第5話 夜を駆ける
アリスにとって、今日は普通の日だった。
夜明けの少し前に起き、村長の要望にそって薬草を提供し、村内の調子の悪い人を見て回る。
昼食を取った後は自分の家近くの薬草畑や野菜畑の世話をし、少し時間があったので村近くの森に生えている木の実を集めて加工した。
日暮れ前には夕食を取り、そうそうに寝床に着く。
いつもと違うとすれば、今日はずっと晴れていること、そして満月の日だということだろう。
夜もふけ、虫の音が聞こえる。
そんな中、アリスはむっくりと起き上がった。
起きた後、村の様子に意識を向ける。
うん、うん、皆ぐっすり寝ているね
そーっと、音を立てないようにしながら、ローブをかぶって靴をはき、家の裏側の戸をそっと開けて外にでる。アリスの家は村の西の端にあり、裏から出るとすぐそばに林があり、そのまま山へ続いている。
家から出た後は、山中をゆっくりと歩ていく。
もともとアリスは夜目がきくほうだが、満月ともなればほとんど道に迷うことなく進むことができた。
半刻ほども歩くと、少し開けた場所に出る。
空には満月がくっきりと出ており、眼下には薄暗い森が広がっている。小高い山々が連なり、はるか遠くには天まで届くような山脈の陰がぼんやりと見える。
んーーー、はぁーーー
アリスは両手を伸ばして深呼吸する。
日中普通に過ごして元気が有り余っているとき、アリスはときどき夜に外出するようになっていた。
それは、祖母が亡くなって少し後から始まった習慣だった。
初めて夜に出たのは、夜一人で家にいたとき、ふと祖母がいないことを強く感じた日だった。家の中にいたくないと思い、ほんの気まぐれで夜の散歩をすることにした。やや緊張しながら山中を歩いているうち、いつのまにか気持ちが落ち着いていたことにアリスは気づいた。
祖母がいないことには徐々に慣れていったが、夜歩くこと自体が楽しくなったことで夜の散歩を続けていた。
うん、夜散歩してはいけないとは言われていないもんね
顔見られることもないし
アリスは言い訳を自分に言い聞かせる。心の中の祖母はちょっと怒っているように見えて少し申し訳ない気持ちになるが。
開けた場所から、アリスはいつものコースを走り出す。さすがに夜に未知の場所を走るのは危ないため、昼間に何度も通って安全を確認したコースだった。比較的なだらかで、藪なども薄く、崖や谷が無い道なき道を、最初は西の方向に向かい、だんだん北、少し走って東に方向を変えてぐるっと一周する。
ローブから頭を出し金の髪で月光を浴びながらアリスは走る。あまり飛び跳ねることは出来ないが、それでも体を動かす喜びで顔は自然と笑顔になっていく。走れば走るほど体の中の熱量が高まる気がする。一刻ほども走ると、先ほどの開けた場所に戻る。
ふー、少しすっきりした
アリスは成長期だからか、最近特に体力が増えているように感じていた。晴れた日などは、動き回りたくてしかたない状態になる。しかし、毎日山深く出かけるわけにもいかず、かといって村近くで走り回ることもできず、このような夜の散歩は元気を発散する貴重な時間だった。
空では満月が光々と輝いている。周りの山々からは、風で揺れる木々の音に混じって、虫の音や夜行性の動物たちの鳴き声が聞こえる。
ぼーっと夜の音を聞いていると、ふと何かが気になった。
ん、んーーーー?
北の方角に目を向けるが、特に視界に異常は見当たらない。ただ、10リーグ以上先だろうか、山の稜線をいくつも越えたあたりで、何か熱量を一瞬感じたような気がした。
「熊か狼か、何か大きな動物がいる?」
じっと視線を向けるが、それ以上何かを感じることは出来なかった。
その後は、夜も大分ふけていたため、アリスは家に帰ることにした。村近くでは音を出さないように注意しながら歩き、そっと家の裏戸から室内に戻る。夜明けまでまだ時間があるため、もうひと眠りすることにする。
少しの間、山は注意したほうがいいかな・・
熊や狼だった場合は村近くに来ないように動物除けの薬を使わないと・・・・
ぼんやりと考えながらアリスは眠りについた。