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section2:神の元で住まう者たち②

 アルテミスは、この大地を見ていた。

 あの灼土の死狼によって焼き払われたこの大地を。

 草木に覆われ、静かな冷たさを持っていたこの大地をバルバロイによって汚され死と汚泥が広がる世界へと変えられたこの大地。

 それを、あの死狼は焼いた。

 赤々としたあの炎で焼き尽くしたのだ。

 その大地を静かに見ていた。


 ゼウスが何を考えているかなぞ、大昔から図り知ることはできない。そのためにアルテミス自身も振り回されたことだってある。

 だが、そんなゼウスもあることに関しては一切ぶれを見せることがない。

 今回のこの一件も、もしかしてその「あること」に関するものであるのだろうか。

 であるのなら。


 そう思った時だ。彼女は違和感を覚え、すぐにその場所を後にする。

 強烈なその感情を感じ取ったからだ。


 それは、大地の奥から、這い上がってくる。

 それは、掌に口を持っていた。


 -オナカ、スイタ-


 怪物は、静かに、さりとて貪欲に生命を求めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この建物は、牢屋の機能を持っている。同時に墓場としての機能も持っているようだ。

 先ほど、死んでしまった灰色の肌を持つ異世界人たちをその片隅に埋葬する。

 火葬という概念はないようだ。最も、こんな閉所で火を起こすわけにはいかないだろう。

 そうこうしているうちに、日は陰り、夜になっていく。

 (…クソが)

 こんな、頭だけの状態になってなお、自分はあの時もっと足掻けなかったのかと自分を罵ることしかできなかった。

 そんな中、自分は泣きじゃくる子供を見た。

 きっとあの時、あの子供を抱いていたのは母親だったのだろうか。その別れに、只々泣くことしかできない無力さを見ていた。

 自分は、ごろごろと子供の傍に転がり、その場にとどまった。


 死別の悲しみは、自分が死ぬ場合と自分以外は死ぬ場合では違うだろう。少なくとも自分は自分が死ぬことに関して、誰かが悲しむとは思ったことはない。親兄弟は泣いてくれるのだろうか。

 だが自分以外の親兄弟や、知り合いの死に相対したのなら、きっと自分は泣くだろう。  

 自分はそういう人間である。

 だから、この子供のなくその心を理解できないわけではなかった。せめて寄り添い、静かに追悼を捧げることにした。

 それが何かを打開することにはならないだろう。

 それがこの子に通じる訳もないだろう。

 それでもよかった。

 誰かのために祈ることは、自分のためでもあるのだから。


 そこから数日たった。その中で自分が覚えた違和感を列挙しておく。

 一つは、この檻の外にいる人間たちは素手で木を切り倒し、家を作っているということだ。ふざけんなよ異世界人。熊かお前らは。

 一つは、火がない。ということだ。

 多くの異世界人は、果物を主食にしているらしい。というか、果物以外喰っている様子がない。それも生で齧りつくばかりである。夜も基本篝火や明かりの類もない。まさに月明りのみが世界を照らすだけの寒々とした世界である。

 頭だけの自分は、完全に石化しないよう夜こそ踏ん張りどころとなっている。


 そしてもう一つは

 生首を持ち上げ、窓のような場所から自分をのぞかせている子供の姿があった。

 「もういいぞ」と一声すれば、子供はそれを下ろしてくれる。

 この子と、少しは仲良くなったということだ。

 仲良くなったというか、あの時朝まで寄り添い続けたためかすっかり敵と思われなくなった。という認識が正しいのかもしれない。

 今では子供の腕の中にいる時間の方が、地面を転がっている時間よりも長くなっていた。


 最後に、彼ら灰色の肌を持つ異世界人は何を食っているかというと…

 木のさらいっぱいに盛られた、土色の…いや、土そのもの。

 この異世界人は、土を食っているのである。

 最初こそ驚愕したが、もそもそと土を食うその姿も数日みてれば案外慣れるものだ。


 自分は、土を食うこの子供の腕の中で頭の上に土をかぶっていた。

 「おい、もっと丁寧に喰えよ」

 とはいうが、子供は頭を撫でるばかりでまるで通じていない。

 逆に土が頭皮に刷り込まれる結果となる。

 自分はため息をつき、周囲の人々の様子を見ている。

 皆土を食っている。まぁそれはいい。

 あの日、子供が自分を抱きかかえた時周囲の者たちが止めるような様子や会話をしていたが、この子が離す様子もないためかついに諦めて距離を置くことで対応しているらしい。

 結果としてこの子供のと他の同族たちの間には、見えない壁があるようにも自分は感じた。

 自分のせいで、この子は孤独になってしまったのかもしれない。

 そう思うとやるせない気持ちがこみあげてくる。

 そうして、また朝を迎えるのだった。

 すやすやと眠る子供の腕の中で、自分は踏ん張っている。

 ない腹の底に力を込めて、消えまいと石になるまいと踏ん張っている。

 朝日が静かに世界を温め始めたころ、屋と今度は自分が眠る事ができると安堵をしている折、壁が開かれる。

 奥から現れた精悍な男女が何かを言う。どうやら飯を持ってきたわけではないらしい。

 それは、あの日と同じだった。

 自分の目の前で、死んだ者が現れたあの日と。

 

 恐怖に慄くものたちを幾人か連れ去る男女。その中にあの子も含まんとその手が伸びる。

 震える子供の腕の中で、唸る自分。

 だが首だけの獣なぞ誰が恐れるだろうか、いや子供連れ去るとき何度も慄いてはいたがそれでも虚しく子供の手は乱暴に引かれた。

 そうして連れ去られんとする子供。

 自分は、意を決した。

 ごろごろと転がり、男の足首へ自分の牙を食い込ませる。

 男の悲鳴が檻の中へ響く。

 自分はあらん限りの力を込めて、男の足首へ牙を突き刺す。

 男は子供を他のものへ引き渡すと、自分を引き剥がさんと指を手の間に差し込む。

 そして力いっぱいに自分を引き離す。

 頭の上まで持ち上げられた自分。

 そして次の瞬間、視界が土に覆われる。地面に思いきり叩きつけられたのだ。

 ボールのように転がる自分。

 全身を壁に打ち付けたかのような激痛が襲う中、次の瞬間。男の足の裏が自分の視界を占領した。


 ぶちゅり


 肉がつぶれる音がこの空間を震わせる。

 子供が叫ぶように泣きじゃくりながら何処かへと連れ去られていく。

 男もそれに続き、そして壁は閉じられたのだ。


 

 周囲の残されたものたちが、自分の傍に集まってくる。

 おいおい、お前ら。俺をゴキブリでも見るかのように見てたじゃねぇかよ。と自分は周囲より向けられた瞳を見やりながらそう思う。

 (たかだか子供に懐かれただけの生首がそんなに珍しいかよ)


 最も、この者達はこの後さらに驚くことになるのだが。


 自分の中で、再び熱を帯びていくのを感じる。

 魂が震える。

 悔しいが、自分は死なない限り自分のために何もできない。

 あの子供が自分に向けてくれた、その感情。

 本来はあの日死んでしまったあの女性、きっと母親なのだろうか。そちらへ向けられるはずだったその感情と、その言葉。

 そうされずともわかる。子供であるが故か言葉として理解せずとも。


 「誰か、助けて」

 あの子はきっとそういったのだろう。間違ったときは…。

 まぁ、その時は、その時だ。


 周囲の異世界人は飛びのくように血の沈んだ生首から離れる。

 異世界人たちが感じたこともない、その感覚

 その感覚の奥で、異世界人たちが見たこともないような色でそれは。

 生首だったそれは、その色を帯びている。

 周囲の木々がじわじわと黒く染まっていく。そして生首は、一匹の獣となった。

 

 理由なんか、どうでもいい。

 それが仮にこの世界のためであるとしても、魂は異世界から来た自分にとってはどうでもいい。

 ただ自分は、あの子の声に応えたい。

 

 「助けて、って言われたんだ。助けてやるのが人情だろうがよ」

 子供ならなおのことだ。


 自分は、この世界へと歩みだした。



 太陽が頭上に上り始めたころ、あの子をはじめ幾人の男女は大地につきたてられた丸太へ括りつけられている。木の皮で編んだのだろう縄で縛られている。

 男女ともに恐怖で顔が引きつる中、子供が堪えられるわけもない。

 泣きじゃくり、迫る男や女をただ見ることしかできない。

 子供や男女に触れるその手が青く染まった時。

 彼らは悲痛な声を上げた。

 苦痛に呻く、悲鳴だった。


 彼らの手が、灰色の肌を持つ異世界人の肌に触れたその時。

 その瞬間より皆一様に苦しみ悶え始める。


 余りの苦痛だからだろうか、全身から汗のように水が滴り始めていく。

 それを、男が、女が。舌で舐めとる。

 ナメクジが肌をなぞるようにその水を下が掬い上げ、舐りとっていく。

 その時だった。背後の牢より爆音が響く。

 白煙を上げ、木っ端が周囲を舞う。

 その奥に、それはいた。

 見たこともない色から、黒く染まっていく。

 月のない夜のような、黒い体毛を持つ獣がそこに立っている。


 「なに、やってんだよ…」

 じぶんは、括られたあの子を見た。


 そして、汗をなめとっているその姿を見た。


 「…本当に何やってんだよお前らはァ!?」

 思わず自分は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 自分の中では、もっとこう残酷な何かが起こっているように思えたのだが。

 実際は男女や子供を丸太に縛って、彼らの体を滴る汗をこれまた男女が舐めとっているという、これ以上説明すると想像が妄想に変わってしまいそうな。

 ある意味で、危ない展開となっていた。


 しかし、あの時助けた男がこちらを指さし

 「バルバロイ!」と叫んでくれたことで、周囲も自分も頭を切り替えることができた。

 

 「いかんいかん、危ないアブナイ」

 頭を振りながら、改めて前を向く。

 

 「さぁて、あの恩知らずには一発入れるとして」

 そういい、向こうにいる人々の両腕が青く染まるの見やりながら自分も腹を括る。


 その身から鈍剣を一振り生み出し吠えた。

 「纏めてお仕置きだこの変態民族が!」


 自分は駆けた。

 迫る精悍な男女。

 彼らのうち一人の拳が頬をかすめる。

 水蒸気とともに体毛が石化するのを感じた。やはりこいつらの、この青い光は水の属性を帯びていることがはっきりした。

 しかして、自分も止まるわけにはいかない。

 鈍剣を盾にして女性の拳をせき止める。

 よく見れば、この女性はオレンジもどきの木で出会ったあの女性だった。

 人(獣)の顔を見るなり悲鳴を上げたあの失礼女だ。

 だが、次の瞬間大地より生み出した鈍剣に突き上げられ宙高く跳びあがったので、もうどうもよくなった。

 男が拳を前に構える。ガードの構えから素早いジャブが迫る。

 自分にとっては一撃が致命傷になりかねないその水冷の拳を後ろへ飛びのくことで躱していく。

 出来れば、火は使いたくなかった。

 鈍剣であれ最悪死ぬだろうが、それでも火よりはその確率は低い。骨折でもしてくれた方がまだ気が楽である。


 だが、こちらの鈍剣もその腕で防がれるだけではない。

 振り抜いた鈍剣は躱されるのだ。


 身のこなしがこちらのアスリートの比ではない。

 まるで格闘漫画のキャラか忍者の類のように軽快な身のこなし。

 ボクシングのような構えから繰り出されるその一撃は、木の家の壁をように穿ち大地を軽くえぐるほどの威力を持ち合わせていた。

 「こいつら強えええぇぇぇぇぇ!?」

 自分は素直な感想を叫んだ。

 村人Aなどといっている場合ではない。

 この世界は普通の人間でも体感歴戦の格闘家レベルの強さが保障されているのだ。

 正直死なない体があってもイーブンとは思えない。

 なので、自分も早々に縛りプレイをやめざるを得なかった。


 「出来れば、使いたくはなかったが…」

 鈍剣が崩壊する。

 ボロボロとそれが崩れ落ちた奥から、生み出されていく炎の槍

 

 何かが来る、と確信した者たちによって自分へ迫られるものの、彼らはその衝撃でそれ以上進むことはできなかった。

 彼の眼前にそびえる、炎の壁に驚いてしまったのだ。

 幸いなことに、拳そのものへのダメージはない様子である。

 自分は殴られた箇所の熱が急速に奪われているのをかんじ、この世界の恐ろしさを改めて再認識させられた。

 だが、もう迷わなかった。

 まっすぐ駆け抜ける。

 炎の壁をかき消し、大地の奥へ蛇を這わせる。

 炎の蛇が大地の奥で炸裂し、その場所を隆起させていく。周囲の人々はその瞬間、頭上に狼が跳ぶのを見た。


 「拳を前に構えてろ!死ぬほど熱いぞ!」

 そして自分は、民衆に向かって炎の槍を解き放つ!

 大地へと迫りくる槍

 それよりも早く、捕らえられている灰色の肌を持つ異世界人の前に自分は降り立ち、炎の壁を展開する。


 瞬間、この集落は光を放った。


 

 そこから数秒後、周囲へ炸裂音と爆炎が迸った。

 

 集落のあちこちで、人々が倒れていた。

 大地にたたきつけられたもの

 家の壁と爆炎で押しつぶされた者。

 単純に遠くまで吹き飛ばされた者。

 皆一様に呻き苦しんではいたが、大きな怪我をしたものはいない様子だった。

 壁を構えていた自分の周囲の家々は煙を上げ燃え始めていたものの、そこまで延焼していない様子を見ると、加湿はしっかりとしている木らしい。


 自分は、熱の流れをコントロールした。熱の発する爆発の中で高温のもののみを中心にとどめ、それが発する衝撃波のみを周囲に解き放ったのだ。

 正直、二度と使いたくないくらい繊細なコントロールと「溜め」を要求される。

 だがそのおかげで吹き飛ばされたこの変態民族共には目立った外傷は見受けられない。

 そもそも頑丈なのだろうか。


 そして自分は、縛られていた灰色の肌を持つ異世界人たちの方を向く。


 自分は小さな火を生み出し、縄を焼き切る。

 そびえたつ丸太より解放された子供や男女は、皆一様にぐったりとしている。

 まるで生命力でも吸われているかのようであった。

 だがそれでも、死ぬほど吸われている訳ではない。

 どうやら一応間に合った様子である。

 

 子供が、自分を見ている。

 そんな子供に対し、自分は

 「遅くなったな、大丈夫か?」

 きっとわかるわけはないだろうが、その身を案ずる言葉を子供に向けるのだった。

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