第2節
静流が息を引き取ったのは、翌日の早朝だった。
嵐が過ぎ去ったかのような静寂の中、心電図モニターの甲高いアラームだけが、命の終わりを告げていた。最後は眠るように、安らかな表情だったと、後から看護師は言った。だが、その顔は蝋のように白く、もはや俺たちの知る静流ではなかった。
「心臓の音の停止、呼吸の音の停止を確認しました。併せて瞳孔の散大と対光反射の消失を確認しました。午前7時32分、ご臨終です」
医師の事務的な宣告が、病室の空気を凍らせる。お袋が激しく泣き崩れ、親父がその肩を支えていた。だが、親父もまた、皺の刻まれた顔を涙で濡らしていた。
当然だ。なんで、静流なんだ。あいつは、他人の痛みが分かる優しい子だった。病室でもいつも笑顔を絶やさず、看護師たちからも好かれていた。何も悪いことなんてしていない。それなのに、なぜこんな理不尽な死を迎えなければならないのか。神様がいるのなら、そいつはよほどの悪趣味か、ただの無能だ。
「理不尽だ……」
俺の口から漏れたのは、怒りと絶望が混じり合った、自分でも驚くほど冷たい声だった。
『理不尽、そうだな。この世の理は全て理不尽だ』
不意に、誰かの声がした。男の声だ。すぐ近くで囁かれたような、明瞭な声。
「誰だ?」
俺は反射的に振り返った。だが、病室にいるのは医師と看護師、そして両親だけだ。誰も俺に話しかけてなどいない。
「どうかしましたか、和也さん」
俺のただならぬ様子に、看護師が気遣わしげに声をかけてきた。
「いえ……誰かに声をかけられたような気がしたんですが。気のせい、みたいですね」
どうやら俺以外には聞こえていないらしい。疲れているのか。悲しみのあまり、幻聴でも聞いたというのか。
『気のせいではない。君にだけ聞こえるように話している』
再び、声が脳内に直接響いた。今度は確信した。これは幻聴などではない。得体の知れない何かが、俺に語りかけている。
『今、命の灯が消えた高槻静流だが、あと五分経った際に息を吹き返す。だが、息を吹き返した静流は、もう君の知る静流ではない。君には、教えておく。どうするかは君に任せるよ』
訳が分からない。死者が生き返る? しかも、妹ではない何かに?
「ふざけるな! 誰だ!」
俺は叫び、病室を飛び出した。