第15節
「嘘つき。ずっと、守るって言ってくれたのに」
静流の姿をした「何か」は、涙ながらに俺を責め立てる。その一言一言が、俺の罪悪感を増幅させていく。そうだ、俺は、守れなかった。病気からも、この得体の知れない存在からも。
俺は、ただ無力な兄だった。
心が折れかけた、その瞬間。ふと、握りしめたガラスの小鳥が、月明かりを反射してキラリと光った。その小さな輝きが、俺の意識を現実へと引き戻す。
そうだ。俺は、守るんだ。
たとえ、この体が滅びても。この記憶が消え去っても。高槻静流という、たった一人の妹が、この世に確かに存在したという「尊厳」を。お前のような怪物に、その思い出まで汚されてたまるか。
俺は、震える足で立ち上がった。
「お前は、静流じゃない」
涙を流しながら、俺は目の前の「何か」を真っ直ぐに見据えた。
「だけど、静流の体をこれ以上汚させない。静流の思い出を、おもちゃにさせない。それが、兄ちゃんがお前にしてやれる、たった一つの、最後のことだ」
俺は両腕を広げ、「何か」を強く抱きしめた。腕の中で、それが必死に抵抗するのが分かる。だが、もう遅い。
俺は、儀式の最後の呪文を唱え始めた。そして、意識を集中させ、自らの記憶の奥底へと潜っていく。
―――最も、幸福な記憶。
蘇ってきたのは、あの夏祭りの夜。幼い静流の手を引き、人混みをかき分けて進む。綿菓子を頬張り、金魚すくいに夢中になる妹。そして、夜空に咲いた、大輪の花火。その光に照らされた静流の笑顔が、俺の全てだった。
「兄ちゃん、ありがとう。世界って、こんなに綺麗なんだね」
その言葉。その笑顔。俺の宝物。
「さよなら、静流」
俺は心の中で別れを告げ、その記憶を、自らの手で、捧げた。
瞬間、脳が焼き切れるような激痛が走る。大切な何かが、根こそぎ引き剥がされていく感覚。腕の中の「何か」が、人間のものではない甲高い悲鳴を上げた。
「あああああああああっ!」
体から眩い光が放たれ、俺は強く目を閉じた。光が収まった時、腕の中の重みが、ふっと消えた。ゆっくりと目を開けると、そこには、静かに床に横たわる、ただの亡骸となった妹の姿があった。
二度目の、そして本当の、静寂が訪れた。




