section 1:地獄の沙汰も罪状次第。おいでませ地獄のような異世界へ④
この作品は以前後編として挙げたものへ加筆・修正を加え2分割したものとなってます。
④は後編のおおよそ中ごろから最後までとなってます。
沈みゆく自分は瞬く間に蘇生する。
赤熱化した五体
その瞳は爛々と、狼を捉える。
鈍ることなく、敵意を発する。
奢ることなく、烈火が死を燃やし続ける。
薄れることなく、自分は考え続ける。
(あれは、機械だ)
そうあるように、出来ているものだ。
迷う必要はない。遺伝子に刻まれた弱肉強食か、本能。
それらの何かがあれを動かす。
あれにとって思考はその補助端末に過ぎない。
(自分は、なんだ)
灼熱を全身に感じながら考える。
適者生存の路から外れた、あぶれ者
常に日陰で、陰りとともに生きてきただけの弱肉代表。
そんな自分が、今や狼に一人挑まんとする。
圧倒的なまでの、恐怖の大王を目上に捉え続けている。
何故ここまでできる?
狼の瞳が自分に問うように見下ろされる。
自分は叫んだ。孤狼の咆哮が岩海を震わせる。
(……死にたくないからに、決まってるだろうが!)
これは生存競争。
方や絶対の強者。
方や哀れな弱者。
見え透いた勝負。
初めから勝ち目なぞない。
それを覚悟のうえで、ここに自らをベットした。
ルーレットが金切り声を立てて回り始める。
勝者に金貨を
敗者は餌と成る。
強者であることが、生きる権利を有するのではない。
最後まで『生き残ったやつ』が…『立ちづつけたやつ』強者であるはずだ。
それなら自分は、抗う。
-ここは自分の、『死に場所』じゃない!―
-お前じゃ自分を、殺せない!-
そう自分の魂が叫んだ。
狼の目つきがより鋭さを増す。
そのまま狼が潜航する。
優雅であり洗練された。効率化された動きで自分に迫りくる。
その背には灼熱の刃を構える。
その本数は、2本、3本と増えていく。
狼の体内から、鞘から引きぬように計4つの鋭利な剣が迫る。
今度は二等分では済まないだろう。
小間切りか、ミンチにされかねない。
考えた。
まるで鏡を見るような。その感覚。
その感覚を考えた。
自分の直感を信じた。
自分に刃が突き刺さる。狼は4本すべての剣を四方八方に乱暴に振り回せば哀れにも血しぶきと肉片だけになるまで裁断される。
幾多の斬撃の元に、小さな肉片にまで分割されていく自分自身。
それでも、自分に宿る灼熱は陰りを見せない。
自分は溶岩に混ざる感覚を覚えた。
アツアツのスープを一気に胃に流されたような感覚を覚える。
高熱にうなされた時のような体のうちから逃すことのできない熱を抱いたときの感覚を感じた。
そして自分に流れた溶岩が身体を巡り、死なずの怪物/イモータルを形作る糧となる感覚を感じる。
そしてイメージする。
どうするべきかを。
抗う術を模索する。
身体が元通りに再生する。周囲に熱源がある限り、無限に再生し続けることが可能なのだろうか。
自分という『熱源』が潰えぬ限り、抗い続けることができるのだろうか。
急速に、燃え上がる炎のように死んでは甦る。
何回も死んだ。
何回も殺された。
恐怖の大王は、いまだ自分の頭上にいる。
届くことがない、その果てにいる。
だが、それでも。一歩づつ。一歩づつ。
尖柱に穿たれ、体内で炸裂するたびに臓物を巻き散らかしても
切り刻まれ
叩き潰され
引き千切られてなお
迫った。恐怖の大王の元へと迫った。
無謀であった
だが無策でもなかった。
可能性が、あったからだ。
何度目かの、死。
死というよりも、行動不能と言い換えたほうが良いかもしれないが死んだほうがましと思えるほどの凄惨たる状態から不死鳥のごとく炎のように舞い戻る。
痛みを感じることはなかった…いや、感じる余裕がなかった。
その身が人に戻ることはなかったが
その身に宿る可能性を模索した。
痛覚も感覚も、全て鈍らせるほどに思案した。
重ねて何度目かの死を経て、ついにそれを見た。
狼の周囲に「流れ」を見た。
自分の腹をその剣が貫くのは、一体何度目になっただろうか。その時に見た。
多分、これは感覚的なところが大きい。
この体であるからこそ見えた、その流れは狼を中心に形作られていた。
この体に宿る、可能性。
流れを、掴む。
沈みゆく自身の中で、模索する。
流れを
それは、渦のように丸まり
それは、薄く流動する。
(そうか、その『流れ』か)
思考は鈍いという自負がある自分だが、それでも思考する。
直感が導き出した可能性。
それをイメージする。
狼が迫る。翅のように4本の剣を携えて。
四方から迫る、殺意。
何度も自らを刻んだその剣を
受けた。
何度も自らを貫いた尖柱のようななにかで
防いだ。
自分が生み出した、流れ。
渦を巻くその流れ、熱持つそれを操る流れ。
鋭利な刃は、自分が生み出した不格好な尖柱に阻まれていた。
ゆっくりと、流れが変わりだす。
自分は生み出した尖柱を狼に飛ばす。
吹き矢のように、周囲を包み吹き出す流れをイメージする。
それは狼にたやすく避けられるほどに、鈍い飛び方をしていた。
我ながらトロい反撃だ。
頭上を泳ぐ狼。
常に下で溺れる自分。
狼は自分を逃さぬように円を描くように泳ぐ。
ルーレットは回る。からからと選択を決めていく。
自分がイメージしたのは、波。
そして風。
流れを、生み出す。
正面からカマイタチのように迫る剣。
狼の剣が自分の左目を切り裂く。だがその一撃は本来、自分を真っ二つにするはずだった一撃だ。
流れをつかんだ。
まるで誇示するかのように、狼の頭上を飛ぶ。飛ぶように泳ぐ。
流れが『対流』する。
流れが、変わった。
狼が初めて吠える。
恐怖の大王が、認めたのだ。
自分を、『獲物』ではなく『敵』と。
四本の剣が迫る。ミサイルのように、鞭のようにしなやかに飛び交うその剣を前に、自分はイメージする。
鉄を叩く音
赤熱化する金属。
不純物を、灼熱で焼き溶かす。
きわめて純粋な、覚悟を流れに生み出す。
その一振りは、不格好な剣だった。
乱暴に打ち据えられ、刃を持たず
ただただ、粗暴な一振り。
だが、ときにその頑強さが盾ともなりえた。
四本の剣が迫る。自分を殺さんと迫る。
イメージする。
剣を振るう流れを。
大ぶりな流れを。
強く、鈍らず、全力で振り抜く流れを、鈍剣に託す!
剣が自分を貫く。
自分の臓物が肉塊に変わる感覚を覚える中
自分に刺さった三本の剣を見た。
真っ二つに割れた一振りが、無情に溶岩へと戻るのを見た。
恐怖の大王にあって、自分にないもの。
それは純粋さ。全ての工程における最適化。
わかりやすく言えば『獣の本能』とでも呼べる類の代物である。
首を狙うのも、獲物を素早く仕留めるため。
臓物を最優先で喰らうのも、栄養補給において最も栄養のある部位を優先するため。
自分たちが失った、最たる才覚。
だが
恐怖の大王になく、自分に備わった才覚もある。
それは、想像力/イメージ。
常に学び、常にイメージを膨らませる。
次はどう来るか
次はどうするべきか
次に起こりえる事象は何か
起こりえる事柄への、起こりえる事象を予測し、対処する。
模倣し、学習し、予測する。
そのうえで、イメージを膨らませる。
「1を2にする力」であり「0を1にする力」
獣から人になる過程で得た、人を人足らしめる力。
自分は、どうしようもなく怪物だ。この身はきっとお前と同じ怪物だ。否定しきれない事実であり、受け入れなければならない現実だ。
それでも
自分は人間でありたい。
人間として抗いたい。
たとえ、怪物の体を持っていたとしても
『自分』というアイデンティティをもち続けたい。
そのために、選択する。
二匹の、いや
一匹と『一人』はお互いを捉えんと円を描く。
岩海に渦を作らんとするかの如く。
ルーレットは回る。カラカラと回る。
鋭利で、鋭く、軽い四本の剣。
鈍重で、鈍く、重い、剣とよべぬ一枚の板切れ。
模倣だとしてもこれはあまりにも滑稽だ。分が悪いとも思うだろう。
だが自分はこれでよかった。これが良かった。
振り回す盾であり剣であるものを求めた時、この形を真っ先にイメージした。
流れを掴む。荒々しく。
対象を仕留めるという効率をひたすらに求めた場合、きっとこうはならないだろう。
狼は迫る。再び無数の剣を生み出して。
荘厳だ、とさえ思えた。
互いに突き進む。
互いへと突き進む。
『対流』は衝突する!
一撃だった。
僅かな、一撃だった。
それでいて、確かな一撃。
致命の一撃。
その一撃が
自分が荒々しく振り回した一撃が、
恐怖の大王を打ち据えた時
その血肉を4本の剣ごと『抉り斬った』その時!
狼は、ついにベットする覚悟を決めた。
これで、ついにイーブン。
常に頭上にいる恐怖の大王はもうすでにどこにもいなかった。
そこにいるのは、敵。
恐怖の大王が、死んだ瞬間だった。
自分は不死身の怪物であるが故に、その無為な命を削り続けたからこそ
死にながら、生きもがき続けたからこそ。
抗い続けたからこそ
成せた。
だが、狼もまたその身を炎が包み4本の剣とともに蘇生する。
お互いの剣がぶつかる。
狼は鈍剣に対し、3本の剣を砕かれてやっとその一撃をいなす。
自分に突き刺さった狼の剣は、ドロドロに溶解する。
爛々と、もはや僅かに白く輝く双眸が二つ。双方をにらむ。
そこには先ほどまで犬掻きをしていた哀れな獲物の姿はどこにもなかった。
怪物と、怪物の共食い。
だがそこには獣に挑む、人間の姿があった。
幾つかの剣撃を交え、詰められた距離を見定めたようにお互いへ尖柱が突き刺さる。
狼が一瞬ひるみ、後方に飛びのくがすぐさま体制を整える。こちらへと迫りくる中でその傷はすべて癒えている。
狼もまた、流れをイメージする。軽く、鋭く、相手を切り裂く刃を!
それはこの火山に吹く風。
吹きすさぶ風。
たまたま見かけた、あの蟲の翅。
流れを生み出す。
4本の剣を、生み出す。
狼もまた、万夫不当の不死身の怪物/イモータルであった。
自分は鈍剣を回転させる。速く、速く、速く!
粘性の液体がどろりと蠢きだす。それが渦となって狼を巻き込む。
コントロールを失った狼が渦からはじき出される。
その隙を自分は見逃さない。その背が隆起し、弾ける。
狙いすました一撃。
渦を巻く剣の背で、もう一つ鈍剣を生み出していたのだ。それを狼めがけ自分が投げつけたのだ。投げつけたというよりも発射したというほうが視覚的には正しい。
生み出された鈍剣は、まるではじき出されたように狼へ迫り、そのわき腹をしたたかに穿った。肉が抉れ、即座に赤熱化し再生する。
狼は再び自らの頭上に至る。
しかしもう、それは位置情報でしかなかった。自分はもうそこに恐怖を感じることはなかった。
流れをつかみ、舞う。
それは洗練され、粘性の岩海を泳ぐ。
お互いの剣がけたたましい金切り声を響かせる。
それは翼を打ち付け合うようにしたたかに、しかして強烈な衝撃波を生み出す。
自分は叫んだ!魂が叫んだ!
-生きてやる!-と。
狼も叫んだ!魂を震わせた!
-殺してやる!-と。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
無限に思う時間、狼と戦い続けた。
お互いがお互いの一撃で傷ついた。
お互いの傷がすぐに癒えた。
疲れを感じなかった。
それは狼も同じだった。
この狼は、強者であった。この火山の王に相応しいと言える存在だった。この火口は、いわばこの狼だけの『王国』であった。
だが、いつの間に現れたこの『獲物』は、不遜にも許可なく王国へと侵入し、あまつさえ『王国』の上に立っていた。
狼は怒った。無礼だぞ!と。
最初こそ、怯え、すくみ、ただただ肉を捧げるだけの存在であった。
そんなものかと、侮蔑さえした。
だが…だがこの『獲物』は今や並び立った!
哀れな獲物に過ぎなかった『弱い同族』が
肉を喰らわれるだけの『同族』が
勝手に『王国』へ入り込んできた挙句、王国そのものを崩壊させるが如き強さを
このわずかな間に獲得していた。
さっきまで歩くことさえままならない赤子が!
今や、この狼のすべてを破壊せんとする『強敵』へと成りかけていた!
自分が放つ尖柱は、狼に避けられる。
未だスピードは狼の方が有利。
さらに自分は下の方に常に位置し、狼からの苛烈な攻撃に耐え続けていた。
歯を食いしばり、耐え続けた。
その身にいくつもの致命傷を負っても、自分は抗った。
狼もまた、いくつ傷を受けても迫り続けた。
二匹の不死身の怪物/イモータルは、戦い続けた。
狼の一撃が自分に迫る。尖柱がその身を深く貫く。
自分が泳ぐ方向を見た上での攻撃であった。
その一撃を受け、自分の身体が即座に再生しよう熱を持った時。
尖柱は、炸裂した。
周囲に何度目かの内臓を散乱させる自分。
その身は、再び静かに沈みゆく。
だが
狼はその変化に気が付かなかった。本来そのようなことはしないからだ。
自分は、笑った。
にやりと口角を上げて、嗤って見せた。
(何のために、この一撃をわざと受け入れたと思っている!)
何度も、狼に殺された。そのたび、狼はこちらを見やる。
見やるのだ。
動きを止めるのだ。
獲物が死ぬ様を、見るために。
闘いが終わったかを、確かめるために。
無意識のうちに、止まるのだ。
-流れを、掴んだ!-
刹那、鈍重な巨塊は狼へと迫る。
-流れを掴んだ、完全に把握した!-
はじき出すようにその巨塊を飛ばす。
狼は一瞬動き出すのが遅れたが、その一撃を躱す。
躱してしまったのだ。
次の瞬間、狼を襲う衝撃。
狼の腹へ深く、深く無数に突き刺さった。針状の物体。
それは、自分の胃の腑と血液が溶岩へと戻る際に、流れを生み出して練り上げたものだ。
細く、うっすらと赤黒く、さりとて無数の針は狼へと食い込む。
針の衝撃で完全に隙をさらす狼。
ルーレットは止まる。カラカラと判決の時が迫る。
(俺はいつだって構わない!)
自分はイメージする。
流れを
隆起するイメージ。
(それがどんなに理不尽であっても!万人に怒りを買うような愚かな行いだとしても!)
エネルギーを、下から上に
この火口から、ここにある溶岩をすべて吐き出させてやる程の流れを
(死にながら生きるこの化物が!死に腐るその時まで、生き抗ってやる!)
必殺の流れをイメージする。
手元に残しておいたその鈍剣が、下から切り上げられる。
その一撃は、4本の刃をやすやすと粉砕し、狼の胴体に直撃する。
ギリギリときしむ体。
声にならない声を上げる狼。
その身が裂けていく。
(そして自分の死は…お前じゃない!)
自分は、あらん限りの流れを鈍剣に注ぎ込む。
裂けた。
狼をこの溶岩の海から体躯を二分しながら吹き飛ばしたのを見た。
(あばよ、『弱者』)
生者が、強者となる。
自分は、強者となった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ボン!という発破音にも似た音とともに、2つの肉塊が宙を舞う。一つは溶岩へと再び沈み、一つは岩礁へ叩きつけられた。
自分は、溶岩の海を上がり、すっかり夜も更け切った世界を見やる。
あの時よりもよく上がる首は火口を完全にとらえた。
黙々と立ち上る煙の奥に、光を見た。
白い光を見た。
それは、月であった。
自分は、狼を見やる。
乱暴に引きちぎられた上半身が痙攣するように蠢く。いづれ、この狼も自分と同じように再生するのだろう。
そう思い、前へ歩みを進めようとした時だ。
急に体が重くなる。
鈍い音を立て先ほどまであった剣が溶岩の海へと還る。
起き上がるのも難しくなり、視界がにじんでいく。
絵具に水をぶちまけたように、視界が意味をなさなくなっていく。
あぁ、そうか。
腹が、減っているのか。自分は
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
太陽が火口に顔をのぞかせたころ、恐らくこの世界は昼時に差し掛かるところなのだろう。
自分は、狼を喰った。
気の済むまで食った。
骨も気にせず食った。
味なぞ気にする余裕はなかった。
あの時だけ、自分は獣に成り下がっていた。
あれからあの狼は見ていない。同じく、自分はもうこの溶岩へと潜っていない。
きっとあそこの奥で、待っているのだ。
じっと、恐怖の大王が過ぎ去るのを。
強者が去るのを。
「…とはいえ、だ」
眼前に迫るこのそびえたつ岩壁をどう登ったものか。
数秒悩んだ果てに、流れをイメージする。
自分の体から、熱を生みだすイメージ
自分の体の中で鉄を叩くイメージ
剣から鞘を抜くイメージ
漆黒の体毛を掻き分け、2本の鈍剣を抜く。
念動力者のように、その鈍剣は自分の思うように動かし、使役することができた。
それを、岩壁に穿つ。
上に飛び乗り、さらに上に。
たしかに歩き始めた。
この地獄から抜けるために、蜘蛛の糸よりもはるかに頑強で鈍重な足場を伝って。
一歩、一歩、地獄を這い出していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
地獄を這い出し、火口から見た世界は美しかった。
青々とした緑。
すがすがしい湖。
頂点に上った太陽の、仄かな熱気。
ここがどこなのか、未だにわからない。
本当に地獄なのかもしれないし、違うのかもしれない。
でも、自分は信じたい。
こんな美しい世界が、地獄の一丁目なんかではない。ということを。
ご閲覧ありがとうございました、今後ともよろしくお願いいたします。