表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アフター・ブレス  作者: 南足洵ノ佑
第2章:日常の崩壊と家族の狂気
5/16

第5節

 静流が退院し、我が家に戻ってきたのは、あの悪夢のような出来事から一週間後のことだった。病院側は最後まで原因不明の現象に首を傾げていたが、身体機能に異常がない以上、退院させざるを得なかった。

「静流、おかえり!」

 玄関を開けるなり、お袋は感極まった様子で静流を抱きしめた。親父も「無理するなよ」と優しく声をかけている。静流は、無表情のままこくりと頷いた。

 リビングには、ささやかな退院祝いの食事が並べられている。まるで、何事もなかったかのように。いや、悪い夢が全て終わり、幸福な日常が戻ってきたのだと、両親は信じようとしていた。俺を除いて。

 その日から、奇妙な共同生活が始まった。

 静流は、驚くほど「普通」だった。テレビを見て笑い、食事もする。両親との会話も、以前より口数は少ないものの、成り立っていた。そのあまりの普通さに、俺自身も「あの日の恐怖は、俺の考えすぎだったのではないか」と錯覚しそうになる瞬間があった。

 だが、「違和感」は夜にやってきた。

 自分の部屋で寝ていると、階下のキッチンで物音がした。泥棒かと思い、そっと階段を降りてリビングを覗くと、ソファに静流が座っていた。テレビもつけず、ただ暗闇の中、虚空の一点を見つめている。その姿は、まるで充電中の機械のようだった。

「静流? どうしたんだ、眠れないのか?」

 俺が声をかけると、静流の首が、ぎこちない動きでゆっくりとこちらを向いた。暗闇に慣れた目に、その表情のない顔が浮かび上がる。

「……眠るって、何?」

 そう問い返してきた。その声は、純粋な疑問に満ちていた。まるで、睡眠という概念そのものを知らないかのように。

「いや、人間は普通、夜は寝るもんだろ」

「人間は」

 静流は、俺の言葉を繰り返した。そして、ふっと口元だけで微笑んだ。

「お兄ちゃんは、優しいね」

 会話が噛み合っていない。いや、意図的にずらされているような、薄気味悪さがあった。その晩、俺は自室のドアに鍵をかけた。同じ家の中に、理解不能な存在がいる。その事実が、じわじわと俺の精神を蝕み始めていた。両親は、静流が夜通し起きていることにも、まだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ