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ep.1

僕は、他の人と比べると性欲がない方だ。


細身だからだろうか。


栄養が足りてないからだろうか。


いや違うだろう。


不特定多数の女性からキャーキャーと言われるこの職業が原因なのだろうか。


「よーい、アクション。」


そんな声がかかると、僕らは全くの別人に生まれ変わる。


目の前の人間を本当に愛していなくても、その相手のことが愛おしく思えてくる。


そして、僕らは口付けを交わす。


1週間に何度も違う人とする時もある。


「よーい、アクション。」


この一声があれば、僕らは何者にもなれる。


僕らにとって魔法の言葉だ。


そんなことを繰り返していくうちに僕は、本当の感情というものを忘れてしまったように思う。


愛とは何か、怒りとは何か、悲しみとは何か、深く考えれば考える程、おかしくなっていく。


そして僕は、恋愛というものを一切しなくなってしまったのかもしれない。


性欲が湧かなくなってしまったのもこのせいなのだろうか。


いやそのせいにしたいだけなのかもしれない。


そんな僕がなぜこんなクラブにやって来たかというと、メンバーのマイクと楽曲制作の勉強に来たからだ。


俳優という仕事以外に16歳からアーティスト業もしている。


アーティストといえば聞こえが良いが、8人組ボーイズグループ、いわゆるアイドルだ。


CDを出すたびに特典会という名の不特定多数の女性ファンと握手をしたり、写真を撮ったり、恋人ごっこをしたりして、なんとか売上を保っている。


「たけるくん大好きです。」

「たけるくん愛しています。」


彼女らは僕に無限の愛をくれる。

僕に無条件の愛をくれる。

僕が何をしても許してくれる。

そんな心強い存在だ。


僕はこれで満足してしまっているのか。


逆に麻痺してしまったのか。


理由はわからないが恋人を作らなくなってしまったもう一つの原因ではある。


話が脱線したが、僕はそんなアイドルという職業を初めて今年で10年目になる。


グループは、全く売れる気配がしない。


僕らはなんとかこの世界に残り続けるため、俳優という職業を始めた。


ありがたいことに多くの作品に出演していて、なんとか食べていけるまでにはなった。


でも僕らは、グループで有名になる、東京ドームに立つという夢を諦めてはいなかった。


そんな落ちぶれたグループだが、メンバーのマイクは、僕とは違い天才だ。


彼は、僕らグループの楽曲制作も担当している。


アメリカ出身の有名クリエイターJ、韓国出身クリエイターKと手を組み、毎回素敵な楽曲を僕らに作ってくれている。


一応グループでメインボーカルを務める僕は、彼らの楽曲制作の場に同行しているのだ。


今日は、JがDJを務めるクラブにマイクと一緒にやって来た。


ギラギラと光った眩しすぎるライトの数々。


いくら浴びても慣れない眩しさだ。


180cm以上の身長の僕らにはあまりにも低すぎる扉を開けて、今日も異世界へと足を踏み入れる。


「Yo,Takeru. What's up?」


首元に大きなゴールドのネックレスをジャラジャラと鳴らせて、丸型のキャンディーを舐めながら僕の前に手を出すJ。


アメリカンスタイルだ。


僕は、彼の手を取りハグを交わす。


何回会っても慣れない。


これも僕たちが売れるための集いだ。


マイクの才能を活かせないのは、僕らのせいなのではないか。


そんな気さえするほど、彼らの音楽は、天才的だ。


音楽は、今にも明日にでも売れてもおかしくはない。


なのに売れない。


どれだけ曲が良くても、歌い手が良くないとこんなにも売れないのだろうか。


同じ事務所の5年後輩のTake21。


僕らと同じ8人組グループ。


僕らみたいに自分たちで曲を作らず、大人たちが作った曲でまるで事務所の操り人形かのような彼ら。


決して歌が上手いわけでもなく、ダンスが上手いわけでもない。


正直言って僕らの方が断然上手い。


だが彼らは、5大ドームツアーをするほどの人気ぶり。


僕らが一生懸命歌やダンス、楽曲制作にかける時間を彼らはバラエティー番組出演、ドラマ出演、CM出演にかけている。


正直言ってバカらしくなる。


虚しくもなる。


楽曲制作を任されているのもマイクが天才だからだと思っていたが、もしかしたら僕らにお金をかけたくないだけなのではないかとさえ思えてくるのだ。


人気になることに実力がある、天才であることは無力なのだ。


売れる奴は、なぜか売れる。


それだけのことだ。


目に見える正解がない。


それが芸能界なのだ。


「たける、どした?」


「いやなんでもねぇよ」


「ならいいけど」


マイクはそう言いながら、機材を触っていた。


「そういえば今日モデルのレナちゃん来るらしいぞ」


「レナ?」


「そうそう。レナちゃん。可愛いよなぁ。」


「誰だっけ?」


「え?たける、学園物のドラマで共演してたじゃん。」


「そうだったけ?」


いくら思い出しても思い出せない。


「よーいアクション。」


僕にとってこの言葉は、魔法なのだ。


シンデレラのようなあの時間だけまるで異世界にいるようなそんな瞬間なのだ。


僕ではない何かになっている。


その現場にいたことさえも覚えていないようなそんな感覚。


もちろん共演者のことも覚えていないし、顔すらも怪しい。


こう聞くと、僕がまるで天才俳優かのように聞こえるかもしれないが、僕は、決して演技が上手い訳でもない。


ただその辺にいる売れないアイドルで俳優仕事を少しばかり摘んでいるだけだ。


「マイク。その子の役名覚えてるか?」


「役名?」


「役名なら覚えてるかも。」


「うーん、なんだっけ、あの途中でさ、親が離婚する役の子じゃん。転校することになって、」


「あ!リサか!」


「そうそう。リサ役のレナちゃん。可愛いよなぁ。たける!連絡先持ってないの?」


「持ってるわけねぇーだろ。」


「だよな。お前が女に興味ある訳ねぇか。」


「なんだよそれ。それじゃあまるで僕が男が好きみてぇじゃん。」


「え?違うのか?」


「ちげぇよ。一応恋愛対象は女だよ。」


「そうなんだ。じゃあなんで興味ねぇーんだよ。」


「それは僕が1番知りてぇよ」


僕は、思わずため息をついてしまった。


「あ!レナちゃん、こっちこっち。」


「あ!マイクさん。」


レナちゃんと呼ばれている女がこちらへやって来た。


160cm以上の身長にピンヒールを履き、高身長を際立たせている。


髪型は金髪ロング。


クラブ内の空調が彼女の髪を靡かせている。


いわゆる芸能界にいる女という感じだ。


「たけるくん?覚えてる?」


「リサ役のレナちゃんだよね?」


「そうそう。会えて嬉しいな。」


「うん。僕も。」


この仕事を始めてから分かったことがある。


俳優という仕事は、便利だ。


こういうどうでも良い時に適当な愛想を振りまくことが上手くなった。


俳優を始める前だったら彼女の言葉をその通りに受け取っていただろう。


だが彼女もプロの女優だ。


感情をコントロールするプロなのだ。


だからこういう女の言う言葉は信用してはならない。


これまで幾度となく見て来た。


裏では仲の悪い女優たちが、カメラが回った瞬間、態度がコロッと変わる瞬間を。


女は怖い生き物だ。


「実は今日友達も連れて来たんだ。」


「こ、こんにちは。は、はじめまして。」

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