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section2:地獄は続くよどこまでも。等活地獄最前線③

 その巨人は、昔歴史の教科書で見た、青銅のような濁った空色を持っている。

 二本の脚で大地に立つその姿に、自分は圧倒される。

 この世界で初めて会った二足歩行する生き物が、まさかこんな機械仕掛けの巨人だとは夢にも思うまい。

 

 だが、その巨人は明らかにこう告げていた。

 お前は、脅威だと。


 巨人の背に広がる壁から、何かが現れる。

 それはシャボン玉のような球体をしている。

 ふよふよと巨人の後ろに4つの空色の球が浮かぶ。

 

 自分は鈍剣を構え、伺う。

 

 攻めるか、否か。


 その「待ち」の構えを見切ったのか、巨人が先手を打つ。

 球体より何かが発射された。

 それはまるで、レーザーのように自分めがけ発射される!

 これまで出会ったどの攻撃よりも、ファンタジーに出てくる魔法のように

 幻想的な脅威。

 

 自分はとっさに身をよじり、そのレーザーを躱す。

 鈍剣を器用に振り上げ、レーザーをはじく。

 ジジジジ!

 鈍剣の表面を金属音が迸る。

 

 再び大地に立ち、周囲を見やる。


 そこに広がるは、氷の山。

 小さな氷の山が出来上がっていた。

 

 (まずい…非常に、まずいぞ)


 自分の体は、冷水に極端に弱くなっている。

 それこそ、触れただけで石にされてしまうほどに弱い。

 体内を走る熱が急速に失われる。

 恐らくそれは、凍りつかされても同じだろう。

 

 それが、自分の「死」だというのなら。

 

 あれは、この怪物を殺すためだけに作られた巨人。

 自分にとって、これまで出会ったどの怪物よりも


 最大の脅威。

 先ほどレーザーを弾いた鈍剣を見る。

 表面に走るその線は、削られた跡だ。

 傷のように走るその一本線。

 まるで、ウォーターカッターでなぞった後のようにその表面を水滴が走る。


 自分は鈍剣を腰に携えるように構える。

 低く構え、その四本の足に力を籠める。

 

 刹那、巨人の背後を浮く球体より4本の死の線が引かれる。

 まっすぐ、大地を抉り

 逸れず、氷山を築きながら迫る。


 自分は横に駆ける。

 先ほどの鈍剣を斜めにかけ、盾のように線にぶつける。

 鈍剣は幾つかの物体へと分解され崩壊する。

 

 そのまま巨人へ回り込むようにかける。

 その背には再度生み出した鈍剣が二振り。

 再び迫るその線を潜り抜ける。


 身体を掠るたび、あの皮膚を抉られるような感覚と急速に熱を失う感覚に襲われる。

 

 だが

 だが

 それでも

 

 進まなくてはならない。

 あの青銅の巨人は門番だ。

 この怪物を世に放つことを拒否する知的生命体の意志の象徴だ。

 

 だが

 だが

 それだからこそ

 

 自分は駆けた。

 大地を獣の脚で駆けた。


 その先に世界があるから。

 知りたいことがあるから。

 「誰か」がいるのだから!


 自分は斬り上げるように巨人のわき腹に鈍剣を振るう。

 唸る金属音の反響はその巨人の頑強さを物語っていた。

 それでも、折れない。

 

 鈍剣も

 自分の意思も


 死の線が自分めがけ再度迫る。

 それは非情なまでに自分の左前脚をバッサリと切り落とす。

 耳元で響く、石と化す自分が発する音が

 自分の命を削る、時計の針の音のように聞こえた。


 自分は残った3本の脚で大地を踏みしめ、耐える。

 歯を食いしばり、腹に力を籠める。

 体の多くで燃え上がるその熱が、自分の石化を食い止める。

 石とならんとする部位を覆うように赤熱の色を発する。

 赤々とした溶岩が、滴り

 命をつなぎとめる。


 だが

 巨人がその右腕を振るう。

 まるでバネが弾かれるように、先ほどまでとは比べ物にならない動きでこちらを捉えていた。

 巨人の右腕が自分の眼前に迫りくる。

 先ほど戦った狼のうち、巨柱を振るうあの狼が生み出したそれと同じくらいの衝撃が自分と鈍剣に叩きつけられる。

 

 息つかせぬうちに、その左腕の一撃が迫る。

 右へ躱し、その腕に自分は鈍剣を叩き込む。

 巨人の左腕は軋み、鈍重な金属の咆哮を上げる。

 だがそこまでだった。その青銅の体は、へこみすら起こさないほどに頑丈。

 逆に衝撃で自分の鈍剣が弾かれる。

 

 (クソ硬ぇ!ふざけんのもたいがいにしろよ!)


 3本の脚となった狼は、後ろへ飛ぶ。

 先ほどまで自分がいた位置へ、4本の死の線が引かれる。

 ピキピキと音を立てて大地が凍る。

 肌で感じる風が、ここまで冷たいことはこれまでなかった。


 自分は唸り声を上げる。

 つい何日か前まで獣たちが自身に向けていたその声を

 今度は自分が、巨人に向けて

 低く唸る。


 強い

 強過ぎる

 いや、そもそもの相性が悪すぎる。

 巨人は一見すると緩慢な動きなのだが、自分が懐に入った瞬間あの動きだ。

 獣の動きに追いつけるほどの瞬発力であの二本の剛腕をふるって見せたのだ。


 だがいま改めてみてみれば、その動きは再び緩慢。

 さらに、相変わらず壁を背にしている。


 (まるでネトゲのレイドボスだな)

 

 レイドボスなら戦闘中に距離をとっただけで敵視を解除はしないだろうがな。

 そう内心ツッコミを入れると

 

 青銅の巨人はゆっくりとこちらへ顔を向ける。

 目と口のある場所に穴が開いただけの空虚な顔で

 その身に宿る使命のみを行使するために生まれたような顔で

 

 煽るように、自分を見ているように思えた。


 まるで見えない。

 まるで思いつかない。

 

 あれを、あの青銅の巨人を「レイドボス」と例えるのなら

 ギミックが、思いつかないのだ。


 遠距離にいれば、あの異世界式過冷却水によるレーザー攻撃。

 これをまともに喰らえば自分の命はないだろう。


 懐に入れば、あの驚異的な瞬発力でこちらへ迫る。

 弾けるような速度で剛腕を無慈悲にふるう。


 「一体、どうすればいいんだよ」


 相対する巨人に対し、自分があまりにもちっぽけな存在のように思えて仕方なかった。



 その獣は、ゆっくりとやってきていた。

 その背に4本の刃を構え、やってきた。

 そして、その獣が同胞たちを掻き分け、最前に現れた。

 視線の先で行われている闘い。

 あの時、自分を倒したあの「同胞もどき」が

 青銅の巨人に圧倒されているのを見た。



 3本の脚では、レーザーを躱すのがやっとといったところである。

 制動性に欠けたその動きは、後ろ足の瞬発力をいなしきることができない。

 ついには残った前足がつまずき、思いきり岩肌へ自分を滑らせた。

 そこに4本の死の線がなぞられる。

 とっさに跳びあがり、それを躱す。

 腹部に激痛が走り、ゆっくりと石化が始まる。


 息を切らさず、さりとて明らかに不利な状況。

 未知の敵を前に全く対策が講じれていない。

 無為に行動を強要され、無様なダンスを踊っているようにも感じた。

 

 「くそっ!くそっ!クソが!」


 もはや悪態をつくことしか自分を慰める方法がなかった。

 勝利は望めない。

 だが撤退もできない。

 狼たちの領土に入り込めば、この体であの獣たちと戦うことになる。

 そもそも、それであの巨人が追い立ててこないとも限らない。


 相変わらず、巨人はそこにいる。

 壁を背にして、そこにいる。

 

 レーザーを躱し、何度か攻撃の機会もあった。

 だが原動力不明の機動力による剛腕が迫りくる。

 そもそも、あの硬すぎる装甲を前に、頼みの綱の鈍剣が何も意味をなしていない。

 完全に詰んでいた。

 

 自分の体は、既にいくつもの箇所が石化を始めており、それらを腹の底から湧きたつ熱でせき止めているのが精いっぱいである。

 気を抜けば、すぐに石像となってそこら辺に転がってしまうだろう。

 

 諦めたくない

 だが、諦めざるを得ない。


 自分もまた、永遠にここに囚われるだけの獣となるのだろうか?

 獣同士で臓物を食い合い、自分たちの縄張りを守り続けることだけを考える

 そういう機械のような生命体になり果てるのだろうか。


 栄光への門

 そのカギはすでにこの手に持っている。

 だが肝心の門番が倒せない!


 (考えろ)

 それでも

 (考えろ)

 自分は鈍剣を生み出す。

 (考えろ!)

 

 「頭を使う」事でしか、この局面は突破できない。

 それなら、焼き切れるまで使い潰すまでだ。

 

 迫りくるレーザーが4本の死の線をこちらに向けて引く。

 まっすぐ、曲がることなく引く。


 自分は大地へ鈍剣を構え、打ち据える。

 振動が大地を走り、眼前に隆起した大地の壁が4本の死の線に立ちはだかる。

 

 その外周が氷結していく音を聞きながら、自分は大地を叩き続ける。

 地面が抉れ、掘り進む。


 そしてそれを見る。

 眼前に広がる、赤


 自分は

 再度迫りくる死の線の音を聞きながら


 赤々と輝く溶岩へとその身を沈めた!


 溶岩の中で、懐かしさすら覚えるそのぬくもりに包まれる。

 石化していた部位が瞬く間に蕩けていく。

 

 ドロドロと赤熱化した部位へ、炎が迸る。

 自分のその身から、炎が燃え上がる。

 

 左前脚が再生するのを確認すると、自身は癒えていた。

 この灼熱の世界こそ、今の自分にとって揺り籠のような、繭のそうな存在なのだ。


 (やはり、この体は周囲や自身の熱源が完全に消えないうちは永続的な再生が可能なの か)

 狼たちとの戦いを思い出す。

 その身に杭のように打ち込まれた尖柱

 斧で切り落とされた首

 それらは自身の体から迸る…自分の体内で発せられる灼熱を起点に再生される。

 

 (これは、使えるな)


 そう思案したときだ。


 大地が、自分から見た天井が揺れる。

 青銅の巨人が異変に気付き、地団太をふむように大地を踏む。

 地面はひび割れ、その奥から


 互いに視線が合う。


 迫りくる4本の死の線が、溶岩の海の中ではそれぞれが物理的な石礫となって威力だけを保ったまま迫りくる。

 自分は泳いだ。あの火山での死闘で学んだこの泳ぎは今も自分を生かし続けていた。

 

 溶岩の海を泳げばあの巨人を相手することなく突破ができるかもしれない。

 そんなわずかな希望は眼前を覆う下半球の岩壁で脆く打ち砕かれた。

 この溶岩地帯は、完全にこの壁に覆われていた。

 

(どうやっても、あの巨人と戦えってことか)


 浅はかな希望はすぐに捨てること。

 思考し続けること。

 足掻き、もがき

 相手の弱点を、その隙を見定め

 確実に仕留めること。

 

 この世界に来て、死に続けて

 学んだ事を即座に実践する。

 自分は鈍剣を生み出し、溶岩の海を登り始める。


 亀裂の隙間から発射されるレーザーが生み出す石礫をかいくぐりながら浮上する。


 そして改めて巨人を見やる。


 「待たせたなクソ野郎。第2ラウンド開始だ!」


 狼の王は、その姿を遠くから眺めていた。

 明らかに叶わぬ敵。

 我らをここから出さぬがために生み出されたような存在。

 あれによって、石にされた同胞もいる。

 関わらぬため、我らはここにとどまった。

 食うものもなく、生きる糧を得るため不死身故同族同士貪り合う日々を受け入れた。

 死と同義のような体を得てなお、空腹を訴えるこの体をどれだけ恨んだことか

 その怨嗟すら薄れ、機械のようにただそれを繰り返すことが日常と化してきた。

 永遠に続くと思われた日常の果てに、アイツが現れた。

 あの「同胞もどき」だ。

 知らない匂い、

 聴いたことない鳴き声

 おおよそ仲間とは思えなかった。

 

 だが、狼の王は見ていた。


 あの「同胞もどき」なら

 赤子同然のか弱き獲物から

 王を打破するまでに成長したアイツなら

 

 そう、思わずにはいられなかった。



 自分は、駆けた。

 駆けた、駆け巡った。

 

 二振りの鈍剣。

 その重厚な刃を、構え隙を伺う。


 異世界版過冷却水を利用したレーザー。

 自分にとって致命的すぎるその一撃には、発射された後にわずかながら「溜め」の工程が必要な様子であり、あの巨人へそのようにプログラムされているのか知らないが必ず4本のレーザーが射出される。これまでの攻撃において一度のディレイや個別攻撃は確認されていない。

 素早い獣へ確実に当てるために特化した攻撃ともいえる。

 逆にいえば反撃するのならその「溜め」の間

 そのわずかな時間でできることをやらなければならない。

 

 仕掛ける。

 自分ができる最大級の攻撃のため、耐える。

 一振りの鈍剣を自分の正中に構える。

 そしてもう一振りの鈍剣を背で交差させるように携え

 それを待つ。

 巨人の背より浮遊する水球が揺らめき始める。発射が近い。

 水滴がしたたり落ちるように、水球に山なりの形状が生まれる。

 もうすぐだ

 空色の光が、4つ

 もうすぐ

 冷酷な死の線は、きっちり4本

 引かれる。

 自分に向かって真っすぐ引かれる。

 

 自分の脚力を信じた。

 ぐっと大地を踏みしめ、跳ぶ。

 死の線の上を飛ぶ。

 対象の上昇を確認し、せりあがる死の線。

 

 息を、吸う。

 本来必要としない行為

 だが必要な「儀式」


 正中に構えた鈍剣が、飛ぶ。

 あらん限りの流れを与えたもう一つの鈍剣によって弾き出される。

 それは砲弾のように

 刹那のように

 

 巨人へと迫る。

 

 青銅の巨人は、駆けた。

 信じられない速度で

 大地を滑るように身体を逸らした。


 ここにきて新機能が発覚した。

 だが

 その機能を発動させるには

 この速度を持つ質量の塊を避けきるには


 僅かに遅かった。


 激しくきしむ金属の、けたたましい轟音が共鳴するように火山へ響く。

  

 青銅の巨人のわき腹に命中した鈍剣は再度空色の壁を突き破っていた。


 貫通した脇腹から、おびただしい量の水蒸気が発せられる。

 まるでこの巨人が血を吹き出すように

 

 自分はその場に腹を打ちながら着地する。

 胴を半分切り落とされた自分の上半身は急速に石化していく。


 その視線の先で巨人は


 こちらを見ている。

 その二本の脚で立ち、こちらを見ている。

 

 まだ、届かない。

 もう一撃、届かなかった。


 迷っている暇はない。


 自分は賭けた。


 ギャンブルは嫌いだ。基本勝つことがないからだ。そこに他者の意図がある限り勝てないのがギャンブル。

 

 だが、賭けは違う。

 賭けとギャンブルの明確な差は


 運の比率。


 ギャンブルを人の意思が介在した運試しだというのなら

 賭けは、純粋な運否天賦。


 自分は賭ける。


 己の右腕に思いきり噛みついた!

 肉が切り裂かれ、血が滴るまで噛んだ!

 骨が悲鳴を上げるほど噛んだ!


 石化が迫る。


 自分は、賭けに出た!

 

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