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section 1:地獄の沙汰も罪状次第。おいでませ地獄のような異世界へ③

この作品は以前後編として挙げたものに加筆・修正を加え2分割したものとなってます。

③は以前の後編最初からおおよそ中ごろくらいまでとなってます。

 一体いくつの時間がたったことだろう。その場に倒れ伏す肉の塊。

 全身を微弱な電気信号が駆け巡り、驚愕とともに自分は覚醒する。


 無慈悲な痛みが胃の腑を襲う。

 喉の奥で何かがしこりとなって固まり、それを吐き出さんとむせびこむ。

 「ごぼっ、ごぼ、が…は……」

 せりあがる血塊を吐き出す。それは痰のようにどろりと固まり、犬となった前足に張り付く。

 息をしないということの妙は、これだけむせ込んでも喘ぐことがないということだ。

 だが喉の奥に引っかかった異物を吐き出したいと思う程度には生物的な反射行動が残っているとでもいうのだろうか。

 全ての血塊を吐き出す。最後には赤い唾を足元に吐く。

 

 「だから、なんだってんだ…クソ」


 自分はここまで口汚い人間ではないと思っていたのだが、この場所に来てからというものの魂の奥の方から黒く染まっているように感じる。


 訂正。


 「こんな状況だからこそ、クソの一つくらい言わせてくれよ」

 誰にでもなくそう呟く。

 いっそ、あのまま死んでしまえばよかった。そう思ってしまう。

 既に日は陰り、無慈悲な闇が頭上に広がっていた。床を覆う絢爛な灼熱が周囲を照らす。

 怪しく光るその奥に、先ほどの惨劇がフラッシュバックし、思わず慄く。


 「厭だ!いやだ!こんなことってあるかよクソが!」

 ここを地獄と呼ばずして何と呼ぶ。気まぐれにやってくる狼に食いちぎられ、胃の腑を貪られることの……。

 「…喰われたはずなんだよな」

 改めて自分の体を見やる。溶岩の赤に照らされたその黒い体躯には、墨を十分に吸った筆のような漆黒の体毛に覆われていた。先ほどまであった胃の腑の痛みは少しづつ和らぎ始めている。

 「……治っている?」

 -クソが、クソが、糞野郎が!-


 どうやらここは新世界でも異世界でもない。地獄だ。

 でなければこんな事にはならないだろう!


 「誰か、誰か助けてくれよぉぉぉ!」


 たしかに自分は悪人だ!だが、こんな仕打ちを受けるほどのことをやったか?

 たしかに善人の風上にはおけないだろう、だがこんな理不尽を背負わされる道理はない!

 たしかに、たしかに今自分はなぜか死んでいない。だが、死んでしまったほうがましだろう。


 叫んだ、叫んだ。悲痛な魂の慟哭が火口を無為に木霊する。


 プロメテウスが人類へ火を与えた罰は、その臓物を鷲に啄まれたというが

 「何もしてねぇぞ!何をやった!?誰に何を与えた!何もやっちゃいねぇ。何も…やっちゃいねぇだろうがよ」

 うつむき、現状から目をそらす。視界を覆う闇の奥で、ほんのりとした赤い熱がチリチリと揺らめいた。

 なにもなしていないことを罪だというのなら、「なにもしない」事を選ぶことは積なのか?

 何かを成した時に失敗するのが怖いから、悪い方に転がることを危惧したから、何もしないほうがいい。と考えたから。

 俺の人生はそんなことばっかりだ。そもそもそんなことすら考えたことが少ない。

 人生という川を、泳がずただ漂うことが、そんなに悪いことか!

 悪いというのなら!それを罪を罰するのなら!

 「…地獄だ」

 ぐるぐると回った思考がいよいよ突拍子もない方向に舞い上がり始める。

 

 そんな時だ、再びあの音がする。


 「……ヒッ」

 僅かに上げた悲鳴とともに視線を上げる。その奥には


 アイツがいた。


 鏡を見るように、じっとこっちを見る。赤眼の黒狼。

 全身が震える。

 恐怖で震える。

 そして願う。せめて次は生き返ることがないくらい、痛くないよう一瞬でしっかり殺してくれと。


 だがその思いとは裏腹に、その口から出てきた言葉は

 

 「やめてくれ…」であった。


 痛いのは嫌だ。だがそれ以上に苦しいのはもっといやだ。

 まるでこちらを値踏みするようにゆっくちと迫る狼にただただ震えるしかない自分のなんとふがいないことか。だが、これが正しい反応だと思いたい。

 恐怖の大王を前に、凡百の一人の何ができようか。

 ただただ震え、祈るだけしかできない。ヒーローはこない。フィクションのような

奇跡/ご都合展開なぞ起こるわけもない。


 そしてその命は、再び無残に食いちぎられるであった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 再びの苦痛。

 再びの恐怖。

 再びの死。

 再びの諦観。

 何度繰り返しただろう。

 何度食われただろう。

 何度願っただろう。

 殺してくれと。

 せめて生き返ることないよう、骨の髄まで喰らってくれと。

 何度望んだだろう。

 死にたいと。

 もう生き返りませんようにと。もう痛い思いはしたくない、と。

 何度叫んだだろう。

 喉が枯れ、血を吐き出すまでの慟哭を、泣きじゃくる赤子のような哀れな悲鳴を上げても。

 それは変わらず、やってきた。


 「……あ、あぁ…………」

 視界が開く。まただ、またこの景色だ。

 赤い溶岩。夕日が差し込む火口の底はすでに闇があった。


 「もうやめてくれ!地獄へ戻してくれ、救ってくれなんて願わないから!」


 一匹の畜生は天に吼える。


 「殺してくれええええええぇぇぇぇぇぇ!」


 その叫びと聞き届けるものなぞ、誰もいないことなぞわかっているのに。

 それでも叫んだ。声の限り叫んだ。

 狂犬のように吠えた。人間性の欠片もない叫びを上げた。


 その願いを聞き届けるものなぞ、誰もいないことなぞわかっているのに。



 無限に続く、刑罰。

 終わりのない、苦痛

 気が狂いそうになる。いや、もう狂っているのかもしれない。

 何度願った?殺してくれと。

 何度願った?もうやめてくれと。

 何度願っても、結局ここに戻る。


 違和感に気付いたのは、その時だった。


 胃の腑を食いちぎる牙の感触。

 臓物が体外に引きずり出される感覚。

 体は動かない。自分は死んでいるのだから。

 死んでいるはずなのに。

 (なぜ、死ねない?)

 視界を覆う赤色。瞬きできない瞳に容赦なく侵入するかつて自分の一部だったものに溺れながら、想う。

 (なぜ?なぜ…)

 これまでであれば、気を失う段階になってなお今の自分は意識を保ち続けていた。

 そのせいで自分の肉を食われる感触を永遠に味わい続ける羽目になっている。

 まるで苦痛のフルコース。

 気を失う感覚がオードブルというのなら、これはスープか?

 メインディッシュでいよいよ死ねるのならいいが。

 血のドリンクは、今も自分の肉体を喰らう狼の口にべったりと付着し紅と染め上げる。


 だが、そこで終わった。

 意識を保ったまま、食事を終わらせた狼が再び溶岩へと戻っていく。そこがまるで我が 家だというかのように、悠々と戻っていく。


 (ふざけ、るなよ…)

 心の奥で悪態をつく。

 それは今しがた食事を終えた悪魔に対して。

 何より今まさに瞬き一つできない己に対して。


 こんなこと考えるやつは、真の悪魔に違いない。人の心なぞ持ち合わせのない本物の悪魔に違いない。

 そう考えていると


 -それは、始まった-


 体の奥から感じ続けていた「熱」が急速に昂るのを感じる。鼓動なく、しかして躍動するその「熱」が体を駆け巡る。



 それは溶岩だった。


 自分の体からあふれる。溶岩だった。


 それは血を啜り、自分の瞳を赤く包み込む。


 赤く、赤く、熱を発していた。

 しゅうしゅうと、音を立ててわが身から溢れるそれが

 血となり

 肉となり

 わが身を覆う漆黒の体毛となっていった。


 (そうか、これが)

 これが、自分が死ななかった理由。


 2,今現在における自身の身体的特徴の顕著な変遷への理解


 これへの返答。

 自分はすでに異形の怪物であった。

 死ねずの怪物/イモータルだった。

 血と肉を持つ生物でありながら、灼熱の溶岩そのものであった。

 いや…それはまさに生きようと、必死でもがいているように感じた。

 (そうなのか?)

 その身に、我が魂が問う。

 (そうだよな)

 その身が、我が魂に応える。


 -死にたくない。と-


 死ねないという事実以上に、死にたくないという事実。

 考えてみれば当たり前だ。

 自分は、自殺志願者ではない。死にたいと軽口をたたくことはあっても、心の底から思うようなことはなかった。

 生きれるのなら、生きていたかったのだ。

 好き好んで、死を選ぶ類のものではなかった。

 だがあの時は、そう選択をした。

 頭に響く審判の鐘を前に、自分は救急車を呼ばなかった。

 あの瞬間、自分は自殺志願者だった。

 そう選択をしたのだ。

 

 自分は、選択の時を迫られているように感じた。

 多分、今後のすべてにかかわる…選択。

 全てを変える。その選択を。魂が肉体に伝える。


 その身をゆらりと起き上がらせる。

 さながら幽鬼のように。

 その身を進める。

 眼前に広がる、紅蓮の血の海へと。

 その前足を、その海へと進める。

 一歩、また一歩と。

 進める。

 進めた。

 進める。

 進めた。

 身体が沈む。

 眼前を溶岩が覆い、赤熱の世界が広がる。

 (俺は、いつ死んだっていいと思っている)

 黒い岩礁が、どんどん遠のく。

 かつての自分の居場所が、遠のいていく。

 (あの時死んだのも。自分の選択だった)


 「何もしない」という選択。

 頭が割れるような激痛の中で、『死』を受け入れることにした選択が、たとえ逃避の類であったとしても、かつての自分のありとあらゆる物に対する辟易とした諦観だとしても。

 それでも、自分は選択したのだ。


 その結果がこれなら、受け入れる必要がある。

 死してなお、生きているという結果を。

 生きながら、死んでいるということを。

 もう一度、魂が肉体に問う。

 -生きたいか?-

 赤い世界を進む脚は止まらない。

 -生きたいか?-

 眼前に迫る。黒い狼

 一瞬、足がすくむ。

 それでも、魂は叫んだ。

 -生きたいか!-


 死にながら生きる怪物。

 生きているのに、死んでいる怪物。

 それが自分なら。

 それこそ今の自分なら。


 一度きりの死すら満足に果せぬ愚か者になることが、自分に下された判決だというのなら。


 (今度こそ、今度は自分の意思で決めてやる)


 -自分が死ぬ。その瞬間を-

 

(もう、誰にも委ねない)


 -次に落ちる地獄が、無間地獄だって構わない-


(抗ってやる。生きてやる)


 -受け入れるに足る、死にざまを求めて!-

 


 1,今現在の絶望的な状況


 今こそ、解決の時だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 眼前に迫る狼は、まるで人魚のように溶岩の海を、どろりとうねる灼熱を優雅に泳ぐ。

 対して自分は、バタバタと哀れな犬掻きをする。

 

 哀れなほどの、経験値の差。


 これがゲームなら、十中八九負けイベントであろう。

 実力をつけて再度挑もう!と吹き出しで煽ってくるところだ。

 

 狼はこちらを見やる。その目に値踏みはなかった。

 その動きに容赦なぞ期待は出来なかった。

 まるで真水を泳ぐ魚のように迫りくる。

 鮫のように、獲物を誤らずに狙う。

 迷うそぶりすらない。まるで最初からそうするものだといわんがばかりに。

 自分の喉首へと迫るその牙を。

 自分はその身で受ける。

 ギリギリという喉を引きちぎらんとわが身をかみしめる。

 自分は必死にその攻撃をこらえる。

 ぐっと喉に力を入れ、哀れな抵抗を続ける。

 変化はすぐに起こった。

 狼の牙がするすると喉から抜けていく。

 だが狼の顎はいまだ自分の喉を噛み千切らんと万力の力を顎に込めたままだ。ギリギリと悪夢のような力を感じる。


 自分の体は、再生していく。

 ダメージを相殺するように再生していく。

 狼の牙が薄皮を破る程度にまで抑え込む。

 

 (考えろ)

 自分は考えた。

 (考えろ)

 目の前の、恐怖の大王にあって自分にないものを

 (考えろ)

 呪詛のように、心の中で唱え続ける。

 目の前の、恐怖の大王になく自分にあるものを

 (考えろ!)

 生き抜く、その戦術/プランを。


 狼は噛み千切るのを止め、すいと奥へと泳いでいく。

 あきらめたのか?一瞬の思案は無為になった。

 少し離れたところからこちらに迫る黒い氷柱。

 いや、岩だ。

 鋭利な岩だった。

 その岩は自分の体へ容赦なく貫かれていく。抉れ、いくつから体を通り抜け再び溶岩へと戻る。

 狼はいくつもの岩の尖柱を作り上げていた。

 自身の周囲に浮かぶそれは、狼の認識が改まったことへの表れなのだろうか。

 だが無慈悲にも迫りくるその柱を逃れる事はできない。

 眼を抉られ

 前足が吹き飛び

 胴体に深々と突き刺さる。

 

 突き刺さった尖柱のいくつかは熱を帯び、体内で炸裂する。

 赤い岩海を血と臓物で一瞬、紅に染める。

 

 体から力が抜けていくのを感じる。それでも狼は容赦しない。

 尖柱をいくつも束ね、練り、焼き溶かして生み出したその刃は、肉を焼く音とともに自分を二分した。

 

 敵わない。何一つ。

 足掻くことすら叶わない。鎧袖のごとく振り払われた哀れな肉塊でしかなかった。

 自分は溶岩の奥へ、奥へと沈みゆくのを感じた。

 恐怖の大王はいまだ、その高みからこちらを見下ろしていた。

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