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section 2:地獄は続くよどこまでも。等活地獄最前線①

 夕日が差し込む。

 赤々とした溶岩が、黒い岩肌の奥で胎動する。

 その身にいくつもの尖柱が突き刺さる自分は、前を見る。

 

 七匹。

 

 七匹の同族がこちらへ唸り声をあげ威嚇している。

 尖柱は地面から生えてきていた。

 

 自分は力なく舌をだらんと伸ばし、虚ろな目でその同族を見やる。

 

 刹那


 紅蓮の灼熱を自分は発した。

 尖柱を焼き溶かし、大地を踏みしめる。

 ざらざらとした岩肌が足裏に刺さる。


 「っと」


 一言だけ発し、再度同族を見る。

 未だ殺意を抑えぬ純粋無垢な野生は、こちらを侵入者として捉えていた。


 「勘弁してくれよ」


 火口から降り立ったその時、この同族たちが突如として襲い掛かってきたのだ。

 あるものは吼え猛り

 またある者は足元を流れる溶岩の海より。

 そして、結果としてこんな数にまで膨れ上がってしまったのだ。

 周囲を囲む獣たちを一瞥し、なるべく優しく語り掛ける。

 「あー、この中に平和的におしゃべりを楽しみたい奴は……」


 返答は、爪と牙。

 そして様々な武器であった。


 「いるわけないよねぇ!」

 自分、ここにきてから戦うか死んでるかしかしていない気がする。


 その身から鈍剣を抜く。

 中世の騎馬兵が持つような、突撃槍を生み出し突進してきた狼を弾き飛ばす。

 十三本のダガーのような刃を器用に操る狼より、自分はその身を鈍剣で隠し防ぐ。

 

 大地を踏みしめ、跳ぶ


 瞬間、足元に尖柱の筵が自分を捉え損ねる。

 ここは、火口より完全に下りたとある平地部分。

 未だ黒い岩肌の中に、花崗岩と思わしき独特の黒斑点を持つ石が見え隠れし始めたころであった。

 自分はあの火口より脱出した後、奥に見えた森林地帯へ向け移動を開始していた。

 

 していたのだが


 火口より出るなり無数の狼たちに襲われ、ほうほうの体でここまでやってきた。


 という具合である。どうやらここはまだ地獄で間違いないらしい。


 「勘弁してくれよ!自分はただ通り過ぎたいだけだって!」

 そういって、尾ごと横薙ぎで迫る斧を躱す。

 

 まるで強制アスレチック、というか狂犬病専用のドッグハウスと言い換えてもいいかもしれない。

 もれなく全員(多分自分も含まれる)、アイリッシュウルフハンド(世界最大問われる犬種)並の体格しているドッグハウスではあるが。

 自分で考えてみて、相当の地獄絵図である。

 生物災害というか、災害みたいな生物達の行軍。


 しかし、ここに来る道中も先ほど同様何度か死にながら逃げまどってきたのだが

 その中で皮肉にも得るものがあった。

 「よっと」

 その身を捩り、2本の大鎌を躱す。

 鈍剣2本で柱のような巨塊そのものを叩きつけてくる(イヌ科だけど)馬鹿を千切り裂く。

 とにかく走った。

 息切れせぬこの体とて、走れば腹がすく。

 だが、走れば走るほど


 「あっぶねぇ!」

 ある狼が体毛を灼熱化させた針のようにして飛ばすも、その攻撃を寸前の所で後方に飛びのく。


 身体がしなやかになっていく。

 ぎこちなさが消えていく。

 あの岩海を泳ぐ魚だった自分とはまた違う。

 正しく狼であった。

 大地を駆ける、獣となっていた。

 

 だが、獣とは言え


 大鎌をわき腹に受けた刹那、別の狼の尾より生み出された斧が自分の首を切り落とす。

 ぶちぶちと筋繊維が千切れていく音。

 ごとりと、その場に落ちる自分の首。

 倒れ込む体を見やり、なるほど自分の体もまさしく『同じ』だと納得した。

 首より迸る灼熱が首と繋がり、逆再生のようにそれらを一つに戻す。


 一振りの鈍剣を構え、見やる。

 自分は先ほどまで、あの火口で、あの狼と戦った。

 今対峙するどれもが及ばぬほどの、強者。

 まさしく、あの狼はここの王であったのだろう。

 だが、一対一の闘いならまだしも


 (一対七はしんどいって!)

 

 脳天に尖柱を打ち込まれながら内心叫ぶ。

 自分が死なない、死なずの怪物/イモータルだったとして

 痛いものは痛いし、血だって流れている。

 死なずとも、気を失えばアイツらの今晩の御馳走になるだろう。

 さらに言えば、先ほど千切り裂いたあの獣は…

 自分と同じように紅蓮の炎を纏い、もう立ち上がり始めている。

 

 とどのつまり


 「ムリゲーーーだああぁあ!」


 そんな哀れな自分は、死なないにせよ決死の脱走劇を繰り広げていた。


 

 駆ける。

 その身は軽くなる。

 駈ける。

 その身より生み出した一振りの鈍剣は、重さを感じさせないように軽やかに舞い大地とともに一匹の獣を砕く。

 獣が放つ十三本のダガーのうち、一つが左後脚の腱を断つ。

 自分は激痛とともにその場から身を崩し、岩肌に自身をこすりつける。

 おろし金にかけられたかのように、皮膚を裂き、血が滴る。

 チロチロと体中から火が溢れる。

 ぎろり、と自分は獣たちを見やる。

 

 今の自分は獣たちにどう見えているのだろうか。

 お前らと同じ、獣の姿なのだろうか?

 それとも


 自分は鈍剣を構える。

 腰に携えるように、背に浮かせる。


 自分は



 -もっと、おぞましい何かに見えているのだろうか?-


 突撃槍が、眼前に迫る。

 炸裂する金属音

 火花散らす槍と剣

 獣は吠えた。

 自分は叫んだ。

 鈍剣に自ら体当たりし、衝撃を与える。

 槍の穂先がずれ、衝撃とともにコントロールを失った槍が鈍剣を擦り脇に逸れる。

 狼の体が鈍剣を横切らんとした時、その身が血で覆われる。

 鈍剣の表面より生まれたその無数の棘がその狼を穿つ。


 (くたばってろ!)


 鈍剣が赤熱化する。

 火口での闘いを経て、自身の武器を炸裂させる方法。

 生み出す際に自分ができる限界まで押し込んだ流れが熱とともに弾ける。


 炸裂音

 突撃槍が空の音を立て地面を転がる。

 六匹たちの獣は見た。

 仲間の目玉が、蒸気を発しながら目の前に転がるのを。


 尾斧を持つ狼が、その目玉を口に咥え咀嚼する。

 だからどうした?

 そういわんがばかりにこちらを見る。


 こいつらに仲間意識なんてものを期待した自分が愚かだったのかもしれない。

 残った鈍剣を眼前に突き出すように構える。

 2本の大鎌がくるくると迫る。

 ミキサーの刃のように、荒れ狂う竜巻のように

 

 鈍剣が、地面と垂直に構えなおされる。

 それが地面をしたたかに打ち据える。

 流れを生み出す。

 一度下に流れ、上に戻る。

 引いては満ちる波のように、地面が震えた。

 2本の大鎌が、突き刺さる。

 自分の眼前に現れた岩壁に突き刺さる。


 鈍剣を壁に立てかける。

 生まれた道を自分は翔ける。

 宙を舞う。

 くるくると舞う。

 そして道となった鈍剣を引き寄せ、上段に構える。

 鎌を戻さんとした狼の背骨を捉える。

 大地が砕け、狼は裁断される。

 

 新たな鈍剣を生み出すさなか、自分の体は突如空を舞う。

 十三本のダガーが、意志持つ生き物のように自分の脇腹を抉り持ち上げた。

 串に刺された肉を削ぎ落していくようにダガーが自分を切り刻む。

 

 血が滴る。

 それがくるくると渦を巻く。

 赤黒い針

 赤く燃える針。

 自分が再び炎の中で生まれ変わる。

 迫りくるダガーを、それらの針で弾く。

 赤赤と燃える五体より、紅蓮に輝く鈍剣が生まれる。

 翼を広げるように、鈍剣を振り上げる。

 灼熱が針とダガーを熱もつ灰に変換する。

 自分が後ろ脚にぐっと力を籠める。

 駆ける。低く身を構え、迫る。

 ダガーを生み出さんとする狼は吠えた。

 吠えた口に鈍剣が咥えさせられた。

 

 そのまま、真っ二つに引き裂かれる。

 

 この瞬間、三匹の獣を狩った。

 だが時間が経てば、これ等の獣は再び紅蓮の炎とともに甦るだろう。

 自分と同じように、奴らもまた死なずの怪物/イモータルなのだから。


 自分はそのまま駆けた。

 あらん限りの速さで、駆け抜けた。

 そもそも、自分の目的は七匹の襲撃者を掃滅するのではなくここから立ち去ることである。

 この世界を、知ろうとしているだけなのだ。

 その背を追う、四匹の獣

 さらにその背には、今や炎に包まれんとする三匹の獣であった肉塊。


 走る、走る。

 

 その巨柱を横薙ぎで振り抜く狼。

 一撃は重く、思いきり吹き飛ばされる。

 わき腹に鈍い衝撃を感じる。

 腹の奥が熱い。

 自分の頭へと振り抜かれた巨柱を横に跳んで躱す。

 そのまま、低く鈍剣を構える。

 僅かに、力を抜く。

 背に鈍剣のうち一振りを交差させるように構え、脱力する。

 

 無意識に、息を吸う。

 必要としないはずの呼吸。

 だがこの「儀式」において、必要不可欠な工程。

 

 瞬間、自分は虚ろとなる。

 姿がにじむほどの速度で狼に迫る。

 柱で自らを防がんと構えなおす、狼へと迫る。

 流れを生み出す。


 それは、圧力

 ぐつぐつと煮えたぎる溶岩を抑え込む岩の蓋。

 今やそれは、吹き出さんとする溶岩に屈し、亀裂を入れる。

 そしてそれは炸裂する!


 大地を響かせんとするほどの衝撃とともに、狼は割断された。

 巨柱とともに、断ち切られた。


 そして、自分は駆け抜けた。

 駆けて、駆けて


 眼前に迫る緑を見やったその時だった。


 三匹の狼たちより、殺気が消える。

 まるで仕事を終えたかのように、ふっとこちらへの興味が消え失せてしまった様子でこちらに背を向け何処かへといなくなってしまった。

 いの一番に尾斧を持つ狼が、溶岩へと溶けて消えた。

 

 甦った狼たちも同様であった。

 突撃槍を構えなおした狼。

 ダガーをその身にしまい始める狼。

 大鎌を背中で交差させる狼。

 柱を大地に立て、こちらを見やる狼。

 いつの間にか姿を消していた三匹の狼

 そのすべての目から、意識の中から敵意が消え失せていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 一体、何が起こったのだろうか。

 自分は思案する。

 火口での狼との戦い。

 これまでの、七匹との戦い。

 それに連なる共通項を探そうと、思案する。

 そのために、一度先ほどの路へと戻ろうとした時だった。

 巨柱を携えた狼の眼に、再度殺意がこもる。

 低い唸り声をあげ、こちらを威嚇する。

 ぎょっとした自分が慌てて元の位置まで戻ると、まるでスイッチを切るように殺意も消える。

 どういうことだ?

 自分は思案する。

 思えば、これまで戦った計八匹。

 その順番を、思い出していた。

 

 まず、火口で戦った四本の剣を携えた狼。この火山の主たる風格を兼ね備えた強敵。

 

 そして、そこからがこの火山での闘い。

 火口より降り立ち、最初に襲いかかってきたのが、尾斧を持つあの狼であった。

 大地を尖柱の筵とし、斧で自分の首を切り落として見せたあの狼だ。

 そして、最初に殺気を消した狼だ。


 そこから、十三本のダガーを持つ狼

 突撃槍を持つ狼

 二本の大鎌を持つ狼。

 そこから三匹の、狼に追い立てられながら

 最後に出会ったのが今もずっと自分を見やる、あの巨柱の使い手である狼。


 つまり、これは…


 「まさか、ここから先が…お前達の縄張りなのか?」


 そう巨柱を持つ狼に問う。

 問うたところで応えることはない。

 ここにきてこの方、日本語が通じていない。

 

 しかしながら、異世界の狼が日本語を理解したほうがよっぽど奇怪ではあるが。

 自分は異世界に過度な期待をしてしまっているのかもしれない。

 思えば今のところ鑑定スキルもチートスキルと呼べるようなものも、マッピングスキルに女神の加護等々で得る他種族の言語理解並びに発語。

 思いつく限りの「有利な要素」は何一つ獲得していなかった。


 灼熱の体

 溶岩を操り、武器を念動力じみた力で操る。

 物質の過熱と再形成を行う力。

 何より不死身の五体。

 普通なら確かにチートスキル足るラインナップだろう。

 だがそれと全く同じものを相手が持っている場合、それはただの「種族特性」である。

 チートがチートたる理由は、常にどんな状況においても相手より圧倒的優位な立場に立つことを可能とするからであり。

 お互いが不死身の化物の場合、永遠の泥仕合となるだけだ。


 「通じねぇよなぁ」

 自分はため息をつく。

 今の自分の生存機能としては無為な行為ではあるが、生前(?)の癖が出てしまう。


 だが、そうであれば話は速い。

 要は当初の目的の遂行。

 

 つまり、ここから出ていくことができれば。もうこいつらに襲われることはないということだ。

 

 自分は眼前に迫る大自然を見やる。

 青々と茂る森。昔映画で見た、古い原生林にも見えた。

 

 夕日がさらに傾き、いよいよ夜が迫らんと告げる。

 

 「夜に森の中は、あまりよくないとは思うが…」

 

 とはいえ、自分の背をずっと見る狼の視線が痛い。

 その巨柱の一撃を必要以上に食らいたくない。

 

 死なないとはいえ、気を失うことはあるのだ。

 その間にまたハラワタを食いつくされるのは勘弁被りたい。

 火口にて、狼の王との戦いまでの流れでいやと経験した記憶がよみがえる。


 文字通り背に腹は代えられない。


 次は背骨を引き抜かれないように、一刻も早くこの場を離れることにした。


 その森へ、歩みを進めようとした。


 その境界に触れた。


 自分の右前脚から突如としておびただしい量の水蒸気が発生する。

 それは白く自分を包み、視界を奪う。

 

 「なに、が…」


 瞬間、全身を駆け巡る。

 今までのものとは違う、激痛。

 まるで生きたまま皮を剥がされるような、べったりと張り付いた鉄を無理やり引き剥がしたような

 強烈な痛みを感じる。

 

 「が、あ‥‥ああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああ!」


 その場で転がる。


 はらわたを食い破られるのとは違うその激痛に苦しみ悶える。

 苦痛に顔が歪み、眼を見開く。

 (……右脚が…石になっている⁉)


 みれば、まるで物体が凍り付くように

 スローモーションでそれを見やるように

 自分の右脚から徐々に上へと登っていく。石になっていく。

 既に右前脚の感覚はない。麻痺したようにピクリとも自分の意思で動かすことができない。 

 自分が、石になる。

 

 その行動は、とっさであった。

 痛みに悶えながら、鈍剣を構える。

 ギロチンに首を乗せるように

 石と肉の境目、右前脚の第一関節めがけ

 

 鈍剣を振るう。

 

 僅かに残った肉片ごと石となった右前脚が吹き飛ぶ。

 激痛に呻く。

 だが、灼熱が腕より発しその脚を元に戻す。

 その右脚は、石化していない。


 「一体、何が…」


 -何が、どうなっているんだ?-


 自分がそう考えた時、夜になる。

 太陽が完全に沈み、周囲が闇に包まれたその時


 それは姿を現す。


 「……なんだよ、これ」


視界に広がる、蒼。

空色の、壁があった。

この火山を覆い尽くすように、空色の壁がそこにあった。

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