section2:神の元で住まう者たち③
かくして。
自分が放った一撃によりこの灰色の肌を持つ異世界人達を救うことができた。
疲れてその場にへたり込む彼らを見やりながら、自分は吹っ飛ばされた方を警戒する。
殺すためではなく、一時的に吹き飛ばすだけの威力に絞ったため当然ながら次々と立ち上がる精悍な男女。
「さぁて、どうしたもんかね」
冗談交じりに灰色の肌を持つ異世界人のうち、男性の方に笑いながら訪ねるが。
返ってきたのは多分、ギリシア語だった。だってこっち見てバルバロイ言ってるし。
「お前らもか」
当たり前といえば当たり前である。
日本語でもどの国でも「方言」はあるだろうが、それらのコミュニティ内で使われている言語そのものがまばらであることはそうそうないだろう。であればバベルの塔のごとく情報伝達手段で国がパンクする可能性だってある。
普通は何らかの形で公用語があってしかるものである。
それでいえば彼らは別の国の者ではなく、同じ国の中に存在する別種族。
とでもいうのだろうか。
白い肌を持つ精悍で水を操る種族と、灰色の肌を持つそれぞれの異世界人。
こういう時に異世界情緒、とでもいうのだろうか。
あぁ、自分別世界に来たんだなぁ。としみじみするところなのだろう。
あからさまに敵意向けられていることを除けば。
自分は改めて精悍な異世界人の方を見る。
そして鈍剣をその身より引き抜くと、その様子に口々に何か言ってくるし唾が飛ぶくらい叫ぶ者もいる。
こういう時は何言ってるのかわからないほうが良いのかもしれない。罵倒であってもただの騒音にまでなり下がるのだから。
自分は鈍剣を振り、そこを空けろといわんがばかりに道を拓こうとする。
精悍な異世界人達は警戒しつつも各々顔を合わせ何かを相談している様子である。
そして再び拳を握り返すと、こちらを見やるのだった。
要するに、なにも伝わってはいなかった。悲しい。
仕方ないので、プラン変更。
自分は肌を持つ異世界人のうち、親しくしてくれた子供の方へ向かうとその黒い体毛で覆われたふかふかの体を子供へこすりつけるような動きをする。
犬的にいえば何か嬉しいことや感謝の表現方法の一つとしてこんな動作をすることがあるらしい。詳しくは知らないがやはりインターネットは偉大なものだ。
その様子にあっけととられる双方の異世界人達。
子供も一瞬驚いたような様子であったが、その頭を撫でようと小さく、まだ幼さを感じる手が近づいてくるが、これを受け入れ素直に撫でられた。
動物でも人間でも、頭を撫でられる行為そのものを嫌がるのはそれ相応の理由が伴うものだ。そういうものがなければ基本的に受け入れて叱る行為である。
自分は尻尾を、小さく振りながら子供の傍に伏せるように座る。
子牛程の体躯は子供の体を支える大きな椅子のようにその小さな体を包むように受け入れた。
冷たいその体。この子の体を冷たく感じるのはその分自分の体温も高いからなのだろうか。
あるいは、何か別の理由でもあるのだろうか。蛆から救ったときの男もそれこそ氷を入れた水のように冷たい体をしていた。あの時はそこに気にする場面ではなかったが今思えば結構違和感を覚える。
異世界人故、自分が持つ常識がどこまで通じるものかは不明だが異世界人達の出で立ちは灰色の肌こそあれだが、かつての自分の似姿。
要は人間のそれと全く変わりないのだ。四本腕とか頭が3つあるとかもない。
二本の腕を持ち、二本の足で立っている。
であれば、彼らは恒温動物である。と仮定できる。人間と同じ、であればだが。
高温動物はその体の内に熱を生みだし、保持する機能が備わっている…はずだ。
それがない動物が日向ぼっこをするのは体温調整を行う意味合いもある。
‥‥‥だったはずだ。学校の勉強もっとしっかりやっておけばよかった。
それを仮定とすれば、この冷たさが自分の体感ではなく事実だった場合二つの結論への道が開かれる。
一つは、そう感じるほど自分の体温が高くなっている。これはまぁ、そうだろう。
そしてもう一つは、彼らは双方ともに体温というものを持ち合わせていない。ということになる。
どっちにせよ、どっちかが異質になるわけだ。
とりあえずは前者の結論として脳内で決定し、改めて精悍な異世界人の方を見る。
相手からすれば少なくとも虜囚、の立場の人間に懐いている化物。として見られればいいのだが。
ここのところ仮説と仮定で動く機会が多いためか、常に足元がぐらつく橋の上を歩かされている気分になってくる。
その様子に拳を下ろして行く精悍な方の異世界人たち。
とりあえず、敵意がないことは通じたのだろうか。
不安である。
その代表ともいえるものがゆっくりとやってきた。
後ろに俺の首を千切ったあの男を携えて。
子供の方へ何か話しているようであるが、申し訳ない。ギリシア語はさっぱりなんだ。
誰か日本語のわかる奴はいないものかと、あるわけもない悩みを抱えながら事の成り行きを見守るのだった。
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自分とその子供。そして幾人かの灰色の肌を持つ異世界人たちが連れてこられたのはかつて自分が焼いたあの場所。
蛆と霧、汚泥と肉の怪物たち。それらの世界を自分が焼き払った場所である。
そんなところに連れてきて何を…。
そう思っていた時だ。
突如、歓喜の声が上がる。背後より聞こえるその歓声は灰色の肌を持つ異世界人たちから発せられていた。
皆飛びつくようにその土の元へ向かうと、丁寧に木皿へと盛り付けた後まるで飯をかき込むように土を頬張っていく。
灰色の肌を持つ異世界人たちが土を食うのはもう見慣れていたが、なぜこんなにもお祭り騒ぎのような騒ぎになっているのかがわからなかった。
そして自分は、木皿に盛った土を灰色の肌を持つ異世界人の一人がどこかへもっていった後、皆に連れられて死体がやってきたことに目を丸くすることとなる。
確かにあの時、死んだはずの女
あの子供の、母親とも思わしきその女
土に埋められた女
それが意気揚々と知らない連中に交じってここにやってきたのだ。
そうして皆で土を食っている。
自分はその光景を静かに見ていた。
その中で熾烈な脳内会議が繰り広げられていた。久々に侃々諤々と脳内があらぶっている。
頭の中に銀河は広がるかのような議論と考察の連鎖が見えた。
この異世界に来て、何度目かの宇宙をみる狼である。
そして自分の理解をはるかに超えた眼前の現実に対し自分は
「ま、異世界だし」と括ることにした。
多分死人も甦るんだろ。異世界の常識として。
…いや、やはりそうそう黄泉がえりがあってたまるか。
では、そんな所で一つ問題を出そう。
この後自分はこの場からダッシュで逃げることにしたのだが、それは何故だろう。
答えは以下のとおりである。
ひとしきり、土を喰い終わった灰色の肌を持つ異世界人達は精悍な男女たちの方へと歩みを進めていく。
その逞しい腕の中に抱きとめられたのち、精悍な男女達は各々灰色の肌を持つ異世界人達の周りへと集まっていく。そうしてその肢体へ水色の光を放つ腕で触れていく。
小さな悲鳴を上げるとともにじわじわと滴り始める汗。
もうお分かりであろうが、精悍な男女が灰色の肌を持つ異世界人達の汗をその下で舐り嚥下していく。
首、腹、脚、ここでは言えないような場所でも汗を舐る舌は這いまわり口の中へとその汁を啜っていく。
なんなら子供相手に対しても割りかし容赦なく行われるこの変態行為を前に、自分は開いた口が塞がらなかった。
「は?」
今自分の目は丸くかっぴらかれているだろう光景を尻目に、名状できない変態的行為の儀式会場となり果てているこの場を只々見ることしかできなかったのだが。
宇宙を見る狼、パート2である。
そんな自分へと近づいてくるものがいる。
あの時助けた子供だ。
呆けているのかトロン、とした瞳をしながらこちらへとやってくる。
まるで酔っぱらっているみたいだ。
そんな様子を見ていた自分の前に子供がやってくる。
そしてその幼さを感じる腕が衣服を逸らし汗が滴る腹部をこちらへとさらしてきたのだ。
蕩けた瞳とともに、笑みを浮かべるその光景。何かうわごとのようにこちらへ話しかけてくるその子供を見た自分は、我ながらいよいよやばいところへ来たのだという認識が全身を駆け巡るも。
この状況に追いつくのが精一杯な自分の脳みそはこの光景には思わず。
「つ…付き合いきれるかああぁぁぁ!?」
爆速で森の中へと「逃げ」の命令を与えてしまったのだった。
森の片隅で、自分は泣いていた。
涙も流せぬその体で、めそめそと泣いていた。
「なんなんだよあれ、ドウイウコトだよ」
今もきっと、あの乱痴気騒ぎが緩行されているであろう場所を見ながら自分は混乱する頭を落ち着かせようとしていた。
あの時同じ行為を受けた際は、縛られたうえであれだけ悲鳴を上げていたというのに、腹いっぱい土を食った後では割とノリノリでその舌を受け入れている。
いよいよもって訳が分からなかった。嫌じゃなかったのかよ、と。
一応自分も生前はいい年した大人であった。男の女の情事に全く触れることなく過ごしてきたわけではない。まぁ最も、大体が映像作品かイラスト、漫画の類になってしまうのだが。実際に自分が女性と所謂イチャイチャ、をしたことはない。
あそこでのような状況を描いた作品も見たことあるし、なんならこれが漫画や映像作品としてなら受け入れることもできるだろう。
どれだけ混乱していたとしても、自分という人間的に超えてはいけない部分はしっかり守れたのだ。とりあえずそこは及第点であろう。
あそこで子供の肌に自分の舌を這わせることは、性的興奮とは別の自分という人間性のためにやることはできなかったのだ。だいぶエロかったけど。
「だが、さすがは異世界。いよいよ自分の常識が通用しなくなってきたぞ」
身体は嫌うものの、身体を駆ける冷風が今の自分にはありがたく感じた。
どういうわけか、あの行為そのものはこの世界では悪しき行為ではないようだ。
土食う前の状況では嫌がる何かがあったために、こうなってしまったのだろうか。
そもそもだが、土葬した女がどうして蘇っている。あの時確かに死んでいたはずだ。
呼吸を感じなかったし、心音も止まっていた…はずである。
そういえば、自分はそこを確認はしていなかった。土葬されたという自分で見た事実より逆算した結果なのである。
つまり灰色の肌を持つ異世界人達は、死んでも土に埋まれば甦るのか?
いよいよもって意味不明なことになってきた。解説役がほしくなるが、それができそうなやつは今は天の上でこっちをほくそ笑みながら見ている事だろう。
この世界を歩いてきた中で、少なくとも「摂理」のようなものはあるのだと感じ始めている。
異世界式過冷却水だってそうだ。理屈はどうあれ過冷却水よろしく衝撃を与えると形を変える効果もあった。
動植物の食性や生息域も思った以上に現実離れしているとは思えない。寒冷気候に見られる植物や動物を多く見かける。
つまり、ぶっ飛んだ要素だからこそ目につくのであって、その根っこには何かこの異世界特有の「摂理」、生物の連鎖や循環とでもいうのだろうか。そういうものが全くない世界ではないかも知れないのだ。
最もそれを知ったところで何ができるわけでもなく、下手にあの乱痴気騒ぎの理由を知ってしまえば今度は受容した結果自分がどうなるかもわからない。
さすがに子供はあれだが、灰色の肌を持つ異世界人達もまた精悍な白い肌の異世界人達同様に美形揃い。
ここに関しては流石はあのゼウスが作った世界、なのだろうか。
そりゃぁ、自分が作る世界なら自分が理想とする造形を持つ人々を作りたいと思うものであろう。理由なく造られるものはない…はずだ。
「ちょっとくらい、舐めてもよかったかな…」
自分は今になって、ちょっともったいないことをしたかな。と思い始めたころ。
頭が震えた。
何かをひらめいたわけではない。
強烈な衝撃で頭蓋骨ごと揺さぶられたような衝撃。
僅かに上を向けば、それは自分の頭蓋を割り、その尖った先端を表していた。
それは、木の矢である。
先端に石のような色の鏃を括りつけたそれが、自分の脳を貫通しているのだった。
そうして、自分は見たのだ。
銀色の髪揺らしながら、一人の女がこちらへと矢を放ったことを。
(流石に、不埒なことを考えると罰が当たる。とかではないよな)
それだったらあそこで乳繰り合っているあの二つの種族は今頃滅んでいるだろう。
そうして、自分はその女に声をかけるのだった。
「おい、なにするんだ」と。
全身で警戒する。
そうしてその女は、口を開いた。
「喋ったあああああぁぁぁぁぁ!?」
なんか見たことある光景だな。と自分は思うのだった。




