section 1:地獄の沙汰も罪状次第。おいでませ地獄のような異世界へ②
この作品は以前前編として挙げたものに加筆・修正を加え2分割したものとなってます。
②は中ごろから最後とまでとなってます。
かくして。
現在、どっかの活か不活か不明の、多分活寄りの火山の火口にて。
自分は、落ち込んでいた。
気を失うまでに自分は地獄に行っていたことにも納得感のある絶望をしながら、現状の地獄寄りのどこかもしれない現実世界と、今現在が最も地獄の現状に落ち込んでいた。
「どうするんだよ。これ」
これという内容に
1,今現在の絶望的な状況
2,今現在における自身の身体的特徴の顕著な変遷への理解
3,今現在自分は生きているのか死んでいるのかという純粋な疑問
4,今現在腹がすいている。
という意味を込めて感情を吐き出す。ふぅという己の吐息が実に無力感にあふれている。
とはいえ、「自称、自発的かつ社会的弱者」特有の異様に偏った知識において、とりあえず飲み込んだ事実を言語で述べるのなら。
「おれ、犬になっちまったよ」
…ダメだ、絶望でもう一回死にそうになる。
だが、それだけではない。さっきの「これ」に込めた意味のうち今一番実践可能なのは
2,今現在における自身の身体的特徴の顕著な変遷への理解
であろう。
1,はどう頭を捻っても有効的手段ないし方法が見つからない。檻の中の囚人と同義の現状への打破は一旦保留。
3,はある程度仮説を立てられそうだが、2,よりは優先度は低い。
4,は1,より絶望的。よって一旦無視。
実際、自分は犬、ないしイヌ科の何か(猫かもしれないが、それにしては体躯が大型である)であることははっきりしている。はっきりしているから嫌になる。
だがしかし、それでは説明できない特異さを備えていた。
そのうちの一つを実践するために、自分は――
「……ふっ!」
息を止めた。
じっと、息を止めてみた。これが何を意味するのか?
疑問の起点を述べるのなら、先ほど溶岩の沼に溺れた際だ。
阿呆なことを考えながら犬掻きもどきで這い上がるさなか、どうして自分は生きていられた?
いや、上記疑問において
3,今現在自分は生きているのか死んでいるのかという純粋な疑問
という観点からすれば
最初から死んでいるのだから、呼吸の必要はない。
という一つの結論へとたどり着く。最も、仮にだがここを異世界と仮定する場合においてここの生命体(と仮定する一つのカテゴリー)は呼吸を、つまり「酸素を体に取り込む必要がない」ニアイコール、『呼吸をしない』可能性もある。
だが、先ほどのように「息を吸い、吐く」という行為が成立している以上この体ないし生命体にも肺を所持し、退廃機能であるしても呼吸を行える可能性もあり、否定するには判断材料が致命的に少な過ぎる。
なので、とりあえず息を止めてみた。心の中でカウントを刻む。
1,2,3…
無呼吸状態、つまり息を止めた状態のギネス記録保持者は水中かつ純酸素を吸った状態でおおよそ24分強。
そんな化物はさておき、一般的には1分も保てばいい方である。
10,11,12…
息を止める。空腹感を感じてはいるが、摂食可能な生命体なぞ見当たらない。いるかもしれないが未知の動植物を食べるほど緊急を要する空腹でもない。
腹をこわす方が今後のことを想定するならずっとリスキーだ。
この場合蜘蛛の糸のような望みに賭けて、この世界にいる生物のうち火山ガスにやられて火口に落ちてきた哀れな生物をターゲットにしたほうがよっぽどいい。不幸中の幸いというか、皮肉にも火元には事欠かない。
30,40,50…
違和感を感じ始めたのは、カウントを
180
まで進めたあたりである。
苦しくないのだ。無意識に浅く呼吸しているように苦もなく息を止めていられる。
このままじっと待った。待って、待って待ち続けた。
日の指す位置がわずかに左にズレ始めた。その時にはカウントすることをおっくうに感じ、影の動きをぼんやりと眺めていたし、何なら「息を止める」事をやめていた。
そんなことしなくても、この体は呼吸を必要としていない。
少なくとも、疑問2における一つの答えは
『この体は呼吸を、酸素を体に補給する必要がないか、その必要性が極端に低い』
そして疑問3については
『仮定:死んでいる』
となった。
次に身体を動かすことにした。
一歩、前に進もうとしたその時。
その場にすてん、と転がる。生まれたての小鹿のように自分の体とは思えないほど動かしにくい。いや、自身の体ではないと信じたい自分としてはうれしいのだが。
さっき頭から溶岩に沈んだ時の異常事態はこれが原因だ。要するに自分は身体を想うように動かせない。
生まれたての小鹿よろしく、立つことさえままならないのだ。
これでは何をするにしても苦労が絶えないし、仮に疑問3に対して出した自己の仮説に基づけば、このまま動くこともままならず最初から死んでいるので発狂するまでこのままもがき続ける。事になってしまう。さすがに地獄だ。
一度行ったことがあるので自分にはわかる。
幸い、あの面白跳躍から鑑みるに完全に機能が死んでいるわけでもないらしい。
長時間の仮死状態にでも陥っていたか、今生まれたてなのか。
どちらにせよ、全く動けない。というわけでもなさそうである。
なので、ゆっくりと立ち上がる。四肢に力を籠め、ゆっくりと四つん這いを維持し続ける。これを数十分続けたがこの間も一呼吸もしていない。犬的立位保持ができた地点で安堵のため息が出たくらいである。
そのから、リハビリでも受けているのかという程にゆっくりと歩き始めた。右手…右前脚から一歩、一歩とゆっくり歩き始める。途中何度もその場にもんどり打つこととなった。看護師の介助が必要な理由がよくわかる。怪我でもすれば、ただ事ではないだろう。
そんなリハビリを続けた結果、とりあえずぎこちないものの歩くことは問題にならなくなった。
火口付近にできた岩礁をぐるぐると回る黒い犬。縄張りを誇示するためにションベンでもしてやろうかといよいよ自嘲も自棄の領域に片足を突っ込み始めたころ。
不意に足を滑らせ、溶岩に脚を突っ込んだ。
驚愕の衝動で脚を戻したが、不意に疑問がよぎる。想えば今更過ぎる疑問である。
「ここに、落ちたんだよな」
無様な『犬掻きもどき芋虫歩きを添えて』をかましたその血の池はごぼごぼと泡を迸らせ赤赤と熱をため込んでいる。こうなるまでにいくつほどの熱量と圧力を受けたのだろうか。
大自然の反逆者ともいわんがほどに赤熱の主張を迸らせる眼前に広がる赤い沼。
やっぱり、ここは活火山なのだろう。溶岩を見やる。
3,今現在自分は生きているのか死んでいるのかという純粋な疑問
これが脳裏によぎる。死神の鎌のように鋭く自分の神経系を思考情報が巡り、全身の毛が逆立つ。
これは、生きていてもいけないし、死んでいたところで無理だ。
自分の頭の中にある「常識」がたたき出した当たり前の結論に真っ向からぶつかってくる現実的な情報。
その解決を図るため
2,今現在における自身の身体的特徴の顕著な変遷への理解
自分は犬の姿形をしたナニカ。少なくとも呼吸を必要としない死んでいる側に寄っていると仮定できるナニカであることは仮説として立てることはできた。
だが、この…自分の脳みそが好奇心と拒絶で第三次大戦を起こし始める。
この、この溶岩を。生命全てを拒絶するような死の灼熱を発する血の池を潜ることができれば…
1,今現在の絶望的な状況
これの打開策になる得るのではないか。という好奇心。
だが、これを潜れてしまった際に発生する2が突き付けてくる凄惨なる現実がその脚を止める。
-自分は、異形のナニカである-
という受け入れがたい現実。
もちろん、自分以外も同じくらい異常な生態系を形成している可能性を未だに払しょくできない。
シュレーディンガーの猫よろしく、シュレーディンガーの溶岩火口状態なのだ。
立証するためには、再びこの地獄へ身を預ける事が絶対条件。何なら犬掻きの練習をしたうえで火山の下まで潜り、抜け穴を探すことになる。
だが、それを立証することを、自分が怪物であることを容認できない自分がそこにいた。
小説の中の登場人物。とくに主人公連中に告げる。お前らよくこんな異常な状況を前に進めるな。とアンリアリティな罵詈雑言を吐き出す。
想えば自分自身が犬になっている地点で十分異常であり、これ以上は何が起きても問題ないはずだが、それを前にして尻込みをしてしまう。
これまでの事実を並べれば、自分のこの体はふざけた耐熱性なり熱に対する適性を獲得していることは明白である。明白なのだが。
先ほどのように半分パニックになった状態で頭から転げ落ちるのと
自分の意思で飛び込むのは、また別の問題なのであった。
わかりやすく言えば
「勇気がいる。よなぁ」
赤い飛沫を見やりながらぼそりとつぶやいた。
ごぼごぼと煮えたぎるスープ。その一部が盛り上がる。
「なんだ?」
すっとぼけた疑問をよそに、粘性の炎が破られる。卵の白身のようなどろどろとした中から現れたのは
「……!」
それは、どろどろの溶岩の中からこちらへやってきた。のそのそという重たげに脚を動かす姿は、先ほどの自分を想起させる。
「黒い、狼…!?」
溶岩から這い出てきた、赤眼の狼。それはまるで鏡のようにこちらを見ていた。
岩礁まで這い出てきた狼は、体にこびりついた溶岩を器用に振り払うと、こちらを見やる。
「グルルルルル…」
こちらに対し、低く、唸る。それは警告に聞こえた、意思表示に聞こえた。
お前を殺してやる。と全身で訴えかけていた。
「お、おいまて…」
言い始めるが早いか、狼はこちらに迫る。
映画や小説の中で見た、ドキュメンタリーで見た。獲物に襲い掛かる狼そのままに、こちらへと迫る!
自分は今やっと歩けるようになった赤ん坊だ。その動きを見切ることはできても体が追い付かない。文字通り赤子の手をひねるように、突き飛ばされた自分の喉へ
狼の牙がつきたてられた。
「あ、が……は?ぁ…………」
喉を貫く牙の感触。ジワリと全身に広がる痛覚の危険信号。
呼吸を必要としないはずなのに苦しい。苦しい。
痛い、痛い、いたい、いたい、イタイ、イタイ、イタイ!
抗おうともがくも、まるで相手にならない。かよわくぱたぱたと前足で狼の腹を撫でるのが関の山だ。
そのまま、骨が鈍く鳴った。
自分の後頭部から、ゴキ。という音が響く。体から力が抜けていくのを感じる。ようやく、大地を踏みしめたばかりだというのに…これまでの努力が焼け落ちていく。眼前の溶岩のようにどろどろと。
意識もまた、泥濘のように蕩け始めていた。このまま、こいつに喰われるのかと。
ささやかな抵抗も、僅かな反抗心も消失し、今やただの死体となっていた。
(あっけなさすぎるだろ)
内心、こんなことを考えてしまう。
最初から決まっていた勝負。
勝負の土台にすら立てないほどの『格上』が足元にいたのだ。
そこからの光景は、凄惨なものであった。
ずぶ、ずぶり自分の腹に感じる僅かな痛覚。
何かが抜かれていく感覚。正直知りたくもない。
体から何かが溢れていく。
自分は、赤く染まった眼前を身ながら、嗤う。
「こんな自分でも、血は赤いか」
そこから、意識は黒に染まった。