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追放令嬢のインフラ改革 ~ハリボテ魔法で国を直して成り上がる~  作者: 九葉(くずは)


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第2話 都市計画官は、ハリボテに驚愕する

「買い取る? 私を?」


私は反射的に自分の体を抱きしめて一歩下がった。

目の前の男――キースと名乗った都市計画局長は、私の反応を見てハッとしたように眼鏡の位置を直した。


「失礼。言葉が足りなかった。君の技術(スキル)を国で買い上げたいと言ったんだ。人身売買の趣味はない」

「はあ……技術、ですか」


私はチラリと、自分が架けた橋を見た。

夕闇の中で、その橋だけが蛍光塗料を塗ったように不自然に明るく浮き上がっている。

近くで見れば見るほど、安っぽい。

子供騙しの芝居小屋にある書き割りそのものだ。


「こんなおもちゃみたいな魔法ですよ? 王都の魔導師様たちが見たら、鼻で笑います」

「笑わせておけばいい。奴らの目は節穴だ」


キースは吐き捨てるように言うと、再び懐から計測用の片眼鏡(モノクル)を取り出した。

彼は橋の橋脚を撫で回し、ブツブツと数値を読み上げ始めた。


「魔力伝導率、ほぼゼロ。つまり維持コストがかからない。なのに物理干渉防御力は城壁の十倍……。あり得ない。どういう理屈だ? 内部構造はどうなっている?」

「えっと、中身は空洞です」

「は?」


キースが動きを止めた。

クマの刻まれた目が、ギギギと錆びついた蝶番のように私の方を向く。


「空洞?」

「はい。舞台セットなので。表面だけの張りぼてです。中に土を詰めると重くて運べないので、概念だけで強度を持たせてます」


私は正直に答えた。

これは前世の演劇部での常識だ。

見た目が石に見えれば、観客は石だと信じる。

その信じる力を魔力で固定化しているだけだ。


キースは口を半開きにして、しばらく橋と私を交互に見ていたが、やがて深いため息をついた。

こめかみを親指で強く揉んでいる。


「……頭が痛くなってきた。既存の魔法工学の全否定だ」

「だから言ったじゃないですか。邪道だって」

「違う。これは革命だ」


彼はバッと顔を上げ、私の手首を掴んだ。

力強い、有無を言わせぬ握力だった。


「場所を変えよう。立ち話で済む案件じゃない。君の屋敷へ行くぞ」

「えっ、ちょ、待ってください! 私の家はまだ片付いてなくて……!」

「構わん。役人の宿舎よりマシだろう」


彼は私の抗議を聞かず、ズカズカと森の小道を歩き出した。

泥だらけのブーツが、迷いなく進んでいく。

私は引きずられるようにして、その後を追った。


   *   *   *


十分後。

私たちは幽霊屋敷こと、私の新居のリビングにいた。


管理人の老夫婦が、恐縮しながら欠けたカップでお茶を出してくれた。

キースはそれを気にすることなく一気に飲み干すと、持っていた羊皮紙をテーブルに広げた。


「単刀直入に言おう。セレナ・ワイズ。君を国家特別インフラ顧問として雇用したい」

「……はい?」


あまりに予想外の肩書きに、声が裏返る。


「顧問って、私は今日追放されたばかりの身ですよ? 婚約破棄された女なんて、国にとっては恥でしょう」

「その恥を捨てた第一王子が、どれほどの損失を出したか。じきに思い知らせてやる」


キースの目が、一瞬だけ冷たく光った。

その凄みに、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。

この人、ただの役人じゃない。

もっと危ない、切れ味の鋭いナイフのような雰囲気がある。


「現状、この国のインフラは死にかけている」


キースは羊皮紙の図面を指差した。

それは王国の地図だったが、あちこちに赤で×印が付けられている。


「主要街道の舗装率は二割以下。雨が降れば物流が止まる。橋は老朽化し、いつ落ちてもおかしくない。だが、予算がない」

「予算、ないんですか? 貴族の方々は毎晩夜会を開いていますけど」

「ああ。奴らがドレスと宝石に金を使い込むせいで、道路に撒く砂利一つ買えないのが現実だ」


キースは憎々しげに言い、机を叩いた。


「俺は、この国を物理的に立て直したい。だが、既存の工法では金も時間も足りない。そこに君が現れた」

「……私の、書き割り魔法なら」

「ああ。金がかからず、一瞬で設置でき、強度は最強。見た目がふざけていること以外は完璧だ」


褒められているのか貶されているのか分からない。

でも、彼の必死さは伝わってきた。

目の下のクマが、彼の激務を何よりも雄弁に語っている。


「でも、私にも条件があります」


私は居住まいを正した。

流されるまま契約するのは、私の流儀に反する。


「私は、不便なのが嫌いです。雨漏りする家も、泥だらけの道も我慢できません。だから魔法を使います。あくまで私の生活水準を上げるためなら、協力します」

「……合理的だ。それでいい」

「それと、私の魔法のデザインについて文句を言わないこと。どうしても手癖で舞台風になっちゃうので」


キースは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、小さく頷いた。


「妥協しよう。機能性が保証されるなら、景観には目を瞑る」


交渉成立だ。

私が手を差し出そうとした、その時だった。


ポツ、と音がした。

外で雨が降り出したらしい。


「あ、降ってきましたね」

「この屋敷、屋根は大丈夫なのか? 外から見た限り、かなり傷んでいたが」


キースが天井を見上げた。

私もつられて見上げる。


リビングの天井には、直径一メートルほどの大きな穴が開いていた。

本来なら、そこから雨水がボタボタと垂れてきて、床を水浸しにしているはずだ。


しかし、今は違った。

穴の部分だけ、なぜか突き抜けるような青空が見えていた。


真っ暗な夜なのに。

そこだけ、真夏の昼下がりのような、嘘くさいほど鮮やかな青空が。


「…………なんだ、あれは」


キースの声が震えている。


「あ、あれですか? 雨漏りが酷かったので、とりあえず塞いでおいたんです」

「塞ぐ? 空で?」

「いえ、青空の背景パネルです。演劇でよく使うやつ。防水加工してあるので雨は通しませんよ」


私は説明した。

天井の穴に、サイズを合わせた青空の絵が描かれた板を魔法でハメ込んであるのだ。

部屋の中なのにそこだけ晴天。

しかも照明用の魔術効果も付与してあるので、薄暗い部屋の中でそこだけカッと明るい。


我ながら、狂気的な光景だと思う。


キースは口をパクパクさせていた。

眼鏡がずり落ちていることにも気づいていない。


「……夜なのに、空の一部だけが昼……」

「気分だけでも明るくなるかなって」

「君の感性は、どうなっているんだ……」


彼は深々と頭を抱え、長い長いため息をついた。

そして、懐から胃薬のような小瓶を取り出し、一気に飲み干した。


「撤回する」

「えっ、契約破棄ですか?」


「違う。デザインへの不干渉という条件だ」


キースは眼鏡を押し上げ、ギラリと私を睨んだ。


「機能は君に任せる。だが、デザイン監修は俺がする。絶対にだ。このままでは国中が前衛芸術の展示場になってしまう」


「ええー……私のデザイン、そんなにダメですか?」

「空を見ながら真顔で言える神経を疑う」


キースは呆れ果てた顔で言ったが、その口元はわずかに緩んでいた。

彼は立ち上がり、右手を差し出した。


「歓迎するよ、セレナ。君はこの国の、唯一の希望だ。見た目以外は」


私はその手を取った。

大きくて、ペンダコの固い手。

書類仕事だけでなく、現場を走り回っている人の手だ。


「よろしくお願いします、局長」


こうして、私と仕事中毒な都市計画官との、奇妙な二人三脚が始まった。


窓の外では雷が鳴り響いている。

その音に紛れて、裏庭で誰かが倒れるような重い音がしたことに、私は気づきもしなかった。

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