第14節
静流の部屋は、不気味なほど静まり返っていた。月明かりが、床に描かれた儀式の図形をぼんやりと照らし出している。
ベッドの上に、静流が座っていた。俺が入ってくるのを、待っていたかのように。
「来たんだ、お兄ちゃん」
その声には、嘲りの色が混じっていた。
「お前を、終わらせに来た」
俺は部屋の中央に進み、布からガラスの小鳥を取り出した。それを魔法陣の中心に置く。あとは、呪文を唱え、俺の記憶を捧げるだけだ。
「本当に、できるの?」
静流の姿をした「何か」は、ゆっくりとベッドから降り、俺に近づいてきた。
「私を消したら、お父さんとお母さんはどうなるの? やっと手に入れた希望を失って、きっと壊れてしまう。あなたは、家族を不幸にする殺人者になるんだよ」
その言葉が、重い楔となって俺の心を苛む。分かっている。そんなことは、とっくに分かっている。
「それに、私を消しても、静流は戻ってこない。ここには、虚無しか残らない。それでも、やるの?」
「何か」は、俺の目の前で立ち止まった。そして、その表情がふっと変わる。怯え、悲しみに満ちた、俺の知る妹の顔に。
「兄ちゃん……怖いよ。助けて」
その声は、紛れもなく静流のものだった。幼い頃、病室で悪夢にうなされて泣いていた時の、あの声だ。俺の心の最も柔らかい部分を、容赦なく抉ってくる。
「私、死にたくない。もっと、お兄ちゃんと一緒にいたかった。お祭りにも、海にも行きたかった。どうして、私ばっかりこんな目に遭うの……」
ぽろぽろと、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。それは、あまりにもリアルな、妹の悲しみだった。俺の決意が、鈍く揺らぐ。もし、万が一。こいつの中に、本当に静流の意識が少しでも残っているとしたら? 俺は、その最後の欠片ごと、妹を消し去ろうとしているのではないか?
「……やめてくれ」
俺は、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。これは罠だ。最後の抵抗だ。俺を惑わすための、完璧な演技なのだ。
そう頭では分かっているのに、涙で濡れた妹の顔を前にして、俺の体は動かなかった。




