section 3:甦るってだけで死にまくるのは話が違うんだ①
そよそよと、穏やかな風
小鳥のさえずりが聞こえるほどに緩やかな静寂に包まれている
木々の間を縫うように差し込む陽光は暖かく、この森を歩くものを包み込む
そして、周囲に咲き誇る人の顔ほどある巨大な花弁は美しく周囲の獣を引き寄せその根で突き刺し養分とし
尾に刃を持つ一抱えはあろうかというウサギのような生物を
これまたそれを凌駕する体躯を持つ蜂が襲う。
そんななか、自分は
死んでいた。
そよそよと吹く風が自分の漆黒の体毛を揺らす。
鈍剣を地面に敷き、その上で自分は死んでいた。
その隣には、一齧りされた赤い果実が転がっている。
自分は炎に包まれた。
初めて、自分は火山のごつごつとした岩肌以外の道を歩いている。
ぽそぽそという土の感触は分で手さわり心地がいい。
土壌も濃い土の匂いがして、なんだか田舎の森を思い出すようだ。
少し寒いが、それはおそらく自分の「種族的特徴」に起因するもしれない。
そもそもの話として、どうして火山地帯のすぐそばにこんなうっそうと茂る森が存在するのだろうか。
自分は疑問に思う。
かつて足元に感じていた感覚をまるで手のひらでも感じるように歩き続ける中で周囲の木々を見やる。
植林地の整然とした並び方ではない。
誰の手も入らずに、長い年月を過ごしてきたに違いないだろう不揃いで不条理な木々。
それでもきっとルールはあるのだろう。
この森ならではのルールというものが。
それに基づいてこの木々は生い茂り、育まれている。
赤と黒、時々白に黒斑点の世界しかなかった自分にとっては、全ての光景が懐かしさと新鮮味を帯びていた。
ぽそぽそと歩き続ける中で、それを見つけてしまう。
せせらぎ、柔らかな流れを持つ川。
そこに自分が浸かれば、もれなくこの森の新たなオブジェクトと化してしまうのに見慣れた景色に思わず喜んでしまう。
注意深く進む。
川のほとりまでくると、チリチリとしたあの肌を焼くような感覚に襲われる。
流れが穏やかな場所に来ると、そっとその水面を除く。
さっきから激痛の走る脚にこらえながら見たのは、自分自身。
別に自分をナルシストだとは思っていない。
要は現在の自分自身をしっかり見たかったのだ。
鏡写しのような感覚を覚えたあの狼の王
一瞬だけ見た、花崗岩と化した自分自身。
そんなものでしか、自分自身を見れていなかったのだから
そりゃ見てみたいというのが摂理である。
覗き込んだ奥には、狼がいる。
ルビーのように赤く輝いて見える双眸
長く伸びた鼻
伸びた犬歯
体中を覆う黒い体毛
結構モフモフしているな。ペットとして買う場合は毛並みを整えるのに結構金銭のかかるタイプだ。
尾の先まで黒い自分自身を眺めつつ、川のほとりをぐるぐると回る。
さて、どうしようもないほど現実的に
いよいよ人間である要素が内面的にしかない現実をかみしめると
いい加減川の湿気で水気を含んだ土を踏みしめる脚に鈍痛が走り始めてきたのでここまでとする。
そしてもう少し進んだところで
倒れた。
(…なんだ?)
ピクリとも動かない。
(おい、おい おい おい)
全く動かない
(オイ オイ オイ オイ オイ オイ オイ オイ!)
刹那、視界が赤く染まる。
轟、と吹き上がる炎の奥で自分は再び立ち上がる。
(これって、さ)
嫌な仮説が経つ。
(たとえ少量の水や冷気でも……)
-長時間浴び続けたりその身が触れ続けるだけで、死ぬ。-
(嘘だろ)
不死身ってだけで存外脆すぎない?この体。
その後も、森を進む
そこは壮大な世界が広がっていた。
倒れた木々の上に立つ、リスのような生物。
自分から離れてしまうものの、ウサギやキツネといった小動物。
また熊や狼などの捕食者的動物もいる。
ただ
尾に鎌のような歪曲した刃を備えたウサギ
怪しく光る火球のような何かで獲物を狩る狐
狼は爪や牙が肥大化し、岩をバターのように削っている。
熊はのほほんと昼寝をしている。
像みたいな体躯をゆったりと丸め、すやすやと安らかな呼吸を続けている。
平穏なはずの森なんだが、なんということだろうか
(なんつーか、物騒過ぎない?全員が全員ナチュラルに殺意むき出しというか…)
不死身の狼たちが跳梁跋扈するあの火山地帯に比べたらまだましだろうか
そう思い歩みを進める。
そしてまた、倒れる。
自分に火がともり甦る。
そうして又進む。
それらの動物を果実と花弁の香りで誘い、根で突き刺し、葉で覆うようにして喰らう植物。
自分ほどの体躯を持つ蟻や蜂、全長5mは優に超えているムカデ
逆に大人の小指ほどの小さな蛇が
大きな穴を埋め尽くすほどに蠢き合う空間もあった。
先ほどの認識を改める必要がある様だ。
(ここも、地獄だ)
そう思うと、思わず叫びたくなる。
「またかよおおおおぉぉぉぉ!」
そして次の瞬間。自分はまた死ぬのだった。
再度の蘇生
キリがない。
あのふっと意識が飛ぶ瞬間がこれから何度起こるかもわからない
気絶時間は体感ほぼ一瞬。だがそうじゃない可能性もある。
(ここは、安全策をとろう)
自分は鈍剣を生み出す。
それを大地に乗せる。
その質量で大地が軽く沈み込み、大地に生えたコケから水が滴り始める。
これが犯人
自分を無為に殺し続けた姿なき殺戮者、そしてその真犯人だ。
靴の中に水が染み込んだら死ぬ。
そのような前提の下、大自然あふれる
言い換えよう
水気を多く含んだ、森を歩けるか。
多分30分もあれば余裕であの世へ旅立てるだろう。
(いやいや、ふざけんなよ)
本当にこの体は水や冷気というものへ耐性がなさすぎる。
そうおもい、生み出した二振りの鈍剣を
まるで足場のようにして森を進み続ける。
そうして、森を進む中でそれに出会う。
自分の世界では「林檎」であったその果実は見事に樹上に実っていた。
木の上ではリスが
なんか妙に毒々しい色の見た目をしたリスが和気あいあいとそれらを食べていた。
そういえば、まだ何も食べていない。
火口で狼の王(だった肉塊)に貪ってから
まだ何も口にしていなかった。
考え始めると、腹がグゥ、となりだす。
「とりあえず、飯にしよう」
そういい、鈍剣の上に乗ったまま器用に浮遊する。
途中、何度かその上から自分は転げ落ちたものの、何度目かのトライで林檎の眼前まで浮かび上がることができた。
一つを鼻先でつつくと、熟れ切っていたのかぽろりと落下する。
それを鈍剣に器用に落とす。
先ほどのリスに喰われている様子はない。自分以外の嚙み痕も、穴も開いていないし腐敗している様子もない。
間違いなく、食える見た目をしている。
どんな味がするだろうか?
品種改良なんて概念がこの異世界にあるのか不明なので、思ったような味ではないかもしれない。
が、それ以上に自分は空腹だったことを思い知らされていた。
脳が可食物と判断した地点で、堪えられることは自分にはできなかった。
「さぁて、この異世界?で初めてまともな食物だ」
いざ、心して
「頂きます」
シャク、という小気味い音がする。
味は、非病に美味。
迸る蜜は、鼻の奥まで包み込むような芳醇な甘さを口いっぱいに解き放ち
その中で僅かな酸味が舌の上で踊る。
歯ごたえは程よく、それでいてしっかりとした果肉が非常に美味だ。
「う」
自分の心は歓喜に震えた。
「うぅ」
その喉越しは狼の口では難儀したが、それでもするりと通ってくれた。
身体が、胃の腑がこの世界に来て初めてまともな食べ物を受け入れようとする。
そして
瞬間
自分は
宇宙を見た。
キョトンとした目をしている。
まるで豆鉄砲を喰らった顔だ。
思考を放棄した顔だ。
この感覚は、皆も共有できるはずだ。
まるで、自分の歯が全て虫歯になって哀れにもむき出しになった神経へ総攻撃されるような痛み
舌、食道、胃の内側が全て焼け爛れるような鈍い痛み
全身の筋肉が恐怖で急速に委縮し、全身の骨を締め上げるような感覚。
そのような感覚が飲み込んだ林檎を追うように駆け巡る
そして自分は
死んだのだった。
その場で迸る業火にリスが驚き何処かへといなくなる。
むくりと起き上がる自分。
死因はなんだ?
考えた。そしてこう結論を付ける。
自分がさっきから感じている寒気は恐らく「種族的特徴」によるものではなく
実際に寒いのだ。
自分は樹木に詳しくはないが、針葉樹のように、まっすぐと伸びた樹木が広葉樹に交じって散見する。
針葉樹は主に広葉樹が育ちにくい寒冷な気候での生育に適している。
逆にいえば、この地は比較的寒冷な地域と考えることができるだろう。
それでいて、あの異世界式過冷却水
あれの供給元はどこだろうか
恐らくそれはここ
この大地の下に流れる水脈がその供給元となっている可能性がある
何故かといえば、その影響で異世界式過冷却水によって
冷えている。
この地も、水も
さっき食べた林檎でさえ
(キンッキンに、冷えてやがる!)
そんなよく冷えた果物の
蜜をよく含んだ果実を口にしたものだから
目の前に宇宙が広がり、死ぬ羽目になった。
教訓
-自分は冷たい食べ物、および飲み物を摂取すると死ぬ-
「弱すぎんだけど!自分、弱すぎんだけどぉ!」
気落ちした自分にさらに追い打ちをかけるように、日が沈み始める。
夜が、来る。
夜の闇は森を完全に包み、静寂の奥で生き物たちが息をひそめ生きていた。
鳥の鳴き声
獣の声
狼の咆哮…これはたぶん火山のやつではない。
頭上に高く掲げられたその三日月が、大地を薄く照らしている。
自分はというと
震えていた。
ガタガタと、震えていた。
(さ…さ…)
軽く歯が鳴る。
「さっっっぶうぅぅ…」
体を丸め、可能な限り外気に触れないようにしていたがこれではだめだ
何度も意識が遠のいては、鮮明になる。
つまり死んでいる。
寒さに凍えている自分は、死にながら生きていた。
(こ、こ、ここここここここ)
内心で思う声ですら凍えそうになりながら決心する。
(これは、なんとかしねえと…地獄だぞ!)
鼻がむずむずする。
自分は闇の中で、でかいくしゃみを上げるのだった。
モシャモシャと、口を動かす。
文字通り、炭を頬張っている。
自分は次の日から早速始めることにした。
その結果がこれ
芯まで炭になった林檎である。
自分がまず確保しなければならないのは「食」
飯より宿という名言もあるが、自分の場合は最悪死なないので毎夜事に死に絶え続ければ(死んでいる地点で耐えれてはいないが)問題としては低い。
だが食は違う。
この体は死んでいる。
不死身の怪物、であるはずなのだが
感覚は残っている。
嗅覚も、味覚も、痛覚も恐らく五感と呼ばれるものはすべて備わっている。
また欲求もある。
食欲が最たるそれである。
この体は、腹が空くのだ。
それ自体がパフォーマンスに影響を与えることはなかったが
それのせいで何かを食べる必要に迫られる。
だがこの体は贅沢なもので冷たいもの、水気を多く含むものを食べただけで死ぬ。
極度な冷感アレルギーともいえる。
水蒸気のように微細か、試してはいないもののお湯のような熱を持つものならまだ耐えられるのだろうが、それでもこの体にとっては苦痛を与える鞭と存在は変わらない。
だが、なにも食えないよりはましだ。
そう考える程度には、この体が空腹を訴えてくるのだ。
自分は最初に林檎を見た。
鈍剣の上にちょこんと座り、じっと林檎を見る。
自分の歯形がついているリンゴが、じっと目の前にある。
流れをイメージする。
林檎を包むような流れ
周囲を薄く囲む、空気の流れ
火をつけた
燃え上がる林檎
それはまるで赤々と燃え滾り
即座に炭となった。中心はまだ赤い。
それを食べれば、間違いなく炭。
だがそれで体が拒否死をすることはなかったし、むしろすんなりと受け入れることができた。
その代わり、別の絶望が襲う。
自分は一生、炭か溶岩しか食えないのかと
前者は一旦脇に置いておいても溶岩を食うのはハードルが桁違いである。
また、多分本来のこいつらであれば炭だろうが気にせず食べただろう。
魂が
自分という心が、美味を求める。
こんなことなら生前もっと料理をしておくべきだった。仕事帰りにコンビニ弁当を買うのが習慣になっていた自分を軽く恨む。
幸い、まだ林檎の木にはいくつもの果実が実っておりまだ大丈夫そうだ。
あの時は無意識であったとはいえ、あの狼を生でイったのだから空腹への欲求は強いのかもしれない。
それはそれとして、生の獣肉やそこら辺に生えたキノコをそうやすやすと食べる気にはなれない。
それらの生物が、毒を持っていないという保証はどこにもない。まぁそれは林檎にも言えるのだが…林檎の場合は、「毒」を摂取したときに感じる覚えている範囲での文献上記載がある苦痛の種類とは異なるような気がする。
この体が拒否を訴えるようなタイプの痛み。そんな感覚だと思ったからとりあえず目下の食料としてこの木に実る林檎をチョイスしたのだ。
死にながら食うのは最終手段としておく。
ついで、別のことも意識する。
横に倒れた針葉樹がある。見た目的には杉であろうが生憎樹木の種類には疎い。
それを鈍剣で叩き切り、枝を掃う。
その枝を鈍剣の上に並べ、イメージする。
それは雲。
枝の上にたたづむ雲
永遠を円を描き続ける熱の流れ
その熱で、木を乾かす。
自分はこの森で永住する気はない。
いずれ、ここから出ていくことになるだろう。
そのため衣食住のうち、「住」について考えるのは最低限にとどめる。
そのうえで早急な対策を講じる必要のある者のうち「食」とは別の問題で「衣」がある。
その辺の獣を倒したところで皮を剝ぐナイフのような鋭利な刃物を生み出すほど、まだ自分は「流れ」を研ぎ澄ませることができない。
第一、死んで蘇った地点で灰となる未来が見えたためだ。
そのための代案として、薪を作ろうとしているのだ。
だが案の定というか、熱を受けた枝は即座に燃え上がり炭となる。
それはそれでいいのかもしれないが、意を決して噛めばとてもじゃないが店で売っているような炭には程遠い。
自分は、生きようともがいていた。
狼に臓物を食い散らかされるあの火山とは違う。
生存競争を初めて行った。