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section2:地獄は続くよどこまでも。等活地獄最前線④

 狼はそれを見た

 王は見届けた。

 終わりを見た。

 勝てなかった

 「同胞もどき」のアイツでも勝てなかった。

 あの敵を倒すことは、きっと誰にもできない。

 同胞が同胞である限り、誰もあれには勝てない。

 そう思い、その場を後にしようとしたとき

 王は感じた

 熱を

 その熱を

 再び、死線を見る。


 熱は、火となった。

 火は、爛々と燃える炎となった。

 炎がどろどろと、それを形作る。

 

 まだ、終わっていない。



 自分は、それを見た。

 自分を見た。

 黒い斑点を持つ、花崗岩の狼を見た。

 

 刹那、迫りくる4本の死の線を左後方に飛びのき、躱す。

 かつての自分が砕けるのを見た。

 右前腕を既に失った、かつての自分を見た。


 迫りくる石化。

 命潰えるその時とっさに行った無謀とも思える賭け。

 熱持つ躰

 熱で出来たこの躰

 この身が溶岩であるのなら

 そう信じ、自分の右腕を嚙み千切ったのだ。


 これまで感じたことがないような激痛

 誰かに受けた傷よりも

 自分が自身に与える傷の方が何倍も痛い。


 牙が骨をかみ砕いたとき、それをなるべく遠くへ吐き出す。

 自分は託した。

 

 そして、賭けに勝ったのだ。


 「二度とやりたくねぇがな!」

 あの時の激痛を考えれば、この手段はなるべく最終手段にとどめたい。

 嚙みながら肉が蘇生していくのを感じた。

 自己蘇生力が高いのも考え物だ。


 溶岩の海で傷をいやす中、考えた仮説。

 これまでの死を経て至った思考。


 自分は熱を持つ

 その熱が保たれている限り、何度でも蘇生や治癒が可能である。

 そしてそれは「最も強い熱源を持つ方へ引き寄せられる」という特徴を持つ。

 これまで体が残っている状態での蘇生はそのほとんどが胴体へ至るような形での蘇生であった。

 首を切り落とされたときは、首が胴へ引き寄せられたように。

 

 それは、その地点で「胴体」が最も熱を保持していたからだと仮定した。


 では、胴体の熱量が失われた際はどうなるか。

 その場合の結論は、今しがた立証を完了した。尋常じゃない苦痛とともに。

 胴体の熱量が完全に失われた際、自分は最も近くに存在する「自分自身が由来となる熱源」を起点に蘇生するということだ。

 今回は右前腕がそれにあたり、自分が溶岩の中で蘇生しなかった理由にもなる。

 この溶岩全てが自分を由来とする熱源ではないからだ。

 最も、その熱量が低すぎた場合はどうなったかわからない。

 試す気もない。

 少なくとも、右前腕丸ごと一つあれば蘇生は可能らしい。

 とりあえずの危機は脱した。

 もう、一撃。

 蒸気迸る巨人の脇腹を見やる。

 巨人は吠えた。

 管楽器のような鈍い轟音を走らせた。

 怒りに震えるように、わき腹から水蒸気が迸る。


 「この世界、蒸気機関あるのかよ」

 もしくは、蒸気を利用した全く異なるメカニズムを持つか。

 なんにせよ、その動きには蒸気が利用されていることは明白であった。


 「そういうことなら、あるはずだ」

 自分は、笑った。

 きっとあそこにある。

 活路が、僅かな光明を煌めかせる。


 駆ける。

 光明指すその先へ

 自分は賭ける

 その可能性に

 目指す巨人は、既にレーザーを発する構えに入る。

 二振りの鈍剣のうち、一つを構える。

 

 4本の死の線を、鈍剣で受ける。

 氷の山ができる。

 鈍剣をスロープのようにした、氷の山ができる。

 足の裏の皮膚が焼かれるような感覚を覚えながら自分は駆ける。


 瞬間、「流れ」があった。

 後ろから、流れがあった。

 こんな時に、自分は振り返ってしまった。

 宙を舞う最中にそちらを向く。

 狼たちの中に、アイツがいた。

 4本の剣を備えた、狼の王。

 蟲の翅のようなあの剣、忘れようもない。

 その狼は

 「流れ」を生み出していた。


 その流れは、空気中に滞留した。

 渦を巻き、周囲の空気を含みながら

 それが火へと変化した。

 

 活路が、開けた。

 光明が、差し込む。


 自分は背後より迫る4本の死の線をもう一振りの鈍剣で受け流すと着地する。

 大地を踏みしめ、駆ける。


 眼前に構える巨人は、背後の水球をこちらに向ける。

 レーザーが、4本の死の線を噴くために呼吸を整えている。


 自分は「流れ」をイメージする。

 それは、無数の円でもって形作るもの。

 中心へ熱と風を送り、それを生み出す。

 たぎる高熱を圧縮したもの。


 4本の死の線が自分へ迫るその刹那。

 

 それを生み出す!


 自分の眼前を白煙が覆う。その白煙は雫を持っていた。

 

 「これも、2つが限界か」

 

 そういう自分の周囲を浮く、火球。

 煌々と熱を発するその熱球が自分を照らす。

 活路を照らす。

 

 思えば、自分は溶岩の化物だ

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()。火だし。

 それを意識しなかったのは、これまで戦ってきた者たちのどれもがほぼ物理攻撃しかしてこなかったから自然と意識から外れてしまっていた。

 そりゃそうだ


 (わざわざ相手を回復させかねない手段を行使する馬鹿はいない。よねぇ)


 だから誰も使わなかったのだ。

 この時ほど所持スキルなんかを説明してくれる、無機質なアナウンスを恋しく思ったことはない。


 その火球をレーザーの集合点 

 つまり、自分の眼前でレーザーとぶつけることで


 大爆発を起こした。


 そういうことである。


 皮膚を焼かれるような痛みが全身を走るが、石化はむしろ治癒できるほど鈍い。


 たとえ水分であっても、熱湯のように熱を持つものか

 水蒸気のように粒が細かければ、ダメージを大幅に軽減できる。


 石化した傍から治癒できる程度には抑え込めるのだ。


 -流れを、掴んだ!-


 自分は吠えた


 巨人に吼えた

 世界に吼えた!


 「決めるぞ、第3ラウンド!」

 狙うは完全破壊(ノックアウト)


 ただそれだけが、自分の未来を切り開く。

 選択の証明になる。

 

 自分は、巨人に迫る。

 まるで右手と左手に持つように、2つの火球を生み出す。

 鈍剣といい3つ以上持つことができないらしい。

 

 でも、あのレーザーを躱すためという意味では

 溜めを考慮してもお釣りがくる。


 火球を生み出しては眼前でレーザーにぶつける。

 迸る水蒸気と衝撃で、視界が遮られる。

 しかして、巨人はいまだそこにいる。

 まだ、鈍い巨人はそこにいる!

 イメージする。

 これは、「球」をイメージした物だ。

 中心に熱と風を織り交ぜるように集めたものだ。

 シンプル故に素早く作り出せる。


 (それだけじゃ、つまらねぇよな)


 「人間様」の想像力。とくとごろうじろう、だ。


 1を、2にする。


 イメージする。

 それは、押し出すような風

 眼前へ吹く、追い風。

 炎を、織り込んでいく

 ペルシャ絨毯のような緻密さで

 過熱させた金属のように、重厚な炎を編み込む。


 イメージする。

 それは獣が構えていたもの

 刺殺さんとする、純粋な殺意が生んだモノ

 己の脚力を、そのまま力とできるモノ


 4本の死の線が迫る。

 獣を凍りつかせんと迫る。

 

 だが、それは爆発する。


 巨人は見た

 炎の壁を見た。

 その真横で構える、炎の突撃槍を見た。


 「流れ」を生み出す。

 圧力を生み出す。

 それは突撃槍へと注がれる。

 

 「ぶっ飛べ!」

 

 突撃槍が投擲される。

 あの獣が自分へ突撃したあの時のように

 槍が巨人へと迫る。

 

 吹き上がる蒸気

 ホバー移動のように、その脚は大地を滑らかに円を描くように動き巨人は槍をよける。

 今度は、当たることはない。


 それで、よかった


 「ばぁか」


 嘲るように自分はつぶやく


 即座にイメージする。

 あの時、鈍剣に注いだイメージ

 それに込めた熱を発揮させるイメージ


 最初から狙いは、4つの水球。


 自身をよぎる槍の殺意の矛先を巨人が感じるが早いか

 槍は巨人の背後で炸裂した!

 

 爆発が迸る。

 音と衝撃

 何より迸る紅蓮が、水球を焼く。

 焦し、湧き立たせ

 無に帰していく。


 炎の盾をかき消し、鈍剣を二振り生み出す。

 巨人の射程範囲内に入る。


 巨人が駆ける。

 わき腹より溢れる水蒸気

 まるでその命が削れていくのを表すように、それをまき散らしながら

 大地を滑るように自分へ迫る。

 剛腕をうならせ振りかぶる。


 「いいぜ!乗った!」


 自分は大地を踏みしめる。

 構えた鈍剣のうち一振りをその右ストレートへぶつける。

 もう一振りは突き上げるような下からの一撃を弾く。

 再度構えなおした右腕へ

 なめらかに稼働する左回し蹴りへ


 鈍剣で、弾く


 弾く!

 弾く!

 弾く!

 

 共鳴するように多重に響く金属音

 それは周囲の大地を震わせる。


 狼の王へも、響かせる。

 


 思えば、なぜ

 あんなことをしたのか、自分でもわからなかった。

 同胞であれば最初に学ぶはずの、あの流れ

 剣を、槍を、刃を生み出す前に

 熱して、形にするために「火」を学ぶ。


 それがどういうことだろうか

 あの「同胞もどき」にはそれを使う気配がなかった。

 それを使うという意識がそもそもないように感じた

 

 必要としなかった、というよりも

 最初から、知らなかった。


 狼は納得した。

 だからあいつの刃は、あんなにも醜いのかと。

 火を知らないまま、それでも形を作った

 歪で、不格好な巨躯の剣は、そのままあの「同族もどき」を物語っていた。

 あれは異質なものだと剣が伝えていたのだ。


 だが、あいつは「火」を知った。

 狼の王すら圧倒する力、その力がなんなのか

 未だここにいる獣たちは、それを知りえることはない。

 

 だが、アイツは「火」をまるで手足のように扱って見せた。

 まるで段違いの成長速度。

 何かが違う、気味の悪いほどに異質な「同胞もどき」

 だがその歪な獣は

 たしかに、たしかに敵を追い詰め始めていた!


 その蹴りを足元へ沈み込むように身体を伏せて避ける。

 背に構えた鈍剣の上を巨人の足が滑る。

 ギャリギャリという金属がこすれる音とともに火花が走る。


 自分が巨人の脚の付け根を狙い、二振りの鈍剣を重ねるように合わせ


 思いきり振り上げる!


 金属音とともに巨人の体躯が崩れる。


 その刹那、自分は駆ける。

 ボロボロと崩れゆく鈍剣の中を

 巨人の背へと駆ける


 それを見た

 それはあった

 そこにあった。


 イメージする

 火球を

 ドロドロとたぎる、溶岩の火球を!


 巨人の背中で炸裂する火球。

 それを確認すると、自分は距離をとる。


 その身を倒すことなく、巨人が体勢を整える。

 そしてその背は再び、空色の壁を背にする。


 その時だ


 迸る

 白煙が

 水蒸気が

 その背から迸る!


 蒸気機関を使うのなら最低でも必要とするものがある。

 それは、火と水。

 体の中には恐らく発火し、水を蒸発させる機能と

 水を貯える機能がある。

 そして蒸気を体の各部位にあるであろう「駆動機関」へ送る。

 身体へ血を巡らせるように。

 そして、敵の接近を確認すると

 それらの駆動機関にためた「蒸気の圧力」を解放することで

 あの瞬発力を生み出していたのだろう。

 ホバー移動は脚部に仕込んだ射出装置より高圧縮した蒸気を一気に放出することでその身を瞬間的に浮かせていたのだろう。


 それだとしても、はっきり言って非科学的(ありえねぇ)構造であることは間違いない。

 この世界の知的生命体が恐ろしいのか、それを可能にする異世界的な要素があるのか。

 なんにせよ、一つ仮定として立てられるのは

 内部の温度はきっと相当なものとなっているはずだ。というものである。

 耐熱性を持っていたとしても何らかの「冷却装置」は必須となる。

 ついでに、それだけの蒸気を瞬間的に生み出すとなれば相当量の水が必要となるはず。

 だから、アイツの背中を見る必要があったのだ。


 それが、あると踏んだからだ


 異世界版過冷却水を体内に吸収する給水口が!

 あの巨人が必ず壁を背にしていたのは、門番だからでも

 

 こちらを煽るためでもない。

 ただ、冷やす必要があるからだ。

 必要な時にすぐ冷やせるよう、背後のほぼ無限の水源から水を得るために

 そこに「立たざるを得ない」のだ。


 そして先ほどの溶岩の火球は、それを塞ぐために放った。

 結果は、今起こった通りである。


 巨人の動きがおかしくなる。

 急激に

 過激になる。

 体の中でもう熱暴走が起き始めているのだ。

 それだけ燃焼を引き起こす機構が

 熱を発する機能が

 自分の常識をはるかに超えていることの証明となった。


 巨人は暴れだす。

 背中にできた蓋を引き剥がそうともがく。


 それが不可能だと察したのか

 それとも思考(プログラム)を司る部分が熱でイカレたのか


 巨人は暴れだす。

 烈火のごとき怒りを吐き出さんと暴れだす。

 

 自分は、我が体躯より鈍剣を抜く。

 二振りの鈍剣

 歪な剣

 自分の今を表すような剣

 人の(たましい)を持つ、不死身の怪物(イモータル)の剣を。


 右手と左手に携えるように

 浮遊するその鈍剣を構える。

 自分ができる最大火力

 その一撃で、終わらせる。


 この等活地獄(たたかい)


 自分は駆けた。

 巨人へ

 暴れるその剛腕をかいくぐり

 発熱し、高温化したあの装甲を躱す。

 狙うは一つ。

 抉れたわき腹

 内部機構がわずかに覗く、巨人の泣き所

 刹那の時間が、流れる。


 鈍剣の一振りを、その脇腹へ垂直になるよう構える。

 鈍剣の一振りを、背に交差させるように構える。

 そして、息を吸う。

 「儀式」を行う。


 流れが、対流する

 炸裂した

 流れが

 鈍剣から鈍剣へ

 (のみ)を金槌で打ち込むように

 巨人の体躯へ、鈍剣を突き刺した!

 わき腹から、首へ鈍剣が貫く。

 内部機構(はがねのぞうもつ)をぐちゃぐちゃにさせながら。

 巨人は、動きを止める。

 口から

 眼から

 それが開いている穴から黒い煙を発しながら

 

 死んでいく。

 

 それでも道連れだといわんがばかりに、自分へ剛腕を振りかぶらんとする。


 「だから言ったろ」


 突き刺さった鈍剣が、熱を帯びる。

 その巨躯の刀身が今や赤々と熱を発する。


 -「俺の死に場所は、お前じゃねぇ」-


 炸裂する閃光と衝撃。

 巨人の中で発揮されたその一撃をもって


 巨人の上半身は、完全に消滅した。

 


 自分は、空色の壁を見た。

 その壁に鈍剣を再び打ち込む

 氷結し、崩壊する壁

 大穴が開いたその先へ、歩みを進める。

 今度はどうやら、大丈夫なようだ。

 それを確認したのちに、後ろを振り向く。

 狼の王が、こちらを見ていた。

 その姿を、自分も見ていた。

 

 「来るか?」


 何気なく、王に問う。

 王は、何も答えなかった。

 何も答えることなく去った

 自分の「王国」へと去った。

 他の狼たちも同様だった。

 皆、自らの領地へと去っていった。

 きっと、そうなのだろう。

 今やあの獣たちにとって、あそこだけが全てなのだ。

 長い年月の中で、自らを捕らえた檻が破壊されてなお

 その檻の中の、住み心地を手放す気にはなれないのだ。


 自分のように、それを知らぬものだけが

 この檻を、出る。


 それでも、自分は一言だけ告げた。

 その姿はもういない、王へと告げた。

 


 「ありがとう」と。

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