section3:甦るってだけで死にまくるのは話が違うんだ④
駆ける。
駆ける。
漆黒の森を駆け抜ける。
右に迫るは黒く揺らめく冷水。
左より迫るは蒼光のクラゲ。
自分は駆ける!
湖のふちを沿うように
腹にためた溶岩の熱を感じながら
四肢から熱が奪われていくのを、激痛とともに感じながら駆けた。
この湖を眼前に見据えた時、自分は絶望した。
どうして、ここに来た。
そう考えてしまった。
避けていた。
来ないつもりでいた。
もはや自分自身にさえ裏切られたように感じた。
だが
駆ける。
悩んでいる暇はない。
後ろより迫る蒼光。
熱奪うクラゲたちの気配を見る。
自分は覚悟を決め、鈍剣を消す。
四肢の先からコケに潜む水に触れ、呻くほどの痛みが走る。
腹の中に、溶岩の火球を迸らせる。
意識を、極限まで研ぎ澄ます。
まるで自分自身が炎そのものになったかのように
狼の姿を捨て去るかのように。
そして、歯を食いしばり、駆け抜けた!
悔しいが、自分では今のクラゲたちにはかなわない。
生きることが戦うことというのなら、逃げるのもまた闘い。
「最後まで生き残った者」が勝者なら。
ここで死ぬわけにはいかない!
身体の端々から熱が漏れ出し、迸る。
気配を感じる。
森の奥から
背後から
眼前から迫る
蒼光を見た。
あいつらは熱に引き寄せられる罠だ。
罠であり、群れる狩人だ。
迫り、追い詰め、狩る。
熱を奪いつくされた獣はその場に果てる。
それなら、やりようはいくつかある。
自分は、溶岩で練り上げた火球を生みだす。
それを乱発する。
右手で生み出した傍から無作為に投げつけるように
火球を放つ。
周囲の森に火がともる。
燃えることはない
だが燻るだけだ。
それは熱を失いながら石となる。
それでいい。
それで、いいんだ。
クラゲの群れのいくつかが一瞬、自分から意識がそちらへ向く。
どうやら知能はさほど高くないらしい。
だが、冷めていく溶岩へ向ける意識は、数秒の猶予を自分に与えるだけで
再びふわふわと、迫りくる。
自分は駆ける。
夜の闇へ溶けるように
腹の奥で溶岩を蓄えながら
前方より、蒼光が迫る。
クラゲがいる。
何匹も、熱を求めてこちらへと迫り来る。
宙を揺蕩うようなゆっくりとした動きだが、それでもこちらを追う意志だけは途切れることはない。
シンプルが故に、クラゲたちは恐ろしい追跡者となっている。
火球を生み出す。
それを明後日の方向に投げ飛ばしても、まるで反応しない。
火球の熱源よりも、自分の熱源の方が「美味しそう」ということか。
(クソッ!)
自分は心の中で悪態をつく。
そして、イメージする。
生み出すは鈍剣。
そしてその鈍剣を、自らの腹に沿わせると
茨の棘を生み出す。
自分の腹を引き裂くように、棘が内臓を掻きむしる。
ぼとぼとと、血と溶岩が混ざった赤色が腹より溢れる。
クラゲたちが迫る。
そこにごちそうがあるとでも言わんがばかりに
(上手く、決まってくれよ!)
自分は、イメージする。
あの銛を
自分の血と臓物を練り上げた、銛を生み出す。
赤い銛は宙を舞う。
針でダガーを撃ち落とした時のように
木々へ、岩へと、いくつもの赤い銛は
クラゲたちを打ち付けていく!
クラゲ達は何事かと悶える。
悶えるも、動けない。
その体を文字通り貫いたその銛
それがクラゲたちの命を奪うことは最初から期待していない。
だが、自分がそこを突き抜けるまでの間だけでも
動きを封じることができればいい!
蒼光に包まれながら、自分は駆ける。
迫りくるクラゲたちの触手を避けながら
それでも、幾つかの触手に熱を吸われる感覚を覚えながら
突破する。
背後に蒼光が迫る。
別のクラゲたちが追い立てる。
自分はやっと、湖をほとりを半分を超えるかどうかというところまで迫っている。
このまま走り抜けられるか?
奪われた熱。
強行突破のために失った臓物と溶岩。
それらが自分から差し引かれるたびに、痛みをより強く感じる。
使用した「火」は、そのまま自身の体力を蝕んでいく。
先ほどの銛のように、自分の体をそのまま削り作り上げたものは射出物に限り複数を同時に使用できる。
だがこれはある意味、起死回生の「命を削った時間稼ぎ」なのだ。
そう何度も使える代物ではない。
クラゲたちは、単純な追いかけっこでは追いつけないことを学んだのか
ふわり、と湖へと沈んでいく。
(諦めたのか…?)
それは、危機的状況における僅かな希望的観測であった。
だが大抵
それが叶うことはない。
水の中へもぐったクラゲたちが、舞う。
まるで水の中に入った瞬間、イルカにでもなったかのようなすさまじい速度でこちらへと泳ぎ始めるのだ。
自分は一応これでも狼だ。足の速さにはそこそこ自身はあったのだが、それでもこれまで相手に「速度」で勝ることはほとんどない。
瞬間的な速度で勝ることはあっても、トータルの速さで勝ることはほとんどない。
(クラゲにも追いかけっこで負けるのかよ…!)
ウサギとカメもかくや。
あのクラゲは油断しなくても自分を追い抜くだけの早さを兼ね備えている。
いよいよ、自分が何で勝っている存在なのか自信を失いそうになってくる。
湖面に移る蒼光
それは狩人の目のように、こちらへ狙いを定めているのが解る。
自分は鈍剣を生み出す。
来ることは、わかってたからだ。
瞬間
水しぶきを上げて迫りくる触手。
それを自分は鈍剣で防ぐ。
その力に一瞬踏ん張る必要がある。
(なんて力だ…クソが!)
受け止めた後ろから次々と触手が迫りくる。
自分は鈍剣を振り抜く。
それ自体はもはや大剣の振りにしてはあまりに早すぎるほど、習熟していた。
速度で、一部の触手は断ち切れるほどである。
だが、その触手のたちどころに再生を始めるさまを見やると、一旦自分は森の方へと駆け抜ける。
視界の端に湖だけは捕らえたまま、森の闇へと身をひるがえす。
森のあちこちで捉えることができる蒼白の殺意
(餌になって、たまるかよ)
自分は、走る脚を止めない。
息を切らさずに走り続ける。
湖からまるで機銃掃射のように迫る触手の攻撃。
熱奪うその攻撃を
自分の鈍剣が、吹き飛ばす。
水を十全に吸ったその一撃
ハリのある強烈な一撃。
その鈍器のような一撃で
自分は派手に吹き飛ばされる。
喰らった腹部はしゅうしゅうと音を立てて石化を始める。
すぐに立ち上がった自分は再び駆け抜ける。
それを追い立てるクラゲたち
湖の外周を、半分超えた。
みずみずしさを兼ね備えた、蒼光の触手が鎌首をもたげる。
(なんか、大きくないか?)
自分の疑問はもっともだ。クラゲたちのサイズは最初こそ自分の頭部を覆えるかどうかというほどえ合ったのだが
今や恐竜もかくや、触手一本が怪獣の首から頭であるかと思えるほどのサイズに成長しているのだ。
触手の先端は、こちらを捉えている。
嫌な予感がする。
鈍剣を構えた、その時
触手の先端が、弾ける。
迸るように滝のような、水
水が、豪雨のように迫りくる!
そのあまりの光景に目を丸くした自分
だが、まだ思考は止めていない。
自分は鈍剣にイメージを送る。
振り上げるイメージ
自分をあらん限りの力で振り抜く、そのイメージを
骨がきしむ
肉が抉れ、業火が血のように溢れる。
鈍剣で我が身を弾き飛ばし、死の雨をかいくぐる
後方で鈍剣が濁流に流されていくのを感じ、それを消す。
灰となる鈍剣
再び迫る巨大な触手。
傷つき、骨は砕け
ごぼり、と口から鮮血を垂れ流してもなお
自分は駆ける。
ここで、死にたくないから
その一心で、湖のふちを走り抜けんとする。
そして、その姿を現す。
それは、蛇
無数のクラゲを携え、それを衣のように纏う
優雅な蛇である。
いや、あれは蛇じゃない。
あれは、触腕。
蛇のような口を持つ、触腕。
怪物が、姿を現す。
その片腕だけで、自分を圧倒させる。
お前なぞ、これで十分だ。とでも言いたいように
自分めがけ、触腕が迫る。
それは木々をうねり、掻き分け
自分へと迫らんとしている。
衝撃
振り抜かれたその触腕は、「したたかに」自分を打ち据えた。
脳が揺さぶられ、何度も暗転と覚醒を繰り替えす。
ピンボールのように幾つかの木々へ自分の体は打ち据えられた。
それでも、今死ぬわけにはいかない。
たとえ一瞬の蘇生であっても
あの喰らう湖に引きずり落とされる可能性
それを成すための時間は、あれには十分すぎるほどあるだろう。
なら、それなら
自分は、腹の底に溜めた溶岩を消す。
急速に熱が奪われていく感覚。
それでも、やるしかない!
鈍剣を、構える。
二振りの鈍剣が、闇夜を掻き分け姿を現す。
触腕が迫る。
再びこちらを吹き飛ばさんと迫る。
自分は鈍剣を重ねるようにして、流れを生む。
同じく吹き飛ばされたかのようにはじき出される鈍剣
触腕の一打を、鈍剣の一撃で持って抗う。
自分はそれでも、走るのをやめない。
熱が、奪われていくのを感じる。
自分の命が、潰えるその瞬間は近い。
それでも、待った
自分は、それを待った。
幾つかの攻撃を防いだ鈍剣
それを振るえるのも、あと何回だろうか。
自分は、その瞬間を待った。
触腕が、鎌首をもたげる。
こちらへ狙いを定めるように
あの濁流をいま再び放たんとしていた。
自分は、足を止める。
一振りの鈍剣を、眼前に構え
一振りの鈍剣を、背に交差させるように構える。
そして、その瞬間
触腕が放水のため「穴」を開けるその時
自分は、呼吸を行う。
鈍剣がはじき出される。
巨大な砲弾のようにまっすぐ
それは触腕を打ち据えた
放水のために空いた「穴」へ
まるで吸い込まれるように鈍剣が触腕の中へと消える。
そして
肉を引き裂くような音とともに
水が、迸った。
穴の上部の肉
触腕の先を真っ二つに引き裂くように、鈍剣が宙を舞っていた。
まるで雨のように触腕の上に降り注がれる大量の水。
湖は激しく波打ち、木々へ水が打ち据えられる。
そして、自分は駆け抜けた
湖の反対側、そこまで駆け抜けたのだ!
そこからはおぼろげだ。
必死だったから。
わき目も触れずに走った。
背後で吠える何かの声を聞いてもなお、振りむくこともなく
その湖を背に駆けた。
駆けて、
駆けて、
朝日が昇るまで、足を止めなかった。
そして気が付いたときには、そこにクラゲたちの姿はなかった。
朝日が差しこむ森の中を、一匹の獣が進む。
よろめきながら進む
その体は至るところが石化し、腹から溢れる血と臓物を引きづりながら進む
ここまでくると、いっそ死んだほうがいいのかもしれない。
内に宿る「火」が陰っているのを感じる。
それでも、獣は進み続ける。
その先に何がある?
その果てに何を求める?
獣は問われたところで、何も知らないだろう。
その先に何があるかなんてわからない。
その果てに何を求めるかなんて、考えたこともない。
ただ、その獣は
「今を、生きたい」
そう願い続けているからだ。
満足できる、死に場所を求めて。
死ぬまで、生き続けるのだ。
だがそんな獣も、ついにその場に崩れ落ちる。
もう、一歩も動ける様子ではない。
こんなところで死ぬのか?
獣は問う。
ここで、いいのか?
獣は問う。
心に問う。
そして
獣はゆっくりと再び立ち上がる。
否、否、断じて、否。
ここで止まるつもりはない。
死ぬならもっと、もっと何かをしてからだ。
追い立てられるだけの存在
まだ見ぬ知的生命体から「悪魔」という烙印を押された
そうして、あそこへ押しやられた。
だが、ここまで這い出してやったぞ!
自分を殺すために、姿を現わせ!その顔を自分に拝ませろ!
そいつの顔面に…一発ぶち込んでから、死んでやる!
「ふざけんな」って吠え散らかして殴り飛ばしてやる!
…その後でなら、喜んで死んでやる。
だから、否。
今は自分の、死ぬ場所じゃない!
そして獣は、それを見る。
それは木の板だった。
木の板を張り合わせた物だった。
それは、看板だった。
森の中に、それを見た。
草木生えぬ、自らを隔てる土の線が引かれていた。
それは、道だった。
何かがそこを歩き続けてきた、証拠だった。
知的生命体の、証だった。
自分は、生き残ったのだった。
あの地獄を、ここまで這いずってでも進んで
ついに、ここまで来た。
ここに、来れた。
その森を抜けようとした瞬間。
その場に力なく崩れ落ちおる。
いよいよ、こんな時にか。
内に眠る「火」はとても小さく感じる。
石化した四肢を無理に動かしたせいで、体中のいたるところからあふれた血が、体毛を染める。
黒い体毛を、滲むような赤で染める。
(さぁ…どうなる?)
祈った。消えゆく意識の中で、祈った。
(さぁ、どうする?)
自分は、祈った。
(さぁ、どっちだ…)
刹那、世界が闇に包まれる。
あの日の夜のような、闇へと引き戻される。
与えられた希望が、目の前で奪われる感覚を覚える。
(ふざけるんじゃ、ねぇ)
心の奥で、自分は叫んだ。
(…ふざけるんじゃねぇ!)
-死ぬもんか-
そうして獣は、再びの死を迎えるのだった。
長らくのご閲覧ありがとうございます。物語としてやっとこさ始まったような感じがいたします。今後どうやって主人公をぶっ殺しまくるかを検討に検討を重さねて実行するため次回の更新まで少し時間を頂きます。




