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EP3 旅路

 第一回の残党狩りはセプトリス側の敗北に終わった。原因はいくつかあるが、最大のものはやはりセプトリス側の認識の甘さであろう。セプトリスは残党狩りをレコンキスタの延長と捉えていた。レコンキスタと残党狩りでは砂漠の民側の立場が大きく異なる。レコンキスタでは民族というコミュニティの権益をかけて戦った。いわば公の立場で戦ったのである。故に、セプトリス側の宣戦布告に答え、戦争の形式に則って戦った。民衆にとって戦場は無法地帯のように感じられるだろうが、支配者層にとってはそうではない。長年国家間の闘争で培われてきた暗黙の了解のようなものがある。単に敵を叩き潰せばいいというものではないのだ。戦後の利益のことも考えなくてはならないため、攻め時、引き時をわきまえる必要がある。だから、場合によっては講和で痛み分けの形で終戦にすることもある。また、あまりにも非人道的な戦法も歓迎されない。近隣諸国の非難を浴びる恐れがあるからだ。それを非人道的な口実を理由に、第三者的立場だった国が敵国の味方に付いたりしたらたまったものではない。だから、一応存在する「戦争の形式」に則る必要があるのだ。

 しかし、今回はそうではない。砂漠の民の目的は復讐であった。もはや公ではなく、各個人の感情に任せて戦ってるのだ。だから、一人でも多くセプトリス人を殺せればいい。将来の利益や諸国の反応など気にする必要はない。いかなる手を使ってでも殺す、それが砂漠の民の至上命題であった。それにセプトリスは気づくのが遅れた。そのミスの代償は、想定の五倍の損害という形で支払われたのである。

 そういったことをウィリアムが知ったのは王都に帰り着いた後のことだった。エドワードの戦死の原因とでも言える話題だったが、ウィリアムは一切関心を払わなかった。帰国後、三年ぶりにフォート家の屋敷に帰って以来、戦に関する全てから彼は自らをシャットアウトしていた。愛剣すら物置にしまい込んで見ることはなくなっていた。そんな日々が一週間ほど続いた時、ウィリアムの部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「誰だい?」

ウィリアムは力なく尋ねる。

「私めです、坊ちゃま」

「・・入って」

扉を開けて入ってきたのは、彼の世話係であるフランシスだった。その目元には濃いクマがある。ウィリアムを息子のようにかわいがる彼のことだ、生気の抜けた顔しか見せぬ彼を心配するあまり眠れないのだろう。申し訳なさに胸を痛めつつウィリアムは問う。

「何の用?」

はい、とフランシスは答える。

「実は、坊ちゃまにお呼び出しがかかっております。」

そう言って彼は懐から封筒を取り出した。

「えーっと、王立騎士学校の・・」

騎士学校の名が出た時点でウィリアムは呼び出しを断ろうと決意するが、続く言葉でその決意はあっさり砕かれる。

「トーマス=ロウ様からです」


 腰に愛剣の重みを感じながらウィリアムは騎士学校の廊下を歩く。久しぶりに感じるそれは、彼が記憶していた重さと全く変わらなかった。彼は努めて何も考えないようにしていた。感情が暴走しないようにするには、ここはあまりにも思い出に満ちていた。長い長い歩みの先に、教官室Ⅰが現れた。ウィリアムはその扉を軽く叩く。入るがよい、という声を聞く。一瞬息を吸って覚悟を決めてから、ウィリアムは扉に手をかけた。

 ロウの部屋の様相は最後に見た時とはまるで違っていた。一言で言えば、空き部屋。執務用の机も、書物でいっぱいの本棚も、全てが消え失せていた。その空っぽの部屋にあって、ロウとウィリアムは直立して向き合っていた。

「ロウ隊長。」

ウィリアムが口を開く。ロウはただ眉を上げた。

「此度の呼び出し、いかなる御用ゆえのことでございましょうか。」

直截的過ぎたか?言ってからそう思ったが、ロウの表情からはいかなる感情も読み取れなかった。ただウィリアムを見据えていた。ウィリアムにとっては非常に不気味な沈黙が漂った。長く感じたが実際は数秒程度だったのだろう。彼が再び口を開けかけたところで、ロウの唇が動いた。

「この部屋を見て、何を感じた。」

ウィリアムの質問への直接的答えではない。しかし、ウィリアムはその口調に何かを感じ、正直に答えることにした。

「以前とは・・いえ、なぜ何もないのか、奇妙に存じました」

ふっ、とロウは自嘲するかのような笑みを浮かべた。

「そうであろうな。」

次の瞬間、ロウは表情を引き締め直した。

「儂はもう、隊長でも教官でもない。ただのロウだ。」

ウィリアムには彼の言葉の意味が理解しかねた。しかし、今一度部屋の空虚さに気づき、悟ってしまった。

「罷免された、ということでございますか?」

ロウは無言で頷く。

「あの敗北の責任としてな・・」

刹那、ウィリアムの頭にエドワードの今わの際がフラッシュバックした。動悸がして、呼吸が荒くなる。しっかりせい、というロウの声が遠くから聞こえる気がした。ようやく落ち着くと、ウィリアムは自分の全身を伝う玉のような汗と背中に添えられたロウの手に気づいた。

「申し訳ありません、隊長。」

「構わぬ。」

ロウは戸惑っているようだった。自分の言葉がウィリアムからここまで激しいリアクションを引き出すとは思っていなかったのだろう。次の言葉を発しかねているロウに、ウィリアムは告げる。

「続けてください。」

「よいのか。」

まっすぐこちらを見るロウの瞳を、ウィリアムは見つめ返して答える。

「私も、向き合わねばなりません。」

左様か。ロウは目を伏せてそう言うと立ち上がった。

「儂は元々貴様らを戦場へ連れていくことに反対しておった。だが、上層部は断固として儂の要望を聞き入れなかった。」

戦場に不慣れな新米兵士を隊に入れれば、隊の戦死者が増えるのは必定。大きな被害を出したことを口実に、ロウを失脚させる。そういった目論見が上層部にあるのだとロウは看破していた。しかし、このことをウィリアムに告げるのはまだ早いと彼は判断した。自分やエドワードが元より捨て石だったと知れば、その時の反応はさっきの比ではないだろう。

「儂にできたのは、特に優秀な十人だけを戦場に連れていくことのみであった。」

そこに、ウィリアムも含まれていたというわけだ。だが、その十人の内エドワードを含む七人が死亡した今となっては、全く喜ばしいこととは思えなかった。

 ロウは話の句切れが来たことを示すように息を吸った。

「あの指輪を見せよ」

ウィリアムは懐から指輪を取り出した。エドワードは、死の直前、とっさに自分の手を握ったウィリアムにこの指輪を渡していた。ウィリアムがそれに気づいたのは一通り慟哭し、エドワードの手を離した後であったが。そして、ロウから来た手紙にはこの指輪を持参するよう書かれていた。

「それは儂がエドワードに贈った指輪だ。」

ウィリアムの目が驚きに見開かれる。己の親友とロウがそこまで懇意であったとは全くの予想外であったからだ。だが、言われてみると思い当たる節がないわけではない。

「その指輪は持ち主が儂の名代であることを示す。それをあやつが渡したということは、あやつが貴様を後継者として選んだ証であろう。」

「後継者?なんのことですか!?」

ウィリアムは半ば叫ぶように言った。エドワードの話題が出たことで、冷静さは失われていた。

「然るべき地にて教えよう。」

そう言うとロウはウィリアムにいくつか指示を与えた。一つ、「然るべき地」には明朝日の出る前に向かう。直ちに準備をすること。二つ、家族には戦地の調査に向かうとだけ告げること。三つ、家族以外には出かけることすら告げぬこと。家族にも口止めをしておくこと。

「最後に・・」

ロウは重々しい口調で告げる。

「そこに言った暁には貴様は使命から逃れられん、退くなら今だ。どうする。」

ロウの指示には不可解な点が多すぎる。だが、掌にある指輪の感触がウィリアムに決断させた。

「それがエドワードの願いなら、私は行きます。」

よし、そう言ってロウは深く頷いた。


 「この父の命令が聞けぬか!ウィリアム!」

フォート家の屋敷に響き渡る怒声。それはウィリアムの父、ヘンリーのものであった。萎縮しつつもウィリアムは何とか父を宥めようとする。

「上官の命令で、どこに行くかは言えぬことになっているのです。どうかお許しください、父上。」

「その上官の名前を言え!私自ら文句を言ってやる!」

「それは・・」

ウィリアムは言いよどんだ。ロウの名を出すなという指令はなかったが、ロウの様子からそのことも機密事項であることは容易に推測できた。

「旦那様、どうか落ち着いてくださいませ」

助け舟を出したのはフランシスだった。

「それほど重要な任務に坊ちゃまが抜擢されたということです。喜ばしいことではありませんか。」

しかし。それでも何か言いたげなフォート家の主を、フランシスはその一言で制する。

「このままでは旦那様も私も安心して坊ちゃまを送り出せないのも事実。坊ちゃま、せめて、その上官の名だけでもお教え願えませんか?」

再びウィリアムは窮地に立たされる。その・・その・・と言葉にならない返事をするウィリアムにヘンリーは溜息をつく。

「どうしても言えぬ、か。」

よかろう、とヘンリーは言う。

「この場では言えぬなら、それでよい。私も息子の立身出世を阻もうとは思わん。」

だが、と彼は続ける。

「子細の一切わからぬ任務に、息子を一人で行かせるわけにもいかん。」

一つ条件を付けよう、とヘンリーは人差し指を立てた。

「フランシスを同道させろ。」

えっ、と思わす間抜けな声をウィリアムは出す。

「なんだ、不服か?護衛としての腕は十分ではないか。」

それはウィリアムにもわかっている。フランシスはヘンリーに仕える過程で剣術を修め、幼き日のウィリアムに剣の使い方を教えたこともあったのだ。彼が危惧しているのはその点ではない。ロウが果たしてフランシスの同行を許可するだろうか。しかし、同行させねば父もフランシスも、この場にいない母も納得しないだろう。よいな、そう尋ねる父に対し、ウィリアムは頷くしかなかった。

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