第10話 新しい国づくりは、笑いと共に
季節は巡り、また春が訪れていた。
王都ルミナは今、かつてない活気に満ちている。
泥だらけだった街道は、鮮やかな桃色の板石で舗装され、馬車が滑るように行き交う。
悪臭を放っていた下水道は、クマの顔をした蓋によって守られ、街の象徴として親しまれている。
そして、元凶であったローランド元王子はというと。
北の果てにある修道院で、毎日床磨きに従事しているらしい。
「美しく磨き上げることこそ修行」と言って、意外と真面目にやっているそうだ。
彼なりの「美学」が、ようやく正しい方向――清掃活動――に向いたようで何よりだ。
「……よし、最終点検完了」
私は大聖堂の控え室で、純白のドレスに身を包み、鏡の前で頷いた。
今日の私は、現場監督ではない。
花嫁だ。
「セレナ様、お時間です」
侍女が扉を開ける。
心臓が早鐘を打つ。
ついに、この時が来た。
* * *
数ヶ月前。
都市計画局の執務室で、キースは書類の山から顔を上げ、唐突に言った。
『結婚しよう、セレナ』
『はい。……えっ?』
『俺の人生には、君の修繕が必要だ。一生、俺の隣で、この国と俺を支えてくれ』
指輪の代わりに渡されたのは、王都全域の再開発計画書だった。
甘い雰囲気の欠片もない。
けれど、それが私たちらしてくて、私は涙が出るほど嬉しかったのだ。
* * *
重厚な扉がゆっくりと開く。
光が溢れる大聖堂。
数百人の参列者が、一斉にこちらを振り返る。
正面の祭壇には、正装したキースが待っている。
いつも通りの銀縁眼鏡。
でも、その表情は今まで見たことがないほど優しく、そして少し緊張していた。
本来なら、ここから父の先導で祭壇まで歩く。
だが、私は父――実家の伯爵とは絶縁している。
一人で歩くことになるのだが、長い参道を踵の高い靴で歩くのは非効率だし、転ぶ危険性がある。
だから、私は「秘策」を用意した。
さあ、お披露目の時間だ。
私はドレスの裾に隠した、足元の起動石を踏んだ。
「『舞台装置生成』――演目No.101、祝福の自動回廊!」
ウィィィン……。
静かな駆動音が響いた。
次の瞬間、私が立っている床の一部――赤い絨毯が敷かれた通路全体が、ゆっくりと動き出した。
「なっ!?」
「床が……流れている!?」
参列者たちがどよめく。
そう、これは前世の空港にあった「動く歩道」を再現した魔法だ。
私は一歩も動くことなく、直立不動のまま、厳かな速度で祭壇へと運ばれていく。
ウィーーーン……。
流れる景色。
驚愕する貴族たち。
口元を押さえて震えている(笑いを堪えている?)友人たち。
私は優雅に微笑んで手を振った。
完璧だ。
これなら転ぶ心配もないし、ドレスの裾も乱れない。
実に機能的で、美しい入場ではないか。
祭壇の前で待つキースの顔が近づいてくる。
彼は最初、驚きに目を丸くしていたが、すぐに片手で顔を覆い、肩を震わせ始めた。
「……くっ……はははっ!」
こらえきれず、彼が吹き出した。
いつも眉間にシワを寄せていた彼が、子供のように無防備に笑っている。
動く床が、祭壇の前でピタリと止まった。
到着だ。
キースが涙を拭いながら、私に手を差し出した。
「……参ったよ。まさか花嫁が『荷物』のように流れてくるとは思わなかった」
「失礼な。厳かな入場でしょう?」
「ああ。君らしくて、最高だ」
彼は私の手を取り、祭壇へと引き上げた。
神官も笑いを噛み殺しながら、誓いの言葉を述べる。
「健やかなる時も、病める時も……これを愛し、共に歩むことを誓いますか?」
「誓います。……歩むというより、共に走ることになりそうですが」
キースの言葉に、会場からドッと笑いが起きた。
堅苦しい儀式は、もうどこにもない。
温かくて、楽しい空気が満ちていた。
「誓います。どんな故障も、私が直してみせます」
私が答えると、キースは満足げに頷き、顔を覆う布を上げた。
「頼むよ、最高の相棒」
重なる唇。
ステンドグラスの光が降り注ぎ、割れんばかりの拍手が大聖堂を包み込んだ。
それは、この国の新しい時代の幕開けを告げる、幸せな音だった。
* * *
――それから、数年後。
私とキースは、ある橋の上に立っていた。
王都の東、新しい商業区へと続く大きな橋だ。
かつて私が第1話で架けた「書き割りの橋」は記念碑として残され、その隣に新しく、恒久的な石橋を建設したのだ。
「いい風だ」
公爵となったキースが、欄干に肘をついて川面を眺める。
目の下のクマはすっかり消え、精悍な顔つきになっている。
激務なのは相変わらずだが、私が作った「癒やし椅子」のおかげで健康体だ。
「物流も順調ですね。東の帝国との交易も増えました」
「ああ。君のおかげで、この国は『大陸で一番住みやすい国』なんて呼ばれているよ」
キースが笑い、橋の欄干をポンと叩いた。
その欄干は、赤い石で作られている。
形は、八本の足が末広がりに伸びた、愛嬌のある「タコ」の形だ。
前世のお弁当に入っていた、あの「タコさん型の腸詰め肉」を模したものだ。
「しかし、なぜタコなんだ?」
「『多幸』に通じますから。幸せが多いようにって願いです」
「……また適当なこじつけを」
キースは呆れたように言うが、その顔は綻んでいる。
道ゆく人々も、このタコの欄干を撫でていく。
「タコさん橋」と呼ばれ、今や夫婦円満の名所だ。
「ねえ、キースさん」
「なんだ?」
「私、今度は空飛ぶ馬車を作ろうと思うんです。空中に張った綱を渡る箱のような」
「……また空に妙なものを浮かべる気か?」
「便利ですよ? 移動時間がゼロになります」
キースは一瞬天を仰いだが、すぐに私の腰を引き寄せ、口づけを落とした。
不意打ちに、私が目を白黒させる。
「勝手にしろ。……どんなデタラメな景色でも、君と一緒なら悪くない」
彼はニッと笑った。
その笑顔は、この国のどんな宝石よりも、どんな魔法よりも美しく輝いていた。
「さあ、帰ろう。夕食は君の好きな、あの赤い海獣にしてやる」
「やった! 揚げたやつがいいです!」
私たちは手を繋ぎ、タコさん橋を歩いていく。
足取りは軽い。
これから先も、私たちの前には、ちょっと変で、最高に楽しい道が続いているのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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