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EP4 群狼

 日の出前、フランシスとともに現れたウィリアムに、ロウは当然ながら良い顔をしなかった。だが、フランシスと二人で何事かを話すと、あっさりと彼の同行を許可した。その後、郊外に出るとロウはどこからか二頭の馬を連れてきた。やむなく、ウィリアムはフランシスにしがみつく形で騎乗することになった。ロウはついて来いとだけ言って馬を駆った。フランシスは慣れた手つきで馬を走らせる。途中、一か所の村で休憩したことを除けば、休みなく走り続けた。そして陽が天頂を少し過ぎた頃、ロウの言う「然るべき地」が見えてきた。

 人っ子一人いない荒野には不似合いな白い人工物の群れがウィリアムの視界に入ってきた。

「隊長、あれは・・」

問いの途中でロウは答える。

「移動式住居だ・・砂漠の民の、な」

ウィリアムは手綱を握るのが自分でなかったことに感謝した。そうであったら驚きのあまり落馬していただろう。

「砂漠の民!?まさか、我々が向かっているのは・・」

左様、とロウはこちらを見ずに頷く。

「砂漠の民の集落だ。」

ウィリアムはロウに対し全幅の信頼を寄せている。しかし、それでもロウの淡々とした口調は不可解だった。

「なぜ砂漠の民などのところへ行くのです!連中はエドワードを・・」

「フォート!」

怒りをあらわにするウィリアムを、ロウは一喝する。ウィリアムは、彼の逆鱗に触れたと思い、萎縮する。しかし、振り返った馬上の顔は予想に反して穏やかだった。

「人を憎むな。戦を憎め。」

その表情、声に毒気を抜かれ、ウィリアムは沈黙した。


 集落を守護していたのは屈強な砂漠の民だった。彼らを前に身構えるウィリアムだったが、ロウの顔を見た彼らは笑顔すら浮かべて道を譲った。近くに来たことで「移動式住居」の正体がつかめた。木で作った骨組みに白い布がかぶせてある。最小限の構造だが、雨風を防げるし、迅速な移動もできる。放浪民族らしい住居であった。全部で五つある移動式住居の内、最も小さな一つへロウは迷いなく向かって行った。住居には切れ込みが入れてある。切れ込みを綴じる紐をほどき、ロウは住居の中へ入っていった。ウィリアムは未だ迷いを抱えつつも、その後に続いた。

 中にいたのはウィリアムより少し年かさに見える青年だった。彼は机の上の、恐らくはセプトリスの地図を睨んでいた。自室に侵入した二人に気づき、彼は目を上げた。

「よう来たな。出迎えできずすまなんだ。」

構わん、とロウは言う。聞きたいことは山ほどあったが、ウィリアムは辛抱強く待っていた。

「して、ぬしがエドワードか?」

「いや、エドワードは先の戦で・・」

ウィリアムが答えるより先にロウが答えた。それは彼なりの気遣いだったのかもしれない。一方、砂漠の民の青年は顔をしかめてロウの言葉を遮る。

「戦に連れて行ったとな?」

ああ、とロウは応じる。青年は僅かに唇を動かしたが結局何も言わなかった。ロウには彼の言いたいことがわかる。いつ死ぬかわからない戦場にエドワードを連れて行ったのは軽率だったのではないか、ということだ。それは帰国以来ロウがずっと己に問うてきたことでもあった。いや、実を言えば最初はエドワードを十人の中に選ぶつもりはなかった。しかし、残党狩りの隊長に任命されたことを告げた時、エドワード自身が入隊を望んだのだ。

―俺も行かせてください

―ならん、お前の代わりはいないのだ。もし死んだらどうするというのだ

―戦の苦しみを知らずに、この使命を全うできるとは思えません。それに替えが利かないのは教官だって一緒じゃないですか

―儂には勅命が下りている、逆らえん

―教官が死んだら俺が生きていても使命は果たせません。だったらいっそ共に戦わせてください。

最終的にエドワードの熱意に負けてロウは入隊を許可してしまったのだ。ああいった責任感・使命感の強さがエドワードの魅力ではあった。だが、今となっては是が非でも入隊させるべきではなかったとロウは後悔していた。本人には決して言えないが、ウィリアムにもそれほど期待はできなかった。優秀な部類の人材だが、それはあくまで相対的な話。エドワードが持っていたような綺羅星のごとく輝く絶対的な才気は感じ取れなかった。

「我はタファ、狼の一族の長だ。」

ロウが黙考に耽っている間に青年、タファが名乗り始めていた。

「ウィリアム=フォートだ。これは護衛のフランシスと申す。」

頭を下げるフランシスを、タファは値踏みするように見つめた。

「ぬし、ハミュラの血が流れておるな。」

はい、とフランシスは応じる。

「祖母が砂漠の民でございました。」

これこそ、ロウがフランシスの同行を許した理由であった。砂漠の民の祖母を持つゆえに、彼は奴隷の身分に生まれた。その後、ヘンリーにより買い取られた。ウィリアム誕生と同時にヘンリーの計らいで市民権を得て、世話係として仕えるようになったのである。

「なるほどのう」

「僕も一つ聞いていいか?」

痺れを切らしたウィリアムが口を挟んだ。

「狼の一族とはなんだ?それに砂漠の民がこんなところで何をしている?」

ウィリアムの挑みかかるような視線を受けても、タファは泰然と構えていた。

「今の質問は二つぞ、ウィリアムよ。それと、ここでは我らのことはハミュラの民と呼べ」

ハミュラの、民?とウィリアムはオウムのように聞き返す。タファは怪訝な顔でロウに向き直った。

「左様なことも教えておらんのか?」

ロウは肩をすくめて応じる。

「直接色々と見せてからの方が受け入れやすいと思ったのでな」

まあ、そうやもしれん、というタファの前でウィリアムは苛立ちを感じていた。自分だけが何も知らないようで不愉快だった。それを知ってか知らずか、タファはウィリアムを自分の向かいにある椅子に座るよう促した。

「しからば、ここからは我が話そう。さて、どこより話せばよいか」

一瞬目を伏せたタファだったが、すぐに再び口を開いた。

「やはり最初から話すのがよかろう。楽にして聞くがよい。」

そういってタファは長い話を始めた。


 ハミュラ、とは我らの言葉で赤色を意味する。ぬしらが大砂漠と呼ぶ地を、我らはオル=ハミュラと呼んでいる。「赤き地」という意味だ。恐らくあの地の赤き砂を指しているのだろうよ。そこに住むもの、つまり我々をハミュラの民という。それと・・狼の一族についてだな?我らハミュラの民は四つの血族に分けることができる。すなわち「結束の蟻」、「智恵の烏」、「力の牛」、そして「誇りの狼」の四つだ。一族の名に冠された獣は四仙獣といって我らが信仰を寄せる獣なのだ。「大霊山」、ぬしらが聖地と呼ぶ地にて全ての母たる地神は土くれから四仙獣を生み出し、それらが時を経て人となり、我らの先祖となったのだと伝えられている。大霊山は、言わばハミュラの民皆の故郷なのだ。故に「待て」

 

 ウィリアムにはタファの話がそれほど重要とは思えなかった。しかし、ようやく核心に迫ったというところで、ロウに遮られてしまった。

「そこから先は、儂が話そう。」

ロウは壁際にあった椅子を引き寄せ、腰かけた。

「お前も知っての通り、大霊山はセプトリスにとっても神聖な地。そこを巡り起こった戦がレコンキスタだ。あの戦はハミュラの民にセプトリスへの強い憎しみを植え付けた。」

何故だかわかるか?ロウはウィリアムに問う。求められている答えではないような気がしたが、ウィリアムはそれを口にする。

「重代の地を奪われたからではないのですか。」

ロウは首を振る。言葉にはしていないが、エドワードなら・・という失望をウィリアムは何故か感じた。

「あの戦でセプトリスが圧勝したことにはそれなりのカラクリがあるのだ。」

カラクリ?ウィリアムは黙したまま怪訝そうな顔を作った。ロウは頷いて話を続ける。

「オル=ハミュラの過酷な環境は外敵の侵入を阻んできた。正しく最強の砦であった。それを崩しがたしと判断した国軍は、砦にハミュラの民を閉じ込めようとしたのだ。」

タファは目を伏せて静かに拳を握りしめた。ウィリアムはそこに憎悪を感じ取った。彼が砂漠の民に感じていたのと同じ憎悪を。

「セプトリスは周辺諸国にある提案を行った。端的に言えば、一切手出しするな、というものだ。セプトリスの勝利後、捕虜となったハミュラの民の一部を奴隷として譲渡することを条件にな。これによりハミュラの民は一気に窮地に立たされたのだ。オル=ハミュラでは鉱石以外の資源を得ることは難しい。他国から支援を得られないということは、セプトリスによる大規模な兵糧攻めと換言出来よう。他国へ協力を要請しようにも、砂漠の民はセプトリスが与えられる以上のものを異国に与えることはできなんだ。」

そして、とタファが口を挟む。

「我らは、滅びた。」

場を重苦しい沈黙が支配した。ウィリアムは彼らの、砂漠の民の憎しみに共感できてしまった。謀略による苦しみ、屈辱はウィリアムがつい一週間前まで渦中で味わっていたものだからだ。それをもって砂漠の民への恨みを払しょくすることはできない。しかし・・―砂漠の民だって人間だ、てめえらが思ってるような悪魔じゃねえっていいてえんだよ―エドワードの言っていたことがわかるような気がしたのも事実だ。ウィリアムの懊悩をよそに、タファはその憎しみに蓋をするよう声を絞り出す。

「されどその無念、セプトリスにぶつける気はない。」

再び顔を上げたタファの目に、迷いはなかった。

「大霊山を愛するが故に争わねばなかったなら、恨むべきは人ではない、戦だ。」

タファは住居を出た。それに続き、ウィリアムとロウも外へ出る。

「ここにいるハミュラの民は、我と思いを同じくする同志だ。」

タファはウィリアムをまっすぐ見つめる。

「ぬしの友が命を奪った者らとは違う。」

悟られていたか・・ウィリアムは内心舌を巻いた。

「我らが望むは復讐にあらず。共存だ。共に大霊山を愛するなら、必ず分かり合うこともできよう。」

タファの瞳はウィリアムにエドワードを思い出させる。そのぐらい、真っすぐな瞳だった。

「だが、それには国の上に潜り込まねばならん。」

その声に振り向くと、ロウが決然とした面持ちでウィリアムを見つめていた。

「儂ではだめだ。儂は敵を作りすぎた。」

「ではまさか・・」

うむ、そう言ってロウはウィリアムに力強く頷く。

「フォートよ、お前には国王陛下の懐に入り込んで貰う。」

そして、とロウは続ける。

「セプトリスとハミュラの民、両者の共存の道を拓くのだ。」

ウィリアムは震えていた。この震えは恐れによるのか、あるいは武者震いか、彼自身にも判らない。

「それが、エドワードの使命だったのですね。」

左様、とロウは答える。ウィリアムは背にフランシスの視線を感じていた。またお前には心配をかけることになるな。ウィリアムは心の中で彼に謝罪した。

「ならば、この任務、謹んでお受けいたします。」

夕日が集落を赤く染めていた。

 

 ウィリアムは一度眠りだすとなかなか起きない。しかしその分、寝つきは悪い、そんな少年である。特に、枕が変わるとだめだ。砂漠の民が作った石造りの枕は彼にとって到底リラックスできるものではなかった。何とか寝ようと苦心する。頭を空にしようとする。そういう時に限って、五感が冴えてくるものだ。平生なら不都合極まりない人体の神秘である。しかし、それがウィリアムに気づかせた。暗いな。ウィリアムはそう思った。布越しに見えるはずの外の篝火が見えない。背筋に悪寒が走るのとロウが跳び起きたのは同時だった。

「者ども、起きろ!」

タファのテントの中にいた者たちが一斉に起きる。誰もが熟練の戦士だった。故に、ウィリアムが瞬きする間に全員が武器を構えていた。戦士の一人が出入り口へ向かった。その時だった。出入り口が開くと同時に、住居内で灯っていた燭台の火がフッと消えた。刹那。激痛。何が起きたのかわからぬまま、ウィリアムは意識を失った。ただ、この恐るべき早業を成した主としては不釣り合いなほど老いた顔、激痛を感じたその一瞬に見たその顔が瞼の裏にこびりついていた。

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