第3節
病室の外に誰かがいるはずだ。俺は廊下を走り、トイレや待合室、ナースステーションの周辺まで探し回った。だが、そこには夜勤明けの気怠い空気を纏った職員や、他の患者の家族が数人いるだけで、俺に声をかけてきそうな怪しい人影は見当たらない。
「こんな時に、なんて悪趣味な悪戯だ……」
俺は壁に手をつき、荒い息を整えた。そうだ、悪戯に決まっている。誰かが、この状況を知っていて、俺をからかっているんだ。そうでなければ、説明がつかない。死人が生き返るわけがない。ましてや、別人になってなんて。そんなことは、漫画や映画の中だけの話だ。
俺は自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと病室に戻ることにした。両親を支えてやらなければ。今は、俺がしっかりしなければならない。
病室のドアノブに手をかけようとした、その時だった。
「きゃあああああっ!」
中から聞こえたのは、お袋の金切り声だった。続いて、何かが倒れる鈍い音と、医師の驚愕に満ちた声が響く。
「馬鹿な! ありえない!」
心臓が氷水に浸されたように冷たくなった。まさか。あの声が言っていたことは、本当だったというのか?
俺は勢いよくドアを開けた。
目に飛び込んできた光景に、俺は息を呑んだ。
ベッドの上。さっきまで白い布を被せられていたはずの、静流が。
ゆっくりと、立ち上がっていたのだ。
生命維持装置の管は引きちぎられ、その体にはおよそ生者のものとは思えない青白い色が浮かんでいる。だが、確かに彼女は自分の足で立っていた。虚ろな瞳が、ゆっくりと室内を見回す。その動きは、まるでゼンマイ仕掛けの人形のようだ。
「し、静流……?」
親父が震える声で呼びかける。お袋は腰を抜かして床に座り込み、目の前の光景が信じられないといった様子で口をパクパクさせている。医師と看護師は、医療従事者としての常識を根底から覆す現象を前に、完全に凍り付いていた。
やがて、静流の視線が、俺を捉えた。
その唇が、かすかに動く。長い沈黙の後、病室に響いた声は、確かに妹のものだった。だが、その響きには、何の感情も含まれていなかった。
「……ただいま」