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辺境の少女の冒険  作者: 砂戸明
第1章 辺境の村人アリス
7/17

第7話 森の危機 2

アリスは夕食を取ってから山の探索の準備をしていた。子どもを見つけたときに備えて水や食べ物のほか、熊や狼が嫌う匂いの薬、念のため小刀を用意する。村が寝静まった頃、こっそりと家の裏口から森に向かう。


日中に続いてむし暑く、やや風が強い日だった。月の光は十分にあったが雲も多く、やや視界に不安を覚えながら森を進む。


まずは、大人たちの話しの中に出てきた、子どもがいなくなった地点に向かう。村から森に入って北に少し歩いた距離だという。いなくなった地点に着いた後、その近辺を見て回る。夜のため足あとは見つかりにくい。アリスは、その子どもだったらどのように向かうか想像しながら進んだ。ここらへんの木の実や山菜のありかならばアリスは大体わかっている。


おそらく、この付近で木の実を取っていったら十分に取れたはず・・・・

喉がかわいたから近くの川に向かった?

それでも、一人で向かうとは思えない・・・


一番恐れていたのは、熊や狼などの大型の動物に襲われたことだった。しかし、いなくなった近辺を見ても、それら動物特有の匂いなどは感じない。何となく、以前夜歩きで感じた気配を思い出し、北の方角に向かうことにした。


耳をすますが、生ぬるい風がふいていて木々の音がいつもより大きく、何も感じることはできなかった。さすがに一人でここまでこないだろう、というところまで歩く。山の斜面で回りが木々で見にくかったため、近くの山に登り、開けた場所に出る。


北西はるかに、大山脈がおぼろげに見えた。

まずは北の方角に意識を向ける。


・・・・


風の音が強く、いつもより気配が感じにくい。


・・・・


・・・ん!


ほんの一瞬、遠くに気配を感じた。意識をこらす。


山をいくつか越えたあたりに、強い気配を感じる?


前感じたときよりもこちらに近づいている気がする。ただ、あんな遠くに子どもが一人で行ったとも考えづらい。


これは関係ないかな・・・


意識を切り替えて、他の方角に意識を向ける。西のほうをじっと見て意識をこらすが特になにも感じない。北東のほうは、この位置からは木が邪魔で見にくい。


開けた場所からからさらに少し登って、北東の方角を見渡す。すると、かすかに赤い光の点が一つ見えた。


これは、誰かが火を付けている?

旅人かな・・・・

いや、いなくなった子か!?


アリスは少し興奮しながら、慎重に明かりの位置を確認する。赤い点は、この山のちょうど向かい側にある山の斜面に見える。アリスは少し速足で山の斜面から降りて谷を越えて、その場所に向かう。


向かう途中は木々が邪魔してほとんど明かりは見えなくなった。やや高い場所だったからこそ、あの場所は見えたのだろう。あの場所にいるとしたら、村の近辺を探しても見つけることができなくても無理はない。


谷を越えてからは方角を間違えないように向かう。そろそろ見えてくるはずと、アリスは立ち止まった。風の音にまぎれて、遠くから誰かがしゃべっている声がする。無関係の旅人か、ひょっとして子どもを保護してくれた誰かがいるのか、木の陰からそっと見る。


たき火の周りに、3人の大人が座っているのが見える。何か食べながら話をしている。

その近くの木に、誰かがよりかかっているのが見えた。


目をこらす。


以前、エドガーさんの家でお腹の調子が悪いといっていた子どもだった。

地べたに座っており、両腕が後ろの木にくくりつけられている。


アリスの視力は、たき火の光で照らされる子どもの顔をよく映しす。

髪はくしゃくしゃとなり、頬にはなぐられたような痕があった。泣いた後なのか、まぶたが腫れている。苦しそうな表情で目をつぶっていて、口には布が巻き付けられていた。


え?


・・・・は!?


アリスの思考は一瞬止まった。その後すぐに体を木の陰に隠す。


なんで、いや、あれは、捕らわれている?


生前の祖母に、盗賊や山賊の話を聞いたことがある。世の中にはとんでもない悪いことをする人がいる、中には自分の欲望のままに人を害する人間がいると聞いたことがある。しかし、もの心着いてからずっと村に住んでいたアリスにとっては、それは遠い世界の話だった。


村内で口論や喧嘩などはたまにあるが、本当に殴り合いになることなどない。たまに行く市場では少し意地悪な人や、こちらが子どもだと思って高値をふっかけてくる人たちがいるが、暴力に訴えるような大人たちに会ったことはなかった。


初めて人の暴力的な悪意というものを見て、アリスはひどく狼狽した。このまま出向いても、村の子供を素直に返してくれるとは思えなかった。それどころか、自分に対しても危害を加えてくるかもしれない。幸い、あちらはこちらに気づいていない。木の陰からそーっと覗き込み、彼らの会話に耳を傾けた。


「いいかげん森の中を歩くのも飽き飽きだな」

「しょうがねえ、目立つ場所を歩けば近くの領主に見つかるかもしれんからな」

「しかし、戦場所からはだいぶ離れたから、そろそろ人里に出てもいいんじゃないか」

「しっかし、この間の熊の野郎はびっくりしたな」

「まったくだ、たまたま持っていた熊退治用の薬玉がなかったらやばかったかもしれん」

「ふっふっふ、あいつ、薬玉ぶつけたら、目も開けられなくなって暴れてたな」

「そうそう、たまたま崖の近くだったから、槍で突き落としいったら、がおーって落ちていったな」

「あれだけ深い谷だ、あの熊の野郎もただじゃすまんだろうよ」

「それで、この小僧はどうするんだっけ?」

「殺してもいいんだが、食料がちと心細い。面倒だが、こいつの里に行って、人質代として食料をいただいてもいいかもな」

「まあ、面倒だが、初めてでもない。今回はそれでいいんじゃないか」

「人質を返すのは、食料をもらった後で、っていう感じだな?」

「そうそう、いつか返すという、いつものやり方さ」

「はっはっは、いつか返すか、そりゃ傑作だ」

そっと3人の様子を観察する。年齢は30~40代ほどだろうか、革製の丈夫な服を着こんでおり、それぞれ手元に剣を置いている。今までに見たことのないようなすさんだ目で、とても理解できない言葉をしゃべっている。


おそらく盗賊だろう彼らから、子どもを助けなければいけない

しかし、どうやって?


アリスは彼らの素性も、考えも、どのような能力を持っているか分からない。村の外で、悪意ある人間が、どのようなことをしでかすか分からない。


村長に助けを呼ぶか、しかし、そもそも村長がアリスの言葉を信じてくれるか分からないし、村長が何をできるか分からない。そして、村の人たちがこの暗闇の中、数刻も歩いてこの場所に来れたとしても、彼らから子供を救う手立てがあるのか、分からない。分からないことだらけだ。


アリスは、ここで初めて、自分が村の中しか、いや、祖母と数年過ごしただけの薬師の生活しか知らないことに気づいた。分からないということも分からなかった。


村長のことも知っているようで知らない。彼が何を考えているか、何をしているのか、何ができるのか。いざアリスを助けてくれるとしたら村長ぐらいしかいないはずなのに、村長を知らないまま、村長と会話もほとんどせず、ほっといていた。その結果、村長に助けを求めるべきかどうかも分からなかった。


森の中では何でもできる気がしていた。しかしそれは、ほんの小さな小さな世界の中だけのことであり、この大きな世界ではアリスは赤子のように無力だった。


・・・・


だめだ、ここで悩みこんでもだめだ

まずは、あの子を助ける、何とかして助ける


彼らの話から、どうやら子どもを人質に村から食料を奪うことを考えているらしく、少なくとも、捕まった子はすぐに殺されることはないようだ。


明日の朝になったら彼らは村に向かうだろう、それまでに何かできることはあるかアリスは考える。今のアリスの手元にあるのは、食料と水、熊や狼よけの匂い薬、小刀だけだ。


彼らの会話を思い出す。


アリスは考える。


彼らは熊に出会って谷底に落としたらしい。

そういえば、前の夜の散歩のときや先ほど、北の方角に感じた大きな気配は、ひょっとして彼らが出会った熊なのだろうか。


谷底に落ちたというから、手負いの状態になっているのだろうか

近づいているということは、怒りのあまり彼らを追ってこちらに向かっているのだろうか

ひょっとして、彼らを追って手負いの熊が村に来てしまうのではないだろうか


それは最悪の事態だった。

怒り狂った熊に人などかなうわけがない。

盗賊が来る以上の災害が村を襲うかもしれない


出来れば、夜明けまでに子どもを助ける

盗賊だろう彼らを何とかする

熊が村に向かわないように何とかする


そして、朝までに自分の手に負えないようだったら、村長にすぐに伝える


自分がこの世界では無知だと忘れてはいけない

分からないことは他の人に聞かないといけないんだ


・・・


だけど、この森の中は、この夜の森の中だけは、ちょっとだけ自分の知っていることが多いはずなんだ。そして、自分は、祖母が言うには他の人よりちょっとだけ出来ることが多いはずなんだ。


考えた末、アリスは行動を開始した。

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