第1話 村での生活
夜明けのちょっと前、アリスは目覚めた。
まだ春になったばかりの季節、朝はやや肌寒いが、特に気にすることなく寝床から出て朝食の準備をする。
お湯をわかし、芋と野草のスープを作り、ゆっくりかんで食べる。
朝食を食べている間に、村の人々が起きて活動を始める音が聞こえてきた。
昨年春に唯一の肉親である祖母が亡くなってからは、アリスは一人暮らしとなっている。
村長はいっしょに住もうと言ってくれるが、薬草の管理があるなどといって断り続けている。
亡くなった祖母は薬師として働いており、医者が無いこの村では貴重な存在だった。
少女はその後継者ということになっているが、まだ10歳に満たない少女が本当に薬師として働けるのか疑問視する村人もいる。
朝食の後片付けを終えた後、薬草の在庫を確認してから、家の外に出る。
祖母が亡くなってから、少女は髪の手入れをしなくなった。
そのため前髪は伸びっぱなしであり、目元が見えない状態である。
多くの薬草を扱うからと、口元と鼻には常に布を巻き付け、ぼさぼさの髪の上から古い灰色のローブをかぶっているため、ぱっと見には布のかたまりが動いているように見える。
「よう、アリス、おはよう!」
近くを通りがかった村人から挨拶を受けるが、
「・・・・」
立ち止まって数秒ほどたってから、
「・・・・おはようございます」
ワンテンポ遅れて挨拶を返す。
声をかけた村人はあいかわらずだな、と苦笑をして歩いていった。
この辺境の村には100人たらずの村人が住んでいる。
村人は村長の指揮のもと、農地で麦や芋を作り、近くの山に分け入っては動物を狩ったり魚を取ったり、空いた時間で荒れ地の開墾を進めている。
アリスは村長から薬師として認められているため、日々、村人の意見を聞いて必要な薬を作成し納めるのが主な仕事である。
村の皆が朝食を食べ終わった頃、まずは村長の家に向かう。
「おー、アリス。おはよう。
昨日は農作業で擦り傷の薬を使ったんで、補充としていくつか準備してくれ。
あと、何か悪いものでも食べたのか、エドガーの家で腹の調子が悪い連中がいるみたいなんでみてやってくれ。」
「・・・・・分かりました。まず擦り傷の薬を準備してから、エドガーさんの家に向かいます。」
家に戻り、擦り傷の薬を持ってきて村長の家に納めたあと、エドガーの家に向かった。
エドガーの家にいき、家に残っていた奥さんから話を聞く。
「昨日の夜あたりからお腹が気持ち悪くてねえ、うちの下の子も気持ち悪いというんで少し寝かしているんだよ」
アリスは奥さんから具合を聞いたあと、わずかに鼻をひくつかせながら、家の中をざっと見回した。
「・・・・昨日食べたのは、干し肉と山菜の煮物ですか。」
「そうそう、干し肉が悪くなっていたのか、山菜のあく抜きがあまかったのかねえ。うちの主人や長男なんか、ピンピンしているんだけど、まったく参ったもんだよ。」
「・・・・・・・・」
アリスは、ぼさぼさの髪で隠れた目で、奥さんの眼球や唇の状態、呼吸、肌色の状態をそれとなく観察した。具合が悪いという奥さんや子供の腹や首筋を軽くさわらせてもらい、体温や内臓の動きから、緊急性の高い病気でないだろうと判断する。
昨日の食事に使った干し肉や山菜の残り、食器、調理器具などをじっと見た後、
「・・・・とりあえず、腹痛によく効く薬と滋養強壮の薬を出します。これを服用し、3日ほど様子を見てください。」
とアリスは告げて帰っていった。
「うーん、頼りになるのか、ならないのか、ねー」
アリスが去った後、寝ている子どもの頭をなでながら、エドガーの妻はひとりごちた。
「どちらにしても、女の子なんだから、もっと髪とか手入れすればいいんだけど・・」
アリスは、エドガーの家に薬を届けてから、不足ぎみの薬を数種類作って、一日を過ごした。
夕方には、提供した薬の代価として、村長からいくらかの食糧をもらう。
日が暮れる前に、夕食を準備する。
「・・・今日は干し肉をもらったんだけど、まさかね・・・」
アリスは気にせず、干し肉が入ったいつもより少し豪華な煮物を食べ、寝床についた。
いつものように、祖母の生前の教えを思い出しながら、ゆっくり眠りに入っていく。
” いいかい、アリスや
” お前が16歳になるまで、私の教えたとおりに振舞うんだよ
” まず、私以外と会話するときは、少し間をあけてから、年下と話すつもりで丁寧に会話するんだ
” そして、二つ目は ・・・・