表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アフター・ブレス  作者: 南足洵ノ佑
第4章:尊厳の在り処
15/16

第15節

「嘘つき。ずっと、守るって言ってくれたのに」

 静流の姿をした「何か」は、涙ながらに俺を責め立てる。その一言一言が、俺の罪悪感を増幅させていく。そうだ、俺は、守れなかった。病気からも、この得体の知れない存在からも。

 俺は、ただ無力な兄だった。

 心が折れかけた、その瞬間。ふと、握りしめたガラスの小鳥が、月明かりを反射してキラリと光った。その小さな輝きが、俺の意識を現実へと引き戻す。

 そうだ。俺は、守るんだ。

 たとえ、この体が滅びても。この記憶が消え去っても。高槻静流という、たった一人の妹が、この世に確かに存在したという「尊厳」を。お前のような怪物に、その思い出まで汚されてたまるか。

 俺は、震える足で立ち上がった。

「お前は、静流じゃない」

 涙を流しながら、俺は目の前の「何か」を真っ直ぐに見据えた。

「だけど、静流の体をこれ以上汚させない。静流の思い出を、おもちゃにさせない。それが、兄ちゃんがお前にしてやれる、たった一つの、最後のことだ」

 俺は両腕を広げ、「何か」を強く抱きしめた。腕の中で、それが必死に抵抗するのが分かる。だが、もう遅い。

 俺は、儀式の最後の呪文を唱え始めた。そして、意識を集中させ、自らの記憶の奥底へと潜っていく。

 ―――最も、幸福な記憶。

 蘇ってきたのは、あの夏祭りの夜。幼い静流の手を引き、人混みをかき分けて進む。綿菓子を頬張り、金魚すくいに夢中になる妹。そして、夜空に咲いた、大輪の花火。その光に照らされた静流の笑顔が、俺の全てだった。

「兄ちゃん、ありがとう。世界って、こんなに綺麗なんだね」

 その言葉。その笑顔。俺の宝物。

「さよなら、静流」

 俺は心の中で別れを告げ、その記憶を、自らの手で、捧げた。

 瞬間、脳が焼き切れるような激痛が走る。大切な何かが、根こそぎ引き剥がされていく感覚。腕の中の「何か」が、人間のものではない甲高い悲鳴を上げた。

「あああああああああっ!」

 体から眩い光が放たれ、俺は強く目を閉じた。光が収まった時、腕の中の重みが、ふっと消えた。ゆっくりと目を開けると、そこには、静かに床に横たわる、ただの亡骸となった妹の姿があった。

 二度目の、そして本当の、静寂が訪れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ