第4節
「奇跡だ! 神様はいたんだ!」
お袋は泣きながら、しかしその表情は先程までの絶望とは全く違う、狂喜に満ちたものだった。親父もまた、呆然としながらも「静流、本当に、お前なのか」と何度も問いかけている。
医師たちは、常軌を逸した事態に右往左往していた。すぐに静流の体を再検査し始めたが、その結果は彼らをさらに混乱させるだけだった。一度は完全に停止したはずの心肺機能は正常に作動し、脳波も安定している。医学的には「説明のつかない生命活動の再開」としか言いようがなかった。
「前例がありません。ですが、生きていることは事実です」
最終的に、医師はそう結論付けた。彼らの顔には、安堵よりも未知の現象に対する畏怖の色が濃く浮かんでいた。
俺だけが、その場で独り、冷静だった。いや、冷静を通り越して、全身の感覚が麻痺していた。目の前で起きていることは、奇跡などではない。あれは、静流ではない。あの「謎の声」が言っていた通りだ。
ベッドに座る静流は、両親の呼びかけに時折こくりと頷き、短い単語を返すだけだった。その瞳は、どこか遠くを見ているように虚ろで、生前の彼女が持っていた輝きは微塵も感じられない。まるで、上質な人形に魂を吹き込んだかのような、空虚な生命。
両親は、そんな静流の些細な反応一つ一つに歓喜し、涙を流していた。娘を失うという絶望の淵から引き上げられた彼らにとって、静流の細かい変化など目に入らないのだろう。彼らは「奇跡」という都合のいい物語に縋り、目の前の現実から目を逸らしているだけだ。
「和也、お前も嬉しくないのか! 静流が、生き返ったんだぞ!」
親父にそう言われ、俺は言葉に詰まった。嬉しい? 冗談じゃない。俺の背筋を流れているのは、歓喜の汗ではなく、恐怖の冷や汗だ。あの静流の姿をした「何か」が、これから俺たちの日常に、高槻家という家族の中に、静かに侵食してくる。その未来を想像しただけで、吐き気がした。
俺は、作り笑いを浮かべることしかできなかった。
「あ、ああ……もちろん、嬉しいよ」
その嘘を、静流の姿をした「何か」が、じっと見ていた。その瞳の奥が、一瞬だけ、嘲るように歪んだのを、俺は見逃さなかった。
これから始まるのは、奇跡の物語ではない。静かな狂気に満ちた、悪夢の始まりなのだ。