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section2:神の元で住まう者たち①

 かくして。

 首だけとなった自分は今、復讐の鬼にならんとしていた。

 あの憎らしい恩知らずへ一発ぶち込みたくて仕方がなかったのだ。

 踏ん張った。

 魂の奥から熱が発するの全く感じなかった。

 一発殴りたいという感情と

 それで自分の魂が強く揺り動かされること、つまり「やる気になる」事はどうやらまた別の話であるらしい。

 どうしても、自分にはあの男へやり返すことへ抵抗があるようだ。

 

 人のみを捨ててなお(最初から持ってはいないのだが)。自分は「ヒト」へやり返すことが苦手であるらしい。

 問題はそれだけではない。

 どうやらあの青い光。

 男によりまさかの首チョンパで首を刎ねられた時見たあの光。

 どうやら、水属性であるようなのだ。

 その証拠に、自分の首から胴体につながる部分が石化している。

 胴体の方に熱源もあまり感じないことから、あっちの方はすでに完全に石になってしまった様子である。死ぬ気で踏ん張っているため逆に「意識」がある頭の方が残っている。

 ということなのだろうか。我が身ながら全然自分のことがわからない。


 「誰も教えちゃくれねぇからなぁ」


 などとぼやいている自分を周囲のものたちが忌避の目で見ている。

 好奇の類ではなく、呪物を見ているというか扱いがゴキブリの類と同じようにも自分には感じた。


 自分はため息をついて、あの時自分を壺から解放してくれた子供の方を見た。

 その子はこれまた美しい女性の腕の中で抱きかかえられている。

 黒よりの灰色の肌を持つ、異世界人。

 自分にとってはコスプレ以外では初めて切る類のその出会いに感動を覚えたかったが、今はそのようなことに思考回路が回されることはない。


 (腹の底から踏ん張ってねぇと今にも石になっちまう気がするからよぉ!腹ないけど!)


 気を抜いただけで石化の症状が進行している。

 これに似た状況は、あのクラゲどもから逃げていた時や、異世界式過冷却水をあの青銅の巨人から浴びせられかけたときに似ている。


 そこから導きだけるのは、ここの世界の少なくともこの村の住民は、水属性を担う何かを、自分の体から生み出せる何らかの様式、特製を持ち合わせている。

 ということになる。


 (…俺の天敵、村人A相当ってマ?)


 考えれば考えるほど、自分という存在がこの世界にとってどれだけ相性不利を背負わされているのかが認識できるようで嫌になってくる。

 

 一つ賭けに出るのであるのなら、それは


 -自分の首を誰かに水属性に寄らない方法で殺してもらうこと-

 つまり積極的自死を図ることである。自殺ともいう。

 異世界式過冷却水の時もそうだが、全身が石になる前に死ぬことができれば理屈はまだよくわからないが、だが蘇生は可能である。

 

 早速、自分は鈍剣を生み出そうと熱をイメージするが、その瞬間首の方から何かがせりあがってくる感覚に襲われる。

 そこから自分の熱が奪われていく。

 (やばいやばいやばい!)

 再度意識を首の方へと集中する。

 恐らくこの瞬間、鈍剣を生み出そうと意識がそれた瞬間に首から石化が進行して言っているようなのだ。

 これでは鈍剣を生み出すどころか、火を生んだだけで石化が進行してしまいかねない。

 つまり、あの男の一撃は、異世界式過冷却水に匹敵するだけの「水属性」を帯びているのか?

 だとしたらこの異世界、村人A相当が阿保みたいな強さを兼ね備えていることになりかねない。

 (クソがぁぁ…)


 唸るように、怨嗟をつぶやくくらいしか今の自分にはできなかったのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その世界は、光に満ち溢れていた。

 周囲に咲き誇る花々。

 その中で楽しそうに踊り、歌い過ごす男女。

 皆一様に美しく、皆一様に精悍であった。


 その奥にそびえるパルテノン神殿。

 我々の世界にあるようなどこか過去の遺物という雰囲気はどこにもない、白く荘厳なパルテノン神殿がそこにはあった。

 そこへ向かう一人の女性の姿があった。

 短く整えられた銀髪を揺らし、神殿へと獣とともにやってくるその女性は奥にて座すかの主神へと近づいていく。

 ゼウスはその女性-アルテミス-の姿を見るとこう口を開いた。

 「そろそろ、来ることだと思っていた」と。

 アルテミスはその一言に関を切ったかのように声を上げた。


 「ゼウス!我が主なる王にして神よ!これはどういうことだ!」

 アルテミスはその銀の瞳をゼウスにまっすぐ向け、続ける。

 「あれは、遠くの昔にあなた自身が封じたもの。世に出すべきではない恐ろしいものだと断じたのはあなたではないか!」


 それが、どうしてあそこにいるのだ。

 アルテミスはその問いをゼウスへとむけた。

 ゼウスは静かに返す。

 「あれが、何をしたというのだ?醜悪なバルバロイを焼き払っただけではないか。人には害をなされることはあれ、人には害を及ぼさぬ。奇妙だが無害としか思えぬではないか」


 「私が聞いているのは、あれが無害かどうかではありません!」

 ゼウスの言葉を遮り、アルテミスは続ける。

 「世界を焼くほどの炎を携えたあの獣が、どうして我らが世界へ降り立っているのか!あれらを封じるために、どれだけの犠牲を払ったと思っているのだ!どうしてあなたは何もしないのだ!」


 答えてください、と叫ぶアルテミスの瞳には確かな怒りと疑念がこもっていた。


 ゼウスは静かに返す。

 「アルテミス、我が娘よ。お前の疑問はもっともだ。確かにあれはこの世界にとって危険すぎる。世界を文字通り焦土と変えかねないほどの畜生ではある」

 そしてゼウスは、静かに続ける。

 「だが、当の獣はバルバロイを焼き払い、大地を清めただけではないか。周囲の木々も文字通り灰燼と化した。しかしそうでもしなければあの土の奥で蠢く醜悪な蛆虫たちがいずれ新たなバルバロイを、穢れた霧の世界を生み出すかもしれぬだろう。そのうえで人へ害をなすことはない。それなら、それでいいではないか」


 その返しは、アルテミスをさらに激昂させることとなる。

 「なにも、よくはありません!いつあの獣が気まぐれを起こすともいえぬというのに。暢気なことですね!」

 周囲の神々も、その言葉に無言で同意を浮かべている。


 今、この場所-オリュンポス-では一つの問題が発生していた。


 かつて、この世界を火で包み込まんとした死せる狼たち、通称「灼土の死狼」のうちの一匹が「分離されたエトナ火山」より脱走した。という一件でもちきりである。

 今はまだ、とある村落にて首だけとなっているためか緊急の要件ではないものの、かの狼たちはかつて世界そのものを焼き払いかけた。神々はその時総力をもってかの狼たちの根絶にあたろうとしたものの、できなかった。

 神の力でさえ、あの狼たちを殺しきることはできなかったのだ。殺した傍から蘇生し続けるため、水を放ち石に変えることで何とかそのほとんどへ対処することができたものの、当時のエトナ火山へ逃げ延びた個体たちだけは対処ができなくなってしまっていた。

 そのため、かつて神々はエトナ火山そのものを世界の果てに「切り離し」周囲を永遠に尽きず、熱を蓄えることのない冷水で覆うことで封印としたのだ。


 そしてそれから現在に至るまで、その封印は完ぺきなものであった。今日この日までは。

 封印を護る青銅の巨人が破られ、封印の外に逃げ延びたその狼は、禁足地となっている周囲の森に配置していた守護者さえも振り切った。

 今や神世界の片隅、人々が住まうその領域へまでやってきてしまっている。

 またあの地は女神「アルテミス」の領地でもある。

 アルテミスにとってみれば、かつて世界を脅かした化物の一匹が自分の領土へやってきている。気が気でない理由は推して知ることはできる。


 だが、神々はゼウスの態度に何処か含むものを感じざるを得なかった。

 たとえ一匹の、人の手により首を落とされるような程度であるとはいえ、脅威であることには変わりない。それなのにゼウスの反応はどこか鈍く感じてしまう。


 そのことは、アルテミスが一番よく感じていた。


 「ゼウス、我らが王にして神よ。あなたはまさか、バルバロイをあの狼に焼き払わせるつもりではないでしょうか?だから、貴方はそうやってゆるりと座に構えているおつもりなのでしょうか」


 であるならば、とアルテミスは続ける。


 「それはきっと間違いだと私は思います。私の領域だからという類の話ではありませぬ。きっとあの狼はいづれ、世界を再び焼き払うでしょう。ゼウスよ」

 

 早急に、あの灼土の死狼を封じるべきです。

 そう進言を受けたゼウスは、ただ黙ってアルテミスを見やる。


 そうして、ゆっくりと口を開いた。

 「我が企みをよくぞ看破したな。誇り高き月の女神よ、成ればここに宣言しよう」

 ゼウスが座より立ち、神々へと声高に告げる。


 「かの狼が、もし理由なく我が世界の人々へ傷を負わせるようなことがあれば我が全力をもって、これを排除せしんめんことを我が子らに誓おうではないか!」


 その宣言を聞いた神々は安堵とともに雄たけびを上げた。天上を響かせるその声援を一身に浴びるゼウスを見るアルテミスの瞳は、実に冷ややかなものであった。


 「それでも、私は。あなたを許せることはないでしょう」


 そう静かに語りその場を後にした。

 ささやかな宣言は、このはちきれんほどのゼウスをたたえる声にかき消され、誰の耳にも入ることはなかったのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 神世界の片隅で、自分は静かに死にかけている。

 死にかけるということそれ自体はいつも通りなのが悲しいところである。

 鈍剣も、火も生み出せずただただ首を維持し続けることが精一杯のこの状況を打開するべく

 とりあえず眼前にそびえる木の壁にごろごろと転がり、頭をぶつけている。

 これで死んだら儲けものではある。

 但し、これで死ぬようならきっと今頃自分はここにはいないだろう。


 その様子を見やる灰色の肌を持つ異世界人はこの奇妙な光景をただの風景として認識し始めたころ、突如としてドアが開いた。

 ドア、というよりも木でできた吊り下げ式の壁ともいえるそれの奥から精悍な美男美女が何人か入ってきた。

 まず、この部屋の奥で壁に頭を撃ち付けている首に恐れおののきつつも、恐怖の叫びをあげる灰色の肌を持つ異世界人を男女問わず何人か連れて行こうとする。


 「オイオイオイ!嫌がってんじゃねぇかよ」

 そういって男達の方へ転がっていこうとするも、腕に見える青色の光をみればそそくさと壁の方へと戻り、再び木の壁へ頭をぶつける作業へと勤しむこととした。


 子供から引き離された女性も連れていかれた後、この空間に取り残されたものたちの中には嗚咽を漏らすものや恐怖と不安が入り混じった表情を浮かべるもの。

 悲痛な叫びをあげるものでこの空間の音は満たされていた。


 それからしばらくして、再び壁が上がる。

 そうして運ばれてきた者たちの様子を見た自分は、驚愕をあらわにせざるを得なかった。

 その身はやせ細り、みるからに衰弱している。

 か細く息をする者もいれば、既に息はなく静かにこと切れているものもいる。


 「一体、何をされたんだ。こいつらは…」


 自分は、その光景の中で泣きじゃくる子供の姿を見た。

 既に息はなく、子供を抱きしめていたその優しき女の腕は

 骨と皮だけになり、枯れた瞳の奥に光を失せたそんな姿をしていたのだった。

 

 彼女は、死んでいたのだった。

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