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EP9 覚悟

――ウィリアムよ。これで、よかったのか。

全身に着いた矢傷。その一つ一つから鮮血を吹き出すウィリアムを見下ろして、タファはそう呟いた。実際はウィリアムに化けたカールであったが、そのことをタファが知ることはない。玉座の間の扉をタファは見つめる。ここに来ることを彼はずっと望んでいた。かつては王と分かり合うために。この数年は王を殺すために。そのどちらも叶うことはなくなった。彼がその目で血濡れた王を見たのは、つい先ほどのことであった。冷酷な殺戮者の最期にしては、あまりにも弱弱しい死体だった。それ故に、だろうか。憎むべき仇敵が死んだというのに対した感慨は湧いてこない。こんなものか、というどこか達観したような感想が出てくるのみだった。彼の心にあった熱くたぎる何かは、あの日のスラムで失われてしまったのだろう。そして、恐らくウィリアムもあの日のスラムで何かを失ったのだ。タファが今夜ウィリアムの手を組んだのは、喪失感を持つ者同士、惹かれ合うものがあったからかもしれない。


 「一つ問おう」

数時間前のことだ。フォート家の隠し部屋で、タファは差し出された手を握らぬまま口を開いた。

「貴様が我が同胞を殺戮したのはこのためか」

ウィリアムは静かに手を下ろした。

「この革命のために、我が同胞を殺したとでも言う気か!」

タファはその目に溶岩のごとく燃え上がる怒りを湛えていた。ウィリアムに革命を決意させた膨大な情報、それらは高い地位があればこそ手に入るもの。若いウィリアムが高位を得るために選んだ道、それが、王の意に沿いハミュラの残党を虐殺することであるとタファは看破していた。

「そうだ」

ウィリアムはタファの目から視線を逸らさずに言った。それをタファは開き直りと捉え、曲刀を握る手に力を込める。その気配を察知してか否か、ウィリアムは言葉を続けた。

「全ては僕に才がなかったからだ」

タファはウィリアムを押し倒し、その首に曲刀を突きつける。鈍く光る刃に気づかないかの如く、ウィリアムは話し続ける。

「ロウ教官なら、エドワードなら、こうはならなかった」

ロウの名を聞いたタファは一瞬逡巡する。揺れる彼の目を見据え、ウィリアムはなおも語る。

「僕には、こうすることしかできなかった。あの二人なら、僕の代わりにあの二人が生きていたら・・」

「黙れ」

タファはウィリアムの口をその手で覆った。彼はエドワードの人となりは知らない。しかし、ロウの生前の姿は彼の脳裏に深く刻まれている。ロウが生きていたら、今の私を見てどう思うだろうか。そのような思いが、時に復讐鬼となり果てた彼の歩みを止めかけたことは幾度もあった。あの集落で生き残ったのがロウの方だったら、という思いはタファにもあった。故に、タファはウィリアムを殺せなくなった。セプトリスに平和をもたらすべくハミュラの民を殺したウィリアム。ハミュラの民の無念を晴らすべく、セプトリス人を殺したタファ。二人のうちどちらにも、相手を非難する資格などない、タファの中でそんな思いが膨らんでいた。

 己が身を押さえつける力が弱まったことを感じ、ウィリアムはタファを押しのけ立ち上がった。

「だが、自分を正当化するつもりはない」

タファはウィリアムを見上げた。

「罪は償う」

ウィリアムは決然とした面持ちで狼の長を見つめる。

「この革命が成就した時、私の命も尽きる」

自害の覚悟。タファは驚きのあまり瞠目するも、すぐに表情を引き締めて疑問を口にした。

「それでは残された革命軍とやらはどうなる?セプトリス全権を手中に収めた状態で頭を失えば、新政権を巡り権力争いが起きるのは必定ぞ。」

心配するような内容に反し、タファの口調からは依然としてぬぐえぬウィリアムへの不信が滲み出ていた。ウィリアムはそれに真正面から向き合う。

「そうはならない。私は死ぬが『革命者ウィリアム』は死なない。」

いかなる意味ぞ、そう問うかのようにタファはウィリアムを見つめる。ウィリアムはその視線に背を向け、本棚へ向かう。一冊の分厚い本を取り出し、表紙に手をかけた。黙して見続けるタファの目の前で、表紙が外れた。ここに来てタファにも、それが本ではなく、木製の箱であることが分かった。ウィリアムは箱から取り出したものを顔に装着し、タファに向き直った。

「これが、『革命者ウィリアム』の姿だ」

割れた獅子面の仮面を着けた男がそこにいた。

「私は、革命軍の同胞の前に出るときは必ずこの仮面を着けている。皆は『革命者ウィリアム』が、『常勝将軍ウィリアム』と同一人物とは露ほども思っていない」

そうか、とタファは感嘆の声を上げる。

「貴様が死ねば、それは国王派の常勝将軍の死となる。革命にとってむしろ追い風・・」

して、と彼は続ける。

「誰が、次の『革命者ウィリアム』となる?」

この点がタファにとって重要であった。返答次第では、今度こそ彼の曲刀を振るおうとしていた。ウィリアムはそれを悟りつつも、迷いなく言い放った。

「お前も知っているだろう、フランシスだ。」

解放奴隷?とタファは聞き返す。ウィリアムは小さく頷いて口を開いた。

「フランシスの祖母はハミュラの民、それ故生まれながら奴隷となった。その後我が父の計らいで解放され、国民としての権利を得た。そして軍人の家に仕えてきた。」

つまり、と彼は続ける。

「革命軍に所属する者、全員と立場上の共通性がある。」

同時に、かつて、結果的にとは言えスラム奇襲の手引きをした者でもあった。それにタファが気付いていれば、ウィリアムの首はこの場で飛んでいただろう。だが、セプトリスに着くや否や投獄された彼には、知る由のないことであった。

「彼には、今夜私がこの仮面を外した状態で現れたら、その場で殺せと命じてある。」

それはウィリアムの本懐ではなかった。彼の本懐は、革命成就後、王家につく殺戮者の代表として処刑されることだった。しかし、フランシスはそれに断固として反対した。


―処刑による死を望むのであれば、この命令、承ることはできません。

―なぜだ。

―革命軍の皆が、捕らわれたあなたをどう扱うか、お分かりになりませんか?

―想像はつく。

―それも償いだというのですか!

―その通りだ。

―・・お願いです、おやめください

―フランシス!

―どうか、坊ちゃま、どうか・・

―・・・


結局、折れたのはウィリアムの方だった。「坊ちゃま」を死なせる、それ以上の苦痛に、フランシスが耐えられるとは思えなかった。

 タファはしばらく黙していた。しかし、ついに口を開いた。

「そうか」

新たな時代を拓きながら、その時代の夜明けを見ずに死ぬ。

「それが、貴様の覚悟か」

そしてタファは悟る。ウィリアムが彼に全てを告げた理由を。彼の新政権での発言権を強める。セプトリスとハミュラの民に真の和平をもたらすために。一歩間違えれば、ハミュラの民にセプトリスが滅ぼされかねない危険な賭け。

「それが、我らへの償いか」

ウィリアムは力強く頷く。

「よかろう」

タファはウィリアムに刃を向ける。

「この刃、今宵は貴様の隣で振るってくれよう」

結局、狼の長が常勝将軍の手を握ることはなかった。


 そしてつい先ほど、タファは玉座の間から出てくるウィリアムの姿を認めた。撃て、と「革命者ウィリアム」は迷いなく、言い放った。剣を抜く暇もなく、常勝将軍の体は地に倒れた。革命は成就した。その立役者を殺して。それがタファにとっての事実であった。まことの事実は誰にも知られぬまま、ウィリアムの遺体とともに灰になった。

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