section3:甦るってだけで死にまくるのは話が違うんだ③
からん、と落ちる石の塊を見て自分はため息をつく。
鈍剣の上に座り、それをイメージする。
薄く、鋭さを持つもの
大きくなく、さりとてある程度の厚みを持つもの
すり合わせ、形を成していく。
それを生み出す。
それで木の肌を撫でたが、ザリザリと思うような結果を得ることができなかった。
ため息をつくと同時に、ぱたりとその場に崩れ落ちる。
そうして自分は、死ぬのだった。
現状の自分が持つ最も大きな弱点とすればその圧倒的なまでの「水冷」に対する耐性のなさにある。
折角獣を狩り、その肉を喰らう手段を確保できたのだが
まずい
ひたすらにまずい。
獣臭さが抜けないのだ。
鮮度の高いものなら臭みはほとんどないとネットに上がる動画ではよく言うがそれは多分、しっかりとした下処理がなされているからに他ならないだろう。
今の自分では、血抜きができないのだ。
足元にある鈍剣がまさにそれだ。
「火」を知ってのち、それでもいろいろ便利なので使っては言うその鈍剣はこのうっそうとした森の中で使うには少々重く、大きすぎる代物
また、刃を持たぬ板切れでもあるため獣を殺すことはできても獣を斬ることはできない。
その重量と振り回す速度で引きちぎるためだ。
自分は、かつて火山で戦ったあの狼たちを思い出す。
13本のダガーを巧みに操るあの狼
何よりあの蟲の翅のような四振りの剣を操る狼の王。
あれは、まさしく「よく切れる」得物であった。
なら自分にも作れる可能性はある。
あるのだが、どうにも上手くいかない。
あそこまでの切れ味を作り上げるのに、いったいどれほどの研鑽を積んだのだろうかと思わずにはいられない。
また、割と根本的な問題もある。
自分における最大の問題は、その展開数にある。
右手と左手、それぞれに持たせるイメージをよく使うためか自分はどう頑張っても「同時に2つまで」しか作り出すことができない。
例えば、鈍剣を二振り生み出した時にはもうそれ以上何かを生み出すことができない。
火球のようにシンプルな火の塊であってもそれは同じ。
最も重要視するべき問題は応用の幅を利かせ、腹の中に溶岩を生み出した場合など
それも一つの物としてカウントされるためかそうなるともう鈍剣一振りか、火球一つまでしか生み出すことができない。
一応、鈍剣と火球それぞれ一つづつを持った状態でいることは可能だ。
だが、腹の中に作った溶岩もそのうちの一つとしてカウントされてしまえば、戦力としてはかなりのマイナスとなるだろう。あの青銅の巨人との戦いのようにいつどこで全力を出さないといけない相手に出くわすかもわからない。
現状でも右も左もわからないこの世界で、敵の戦力を正しく図る手段なんてないのだ。文字通り「当たって砕ける」つもりでいないといけない。
多分だが、右手に武器を持ち
左手で飯を喰らっている。
腹に溶岩を蓄えているときは、きっと自分はそのような状態にあるのだろうと考えた。
狼の王や、13本のダガーを扱って見せたあの狼に比べるのなら
自分はまだまだ「火」の扱いには習熟が足りないのかもしれない。
そう思い、ため息をつくのだった。
森はうっそうとしながらもその端々で大地に陽光を漏らし、さわやかな日々を過ごしている。
せせらぐ川を鈍剣でまたぎ、自分の感覚だけを頼りに森を進み続けていた。
より、寒さを感じない場所を求めて
今はこの繊細な感覚だけか、自分の進む方向を指し示す指標となっていた。
そして、夜が来る。
最近の自分がとる宿のスタイルは
硬い鈍剣の上に丸くなり、胃の中に溶岩を蓄える方法だ。
これが非常に眠りにくいのなんの。
猛反発してくる敷布団の上に掛布団なしで横たわりながら
寝る前に飲んだ熱湯だけで一夜を過ごすようなものだと思えばいい。
それでも寒さに凍えて死にながら眠りにつくよりはましだ。
毎夜毎夜、凍死なぞしてはいられないのだ。
そんな、ある夜のこと。
その日も眠る準備を始めた折、自分はそれを見た。
森の奥から、光が見えた。
それはちらちらと瞬き、動いているようにも思えた。
自分は興味本位でそちらへと向かうことにした。
それは、無数のクラゲだった。
周囲を青色に瞬きながら、宙を舞うクラゲたち。
その身は青白く輝き、蒼白の光が体中を錯綜している。
知的生命体でないのは非常に残念だが、これはこれで幻想的な姿を見ることができた。
そのうちの一匹が、ゆらゆらとこちらへと迫る。
自分はそれをぼぅッと眺めているとふとした感覚に襲われる。
-自分の体から、何から抜けていく感覚-
とっさに飛びのく。
鈍剣の上から離れたため、その脚が苔の上に触れ激痛が走る。
クラゲたちはゆらゆらとこちらへ迫る。
まるで自分のように
暖を求めてさまよう幽霊のように
こちらへと迫っていた。
自分は逃げた。夜ごと駆け抜けて逃げた。
途中何度も意識が途絶え、即座に取り戻す。
その都度追い立てるように現れるクラゲたちを追い払いながら逃げた。
そのクラゲたちは、鈍剣の一撃をものともしなかった。
あてたはずなのに、地面にたたきつけられたはずなのに
まるで何もなかったかのように、またふわりと浮遊しこちらへと迫りくる。
火も意味をなさなかった。
クラゲが持つ水分の比率は人間が全体の7割であるとして、9割であるという。
ここの水分、異世界式過冷却水によって十分に冷やされ、水を蓄えているだろうその体は火をぶつけても瞬く間に消化してしまう。
ここにきて、新たな敵と相まみえることとなった自分は
その日は眠ることなく、朝日が差し込むまで死にながら走り続けたのだった。
目の前で、黒ずんでいくリス。
ジュウジュウと鈍剣の上で炭化した毛と滴る脂を見やり火加減をうかがう自分。
あの銛を生み出したのは自分の中ではかなり評価点が高い。
銛のサイズを調整し、このような小型のリスをも捕まえることに成功したのだ。
最も、その毒々しい見た目よろしく毒をもっているリスかもしれないのだが
今日捕まえることができた獲物はこいつだけ。
林檎師匠から離れてからというもの、果物が生る木を未だ見つけることができていない。
これは単純に自分のみる目がないだけなのだろう。
覚悟をもってその身にかぶりつく。
炭よりはましな味である。
もしゃもしゃと喰らう中あのクラゲについて考える。
あのクラゲに近づかれたとき、自分は何かを吸われている感覚に襲われた。
それが何にせよ、恐ろしくなり逃げ回っていたのだが…
(一体、何を吸われた?)
そして追加で考える。
(何故、吸った?)
その日はそのまま眠ることにした。
幸い、リスの毒と思わしき症状は出ることがなかった。
今、自分は森を抜けるために歩き続けながら、出来ることをやり続けている。
目の前で、消えては生み出される石片がそれだ。
これからの戦い、そろそろ原始人的戦術から脱却する必要があるように感じていた。
そのために生み出すべきは、刃物
獣の血抜きをし、毛をそぎ、皮を剥ぐためにも
今後さらに現れるかもしれない鈍器の効かない相手。
あのクラゲのような生物と相対する必要に迫られたときに必要不可欠なもの
それは、よく切れる刃物
今までの自分にはない、新たな「スキル」といっても差し支えないものであった。
日本刀を作る過程をとった動画を見たことはあるが、刃の作り方もそこで見たことはある。
見ただけで完全に自分のものにできるほど自分の脳は応用力が足りない。
まずは、イメージするものを探す必要がある。
イメージの先にあるものは、あの狼の王。
アイツが使っていたあの薄刃の剣である。
なので、自分はまず薄く作る事をイメージする。
すり合わせていく。
風を擦り合わせていくような流れをイメージする。
薄く、薄く、可能な限り薄く。
出来上がった石片
その辺の木に当て、まっすぐ引く。
木の皮は抉れるように裂かれるものの、求めた切れ味には程遠い。
また薄く作っているためにすぐにひび割れ、脆さを露呈させた。
狼の王が作り上げたあの刃のような
鋭く、それ相応の強度を持つ
刃を作り上げることは、今の自分には困難な道であったのだ。
それでも、イメージを続ける。
死んでしまわないギリギリのところまで
日が沈むその時まで
自分はイメージを、流れを作り上げ続ける。
夜がふけり、自分は木の陰に隠れるように眠りに沈んでいた。
身体の奥でたぎる溶岩の熱で、少なくとも寝心地が悪い点を除けば安心した夜を迎える事ができた。
そんな、時だった。
ぶるるっ、と自分自身が震える。
寒さで体が悴むように
眼を開ける。
そこに広がるは、ひたすらな青。
無数のクラゲ
自分へと伸ばされた触手
そこからひたすらに、何かを吸われ続けている自分がいた
そして知る。クラゲたちが何を吸っているのか。
「こいつら…自分の熱を吸っているのか!?」
するすると吸われていく熱。
よく見れば体のあちこちが
クラゲに触れられ続けた場所が所々石化を始めていた。
自分は、燃えた。
身体の奥から灼熱を迸らせ、炸裂させたのだ。
クラゲたちがその爆風とともに木々に叩きつけられながらの奥へと吹き飛ばされていく。
その光景を見やり、自分は別の意味で震えていた。
その日から、自分は夜行性になった。
元々、早起きは得意ではなくある程度の夜ふかしはしてきた自分ではあるが完全に昼夜を逆転させるともなるとなかなかメンタルに来るものがある。
とにもかくにも、自分は知らないうちにあのクラゲたちの縄張りへと足を踏み入れてしまった様子である。
ここ最近は夜に眠る獣の姿をトンと見なくなり、夜行性の獣たちがちらほらといるばかりである。
また、完全に体温を吸い取られたのかその場で冷たくなっている獣も見かけるようになった。
クラゲたちは完全な夜行性であるため、日中では何処かへその姿を隠してしまうため完全に認識から外れてしまっていた。
可及的速やかにこの場所から離れる必要がある。しかしながら日中ではクラゲたちの縄張りから離れるためにこれまで頼りにしていた自分の感覚では少し心元がないのだ。
そのため、クラゲたちが発光する特性を逆手に取り、視覚情報として認識できる夜間に活動の基本を移すことでこの解決を図ることにしたのだ。
日が沈むころに目を覚まし、夜はクラゲたちを避けながら進む。
最近では胃にためる溶岩の量も減らしていた。
クラゲたちは生物の熱に反応して近づいてくるようで、自分のようなそもそも高熱を発する怪物など奴らにとっては格好の獲物に他ならない。
それでも可能な限り察知されることを防ぐための涙ぐましい努力を行う必要があったのだ。
自分は考えた。この森の正体を。
多分、自分ら怪物をここから出さないようにする「第2の結界」とでもいうのだろうか
常に悴むような寒さ
そしてこのクラゲ
おおよそ自分らのような生物がすむには不利すぎるその条件に対し
あの火山、そして自分らのような獣の存在である。
明らかに自分たちを何処かに出すことを恐れている。
何重にも施されたその「結界」の中で
自分は、それほどにまで恐れられているのかと思い知らされる。
どのような意図があったにせよ、ここまでのことをされるということは
あの狼たちは今後出合う知的生命体にとっては根絶を願うほどの脅威
悪魔と例えてもいいだろう。
そのような存在を近づけさせないように、押さえつけるために存在しているのではないか。
そう思えて仕方がない。
闇夜のような狼が、闇を奔る。
そこだけ切り取ればなかなか様になるのだろうが
実際のところ、クラゲから逃げているだけである。
そんな中、自分は出会ってしまう。
闇夜の中、それは大きく広がり、自分を隔絶した。
「そんな…どうして」
自分の目に広がる広大な水源。
近づくことを最も恐れた場所。
湖が黒く、黒くそこに広がっていたのだ。




