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section1:神世界③

 パチリ、と瞼が開く。

 世界が右90度にだけ曲がっている。

 ぐったりと体を起こす。

 もうすっかり、四足歩行で立つ方が自然になっていた。もし何かの間違いで二足歩行に戻れるのなら、四つん這いにならないか心配になる。


 周囲を見渡す。

 ここは崖の上、前に広がるのは穏やかさを持つ森林。あの時自分が駆け抜けた禁足地のような冷徹な鬱蒼さは感じない。

 背後に広がるのは海だろうか。

 その光景を見やれば、僅かな潮の香りが風と共に運ばれる。

 自然の光景は、自分がいた世界と何ら変わりない。今ここいいる限りでは、自分が異世界に来たななど考える事はできないだろう。

 波の音を背に、自分は歩き出す。

 周囲に、あの神の姿はすでになかった。


 自分は、あの時空の上でゼウスとの会話の内容をかみ砕きながら、最後の一文を思い出す。

 

 -どうか、この事はだれにも言わないでほしい-


 それが何を指すのかはわからない。自分の世界で知りえる駅ソードをなぞってみてもらゼウスは何を考えていたのかわかる類の存在ではなかったように思う、が。

 そんな奴が念押しを入れてくる場合は大抵神でも手こずるような問題ということだ。

 自分でも、いるであろう英雄たちでもなく

 封印していた化物に人間の魂をぶち込んでまで対策する類の代物。

 

 なんにせよ。


 「自分は、もっとこの世界を知る必要があるか」


 後ろ足で器用に頭を掻きながらそう思うのであった。


 少し歩くと、その森の雰囲気を掴むことができた。

 周囲を生きる動物たちは、いたって普通の生き物たちばかりである。

 毒々しい見た目も、発達しすぎた爪牙も、あからさまな巨躯を持つものもいない。

 全くもって平和そのものであった。


 大地を踏む。僅かに水気を蓄えているその土壌は生命にとって非常に良好なものであろうが

 自分の場合は皮の剥けた足で砂利道を歩くようなものだ。ピリピリとした痛みが広がる。

 (なんというか、穏やかだな)

 そう思う。

 神が作り出した世界。

 神のための世界。と言い換えることもできる。

 そんな世界は自分から見ればたいそう歪なものであるかもしれないと思ったが

 少なくとも自然に関して言えば、同じような感性を持っているのだと思ってしまう。


 周囲を見渡し、自分は一本の木を見つけた。

 あれは、なんという果物なのだろうか?自分が持つ記憶ではオレンジによく似ている。

 

 自分はイメージする。

 その鈍剣を


 鈍剣で優しく、その果実を突き落とす。

 つぶれてしまうのではないかと思ったが、その表皮は意外に厚くコロコロと足元へ転がってきた。


 早速、焼きオレンジといこうじゃないか。


 自分は再び、ロケットブースターでガスコンロの弱火を出すのであった。


 口の中でアツアツの果汁が迸る。

 林檎先輩より酸味が強いが、自分はこっちのほうが好きであった。

 皮ごと食うのは生前では考えられなかったが、焼いたおかげかその香しい匂いとほのかな苦みをすっかり気に入ってしまった。


 ペロリ、と口元についた果汁をなめとる。

 そして、じっと木を見上げる。


 当たり前だが、オレンジ一個で満たされるような腹ではない。

 もう、5個くらいはいけそうだな。


 そう考えていた時だった。

 背後で、音がした。


 ガサリ


 草むらを掻き分けるような音を聞いた自分は、はっとしてそちらを向く。

 その姿は、そう


 綺麗だ。


 そう思わずにはいられないほどの欧州(ヨーロッパ)美人。

 後ろで束ねたブロンドの髪

 細い手足

 シルクのようなきめ細かい白い肌。


 それを、ギリシア美術で見るような白い衣服でゆるりと包んだだけの姿。


 思わず、見惚れてしまった。

 

 そして


 悲鳴が上がる。

 その美人から絹を裂くような悲鳴が発せられた。

 こちらを一目見ただけで発せられた。


 (えええええぇぇぇぇぇぇええ!?)


 自分は唖然とした。

 確かに生前からお世辞にも女性にモテるような男ではなかった。仕事上の付き合いがあるとしてもそれ以上の関係になったのは学校で体育祭があった時にたまたま並びでそうなっただけ。

 とかそんな具合だ。

 自分が女性にモテるような努力をしなかった。ともいえるのだが…

 それはそれとして


 (開口一番ガチ悲鳴は傷つくんですが!?)


 一人の方が好きではあったがだからといって心にダメージを受けないほど強いわけでもない。

 むしろ、強くないから必要以上に人との関係を避けてきたような自分だ。

 自分にとってこの出会いは、かなりクるものがあった。


 そのまま、来た道を戻るように美女は脱兎のごとく消えていった。

 

 自分は、なにがなんだかわからないままその場に呆然とするしかなかった。


 しばらくして


 ひとしきり焼きオレンジを堪能した自分は、とりあえず当てもなくこの森を歩くことにした。

 前にも言ったと思うが、自分にはマッピングスキルなどの地理把握系の能力は持ち合わせがない。

 ついで土地勘もない。

 こと交流や探索を円滑にする類の便利系スキルは持ち合わせのない、ただの化物にすぎないのだ。 

 なので、とりあえず歩いている。

 ぽてぽてと森を進む。

 ゼウスが言っていた「自分にしかできないこと」をとりあえず考えていた。


 火を持つ自分にできること。

 安直なイメージでいえば、何かを「焼く」事がそれに当たるのだろうが…まさか、あの美女ないし、それらにつらなる人々を?

 だが、それだとするのならゼウスが言う「自分が作った世界」に対して焼き払えというにはいやに手が込んでいる。

 そう勘ぐってしまう。

 正直、自分がゼウスと同じ立場なら、それを成す場合あの火山から狼たちを全員引っ張り出せばそれで済む話だ。

 わざわざ人の魂を注いで、禁足地を抜けきったところで顔を出すような真似をするだろうか。

 そうなると上記の問題は「否」と仮定することができる。


 じゃぁ、なんだろうか。

 幾つかの仮説を立てるにせよ、それを立証できるだけの確固たる状況証拠すらないのだ。

 

 (というか、もうちょっと詳細に教えてくれてもいいんじゃねぇかあのジジイは)

 

 などと腹のうちで悪態をつく。

 

 そして、空を見る。


 天から雷が振ってくるものかとも思ったが、どうやらあっちは

 こっちのことを見聞きもしていない様子である。


 頭上に浮かぶ太陽が、爽やかな晴天の中のほほんと光っているだけだったからだ。


 (本当に、ふざけやがって)

 再度腹のうちで悪態をつきながら、自分は森の中を進み続けるのだった。


 そして、世界が闇に包まれる。

 月と星の明かりのみが世界を照らす。

 狼の体というのも結構便利なもので、生前以上に夜目が効くのだ。

 それが、狼の習性からくるものなのか死んでいる故に来るものかを自分が知る由もない。

 何にせよ、使わない理由はない。

 草葉の陰に隠れるように身を潜め、鈍剣の上に横たわる。

 腹のうちに、溶岩を作り眠る準備を始める。

 仮に狼が夜行性であれ、人間の魂は夜間に睡眠を求めるのだ。

 自分の尾をアイマスクのようにして、その日は眠りにつくのであった。


 

 それから、数日が経過したとき

 自分は村を見つけた。


 この世界に来て、初めて人の集落を見つけたのだった。


 遠くから見た範囲ではあるが彼らの生活様式を観察することにした。


 彼等は農耕ではなく、狩猟型の種族のようである。

 それを証明するように、周囲に畑のようなものは見当たらない。

 家は木製。まるでログハウスのように丸太を積み上げた家に住んでいるようである。

 

 それ以上に、気にかかるものを自分は見つける。

 (門がある)

 扉はないにせよ、そこには木製の門らしきものが建っていた。

 そして、同じく木製の柵が、集落を囲うように存在している。

 特に「門」がある、事に疑問を持つ理由は何か。


 門があるということは、以下の2つの理由が挙げられる。

 1,その集落が里長やここを「神」世界というのなら巫女や使徒の住まう集落である。

 2,襲撃者などのこの集落にとって望まぬ来訪者が来たことがある。逆説的にそれらへの対策。


 第一、門を立てる大きな理由として

 自分の縄張りであることを誰かに主張するためか、外からの来訪者を一時的に止める。

 (この来訪者の中には「襲撃者」も含むものとする)


 ファッションやただのオブジェクトとして門を建てるのなら自分としてはそいつは相当な物好きだと思う。


 どのみち、自分ができることは


 (下手に近づかないほうが、賢明か)


 あの美女との出会い。

 開口一番悲鳴を上げられるような存在である自分。

 そんな奴が門で固めた場所に向かうということはどうなるのか。


 (こんにちは、どうも化物です。って言ったところで良くて追い払われるだけか)

 最悪串刺し(ワンデス)は覚悟するべきだろう。

 そんなことを思案していると、少し離れた場所から草木が揺れる音がする。

 風の音にしては、物々しい。


 (……ッ!まずい!)


 自分はそそくさとその場を後にするのだった。



 自分の後ろを、追うものたちがいる。

 多分、3人くらい。


 逃げる際、あのとき出会った美女に再びあった。

 こちらを指さし、何度も何度もこういった


 -バルバロイ!-


 と。


 バルバロイ。

 ギリシア神話及び当時のギリシア圏において「野蛮人」や「異邦人」とかを指す一種の蔑称であったはず。


 (いや確かに、自分は異邦人ではあるけども!)

 この姿じゃなにも返す言葉はない。けど野蛮人はないでしょ。


 と考えていると、目の前に広がるその青に絶句してしまう。


 (しまった!)

 

 眼前を流れる川の手前で足を止めざるを得ない。

 飛び越えることは…出来ないほどじゃない。

 しかしながら

 (あれ、マジで痛いんだよなぁ…)


 森で出会った怪獣から逃げる際、水の濁流をよける際に使用した

 鈍剣で自分をぶん殴って吹き飛ばす必要がある程度には、川幅は広いのだ。


 だがその一瞬のためらいは「彼ら」を近づけるには十分すぎた。


 森から現れた男が3人。

 皆一様に逞しく、その彫りの深い顔と癖っ毛。

 ひげを蓄えたギリシア美男子3人衆

 それが、自分へと対峙する。

 (……うわぁ)

 

 一応いうが、自分は男だ。

 だがそんな男が

 惚れてしまうような精悍さがこの3人からは感じられた。


 というより、さすがは「神」が作った世界だ。


 (美男美女しかいねぇなぁ!)


 生前の世界も男女平等にこれくらい美貌が確保されているのなら起こらない戦争もあったかもしれない。

 なんてことを考えるくらいにはこの世界で出会った現状男3人に女一人。

 皆一様に美しかったのだ。


 そんな風にあっけをとられていた自分。

 あの美女がバルバロイと自分を指して言っていたのだが


 そんな阿呆な思考をしたためか、本当に阿呆の面をしていたのか

 こちらを見ても全く敵意がないからか

 

 男達がしきりに何かを喋っている。


 (………)

 その言葉を聞きとろうとする。


 (…………)

 聞き取って、わかったことがある。


 (………………なるほど、わからん)

 何もわからない。ということが分かった。


 男達はこちらへ向かって、何度か「バルバロイ」という言葉を発しているのはわかった。

 つまり、今現在も敵であるという認識では間違いないらしい。


 そのうえで、それの前後に連なる言葉がまるで分らない。

 高校の時聞いた英語のリスニング試験。

 英語がダメダメだった自分にとって異世界人の会話のように思えて仕方がなかった時期もあるが

 今現在において本当に異世界人の会話を聞いて、その時のことを思い出した。

 自分は、意を決して声をかけることにしてみた。


 「あ、あのー…」


 刹那、男達は拳を構えて臨戦態勢をとる。


 (声掛けただけでこの扱い!?)

 さすがバルバロイと呼ばれるだけのことだ。ガチ拒絶である。


 そういえば、ゼウスが言っていたような…


 ふとした時に、自分が思い出したのはゼウスとの会話。

 (アイツ、そういえば)

 この世界を「自分たちの新たなギリシア」とか言っていた。


 ギリシア……ギリシア…


 「もしかせんでも、ギリシア語かよおおぉぉ!」


 思わず叫んでしまい、余計に男達を警戒させてしまった。


 (くそっ、やられた!)

 思わず頭を抱えたくなった。


 というか、なんでゼウスとは会話ができていたのだろうか?

 (…神だからだろ! 自分が知るわけないだろうが!)

 浮かんだ疑問を「神だから」という理由で乱暴に解決させる。神って言葉はこういう時便利なものである。


 男達にとってみれば、目の前で怪物が

 意味不明な言語で話しかけたかと思えば今度は叫びだし

 目の前でごろごろと転がっている。


 客観視してみると今の自分は実に滑稽であった。


 だが、自分にはそんな余裕はない。


 ギリシア語ならまだいい(良くないけど)。

 古代ギリシア語とかだったらもういよいよ会話は絶望的である。


 (アルファとかオメガとか、そういうやつだったよな)

 とかが自分のギリシア語の限界である。単語の地点で詰んでいるのである。


 そんなバルバロイを見た男たちのうち一人がため息をつく。

 そして近くにあった木を一つ、手のひらで触れる。


 腕に緑色の幾何学模様

 それがほのかに光を発したのち


 まるでカマイタチでもそこを通ったかのような旋風とともに

 丸太を肩に背負った男が、こちらへ敵意を向ける。

 

 -座興はここまでだ-

 

 とでも言いたげに。


 (さ、さすが異世界)


 ここは神世界。何が起こったって不思議じゃない。

 素手で丸太を斬り落とす奴がいたとしても‥


 (…やっぱり納得できるかあああああああぁぁぁぁ!)


 とんでもないところに転生させられたものだ。

 心の底から、自分はそう思うのだった。

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