彼女の魔法は、確かに見た目は奇抜です。しかし、その結果は数字が証明しています。彼女こそが、この国の救世主です」
広間が静まり返った。
誰も反論できない。
数字という暴力的なまでの事実は、美学だの権威だのを粉砕する力を持っていた。
「……う、嘘だ! そんな数字、捏造に決まっている!」
ローランドだけが、認めまいと叫んだ。
「だいたい、あんな泥臭い女が! 余の婚約者だった頃は何の役にも立たなかったではないか!」
「それは、お前が見ようとしなかったからだ」
国王が静かに告げた。
「ローランドよ。お前は見た目ばかりを飾り立て、中身を見ようとしなかった。凱旋門もそうだ。土台が腐っているのに、上に石を積めば崩れるのは道理だ」
「父上……」
「お前には王の資格はない。……廃嫡とする」
「な……っ!?」
ローランドが膝から崩れ落ちた。
宰相代理も顔面蒼白で震えている。
「キース。お前を都市計画局長に復帰させ、さらに次期公爵としての地位を保証する。……そして、セレナ嬢」
国王の視線が、私に向いた。
私は慌てて淑女の礼をとった。
ドレスは泥だらけでボロボロだけど、精一杯の敬意を込めて。
「其方の働き、見事であった。我が国の窮地を救ってくれたこと、礼を言う。……何か望みの褒美はあるか?」
褒美。
私は顔を上げた。
金銀財宝? 地位? 名誉?
どれも心惹かれない。
私が欲しいのは、もっと自由な「現場」だ。
「陛下。……これからも、この国の修繕を続けさせてください。まだ、直したいところがいっぱいあるんです」
「……それだけでよいのか?」
「はい。あと、私の魔法の意匠について、あまり文句を言わないでいただけると助かります」
ククッ、と国王が笑った。
周りの貴族たちからも、忍び笑いが漏れた。
「よいだろう。『王立筆頭建築魔導師』の称号を与える。好きなだけ直すがよい」
これで一件落着。
そう思った時、床にへたり込んでいたローランドが、ふらりと立ち上がった。
「……ま、待て」
彼は虚ろな目で私を見た。
往生際が悪い。まだ何か言う気か。
「セレナ。……余が悪かった。認めよう、お前には価値があったようだ」
彼は何故か、髪をかき上げて気取った表情を作った。
「廃嫡は免れぬかもしれんが、余はまだ王族だ。……特別に、婚約を戻してやってもよいぞ?」
は?
この期に及んで、何を言っているんだこの男は。
「戻してやる」?
私が喜んで飛びつくとでも思っているのか。
私は彼を真っ直ぐに見据えた。
以前のような、怯えた令嬢の目はもうしていない。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた、職人の目だ。
「お断りします」
一刀両断。
迷いなど微塵もなかった。
「な、なぜだ!? 余だぞ!? あの時あんなに余を慕っていたではないか!」
「殿下。貴方は『見た目が悪いものは価値がない』とおっしゃいましたね」
私は一歩踏み出した。
「私は逆です。『中身のないものは価値がない』と思っています。……貴方のように」
ローランドが息を呑んだ。
図星を突かれた顔だ。
中身スカスカの凱旋門と同じ。表面だけ飾って、土台がない人間。
「それに、私にはもう、最高の相棒がいますから」
私は隣に立つキースを見た。
彼は驚いたように目を丸くしていたが、すぐに口元を緩め、愛おしそうに私を見返してくれた。
「……だ、そうだ。殿下」
キースが私の腰に手を回し、引き寄せた。
公衆の面前だというのに、躊躇いがない。
「彼女は俺が見つけた原石だ。今さら返せと言われても、渡す気はない」
キースの宣言に、広間から歓声と拍手が沸き起こった。
ローランドは顔を真っ赤にして何か叫ぼうとしたが、衛兵たちに両脇を抱えられ、引きずり出されていった。
「離せ! 余は、余は輝いているはずだーっ!」
その声が扉の向こうに消えると、ようやく本当の静寂と、温かい空気が戻ってきた。
私はキースを見上げた。
彼も私を見下ろしている。
「……言ったな? 最高の相棒だと」
「えっ、あ、それは……仕事上の話で……」
「俺は公私共に、そのつもりだが?」
キースが意地悪く笑う。
その笑顔は、昨夜の月明かりの下で見たものと同じくらい、魅力的だった。
「覚悟しておけ。これからはもっと忙しくなるぞ」
彼の言葉に、私は苦笑いで応えた。
ええ、望むところです。
貴方と一緒なら、どんな泥沼の現場だって、きっと極上の舞台に変えてみせるから。




