第9節
健太の事故は、偶然ではない。俺は確信していた。あの日、俺たちの会話を聞いていた静流の姿をした「何か」が、健太を標的にしたのだ。自分の正体に近づく者を、排除するために。このままでは、次は俺か、あるいは両親の番かもしれない。
俺は、決意を固めた。もう、迷ってはいられない。あいつは、妹の姿をした怪物だ。俺が、この手で終わらせなければならない。
だが、その決意は俺を家の中でさらに孤立させた。
「お前、まだそんなことを言っているのか! 健太君の事故は不幸な偶然だ。それを静流のせいにするなんて、兄として恥ずかしくないのか!」
親父は、俺の訴えを真っ向から否定した。彼の顔には、息子の異常な言動に対する失望と、目の前の現実から目を背けたいという苦悩が浮かんでいた。
お袋に至っては、もはや狂信の域に達していた。
「この子は神様にいただいた、私たちの宝物なの! それを疑うなんて、あなたは悪魔よ! 出ていきなさい!」
母親は、静流を背中にかばいながら、ヒステリックに叫んだ。その腕の中で、静流は怯えた子犬のように震え、潤んだ瞳で俺を見ている。完璧な演技だった。純真無垢な被害者を演じ、母親の庇護欲を最大限に引き出している。
俺は、高槻家という名の密室に完全に閉じ込められた。味方は誰もいない。敵は、妹の姿をした狡猾な怪物と、その怪物を守ろうとする狂気の家族。
夜、俺は自分の部屋のドアに内側から椅子を立てかけ、バリケードを築いた。眠ることなどできやしない。ドアの向こうから、静流が立てるかすかな物音が聞こえるだけで、心臓が跳ね上がる。
壁に貼られた、生前の静流と笑い合っている写真。その笑顔が、今の俺にはひどく遠いものに思えた。
「静流……兄ちゃん、どうすればいいんだよ……」
写真に向かって呟いた声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。俺は、この底なしの恐怖と孤独の中で、たった一人で戦う覚悟を決めなければならなかった。