第13節
決行の夜を決めた。満月の光が、最も弱まる新月の夜。間宮教授によれば、それが儀式に最も適した時だという。
俺は数日間、衰弱しきったフリをして両親を油断させた。そして、親父がうたた寝をした一瞬の隙を突いて、部屋を抜け出した。手には、布にくるんだガラスの小鳥を握りしめている。
目標は、静流の部屋。そこに、儀式のための魔法陣を描いてある。
だが、リビングに差し掛かった時、ソファの暗がりに座る人影に気づいた。お袋だ。俺の脱出を予期していたかのように、静かに待ち構えていた。
「どこへ行くの、和也」
その声は、驚くほど冷静だった。
「……話すことは何もないよ」
「静流は、私の娘よ。あなたにだって、渡さない。あの子がどんな存在であろうと、私はあの子の母親なの。やっと、やっと帰ってきてくれたのよ。その幸せを、誰にも邪魔させないわ」
お袋の瞳は、狂気の炎で爛々と燃えていた。彼女は、もう気づいているのかもしれない。今の静流が、以前の娘とは違うことに。だが、それでも構わないと、娘の形をした「何か」でもいいから、そばにいてほしいと願っているのだ。その歪んだ母性が、今は怪物よりも恐ろしかった。
「どいてくれ、お袋」
「嫌よ。この子を殺すというなら、まず私を殺していきなさい!」
お袋は両腕を広げ、静流の部屋に続く廊下の前で仁王立ちになった。その背後、階段の上から、親父が憔悴しきった顔でこちらを見下ろしている。彼は、もう何も判断できないのだ。妻と息子、どちらが正しくて、どちらが狂っているのか。
時間は無い。俺は心を鬼にした。
「ごめん、お袋」
俺はお袋の肩を突き飛ばすようにして、その脇をすり抜けた。床に倒れたお袋の、呪詛のような泣き声が背中に突き刺さる。俺は一度も振り返らず、静流の部屋のドアノブに手をかけた。




