第11節
儀式の準備を進める俺の頭の中に、再び「謎の声」が響いた。以前よりも、その声にはかすかな感情のようなものが混じっている気がした。興味、あるいは好奇心のような。
『面白い。君は、理不尽に抗うことを選ぶのか』
「お前の正体は何だ。お前が、こんなことを引き起こしたのか」
俺は、部屋の暗闇に向かって問いかけた。
『私は観測者。この世界の理が生まれ、絡み合い、そして解けていく様を、ただ見ているだけの存在だ。生命は流転し、強いものが弱いものを糧とするは自然の摂理。君の妹の身に起きたことも、その摂理の一つに過ぎない。善でも悪でもない、ただの現象だ』
声の主の言葉は、あまりに超越的で、人間の倫理観など介在する余地もなかった。俺たちが悲しみ、苦しんでいるこの状況も、彼にとっては石が坂を転がり落ちるのと同じ、ただの物理現象なのだ。
「ふざけるな……。静流の人生は、現象なんかじゃない!」
『ならば、君がそれを証明してみせろ。君の抗いが、その矮小な人間としての意志が、世界の理にどれほどの意味を成すのか。どのような結末を紡ぐのか、見届けよう』
声は、それきり聞こえなくなった。俺は、掌の中のガラスの小鳥を強く握りしめた。
観測者だと? だったら見ていればいい。俺は、運命にも、摂理にも屈しない。たとえ魂の一部を失うことになっても、俺は俺の意志で、この悪夢を終わらせる。静流の尊厳を、この手で取り戻す。
その夜、俺は儀式の準備を全て整えた。間宮教授から教わった、古い図形を床に描き、中央にガラスの小鳥を置く。あとは、決行の時を待つだけだ。
だが、俺の決意は、すでに見抜かれていた。
階下から、お袋のヒステリックな声が聞こえてきた。
「和也が、和也がこの子を殺そうとしてるの! あなた、止めて!」
リビングに駆けつけると、お袋が泣きながら親父に訴えていた。その隣で、静流が、まるで悲劇のヒロインのように、か弱く震えている。
そして、俺の方を向き、言ったのだ。静流の声で。
「お兄ちゃん、私のこと、殺すの?」
その言葉は、鋭い刃物のように俺の胸に突き刺さった。




