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section 3:甦るってだけで死にまくるのは話が違うんだ②

 差し込む陽光

 ゆったりと流れる時間

 

 死んでいる自分。


 生前、冗談の一環として仕事で疲労困憊したときに「死んでいる」と自身を形容したことがある。

 この世界に来てからというもの、「死んでいる」事実の割合が増した。

 先に進むにせよ、この寒さに対する対策を講じない限り何が起こるかわからない。

 あの青銅の巨人との戦いを経て、すっかり「寒さ」に対し過剰に警戒心を抱くようになっていた。

 正直言えば、半分は何とかなっている。


 鈍剣の上で、イメージする。

 自分の周囲を火球が揺らめき、その熱で自分を温める。

 オーブンで焼かれるような感覚ではあるが、これである程度の温度においても耐え忍ぶことができる。

 この力の運用方法における欠点は

 長距離の移動ができず、自分が覚醒状態でなければいけない。

 ということである。


 つまり、

 ここの大地を踏みしめながら歩いていると、たとえ火球で体を温めながらであっても死ぬ。

 一応何もしない時より、はるかに長い時間行動することは可能である。

 可能な、だけである。死ぬことから逃れることはできない。


 そして、一番大きな問題として眠りに就こうとする場合全く機能することができないということだ。

 鈍剣の場合、それ自体が物理的に存在するためか寝て起きてもその存在を一旦消すような事がなければ残り続ける。

 だが火球をはじめ「火」はいざ眠りに就こうとすると自身の覚醒の度合いに反比例するように掻き消えてしまうのだ。

 

 冗談でなく「寝たら死ぬ」なのだ。

 

 朝日が昇ると同時に火を纏う自分。

 

 おはようございます。今日もいい蘇生ですね。

 半ば諦めつつあるこの死のルーティーンとは別に、相変わらず自分はこの木の下にいた。

 そして林檎のような果実を一つ鈍剣でやさしくつき落とし

 今日も、挑む。

 

 そこにこだわる必要がない。と何度も自分は思った。

 火球の熱で自分をあぶりながらとっととこの森を離れたほうがいい。と。

 

 それは、そうなのだ。

 だが、それは出来なかった。


 なぜか?


 -いい加減、美味しいものを何か食べたかったからである-


 人の性というか、「衣」と「住」を半ば捨てざるを得ない自分にとって「食」へは

 もはや執着という言葉では生ぬるい程である。


 食欲と睡眠欲のうち、一旦自分は睡眠欲を捨てることにした。


 この先、少なくとも口に入れるものは十分火を通す必要がある。

 思えば、狼の王は生のまま食えたのに他の生物ではいけないのか?

 そういう疑問もよぎった。

 これはシンプルな理由で、単純にあの狼たちも自分と同じ

 身体が溶岩で構成された、超高温の怪物であったからすんなり食えたのだ。


 仮にそこら辺の生物を覚悟をもって生食した場合

 毒とか病原菌とか、それ以前に

 死にたてほやほやの肉では温すぎて死にかける。と思われたからだ。


 つまり、自分が食うものは「加熱調理」することが大前提。


 火加減を覚える意味でも、焼き林檎をせめて炭にすることなく調理できる程度には

 自分の「火」への扱い方を習熟させていく必要があるのだ。


 自分は上を見る。

 あれだけあった林檎が、今では枝葉に隠れる中にちらほらと見かける程度になっている。

 そろそろ成功させないと、こちらを苦々しい顔で見る毒々しい体色を持つリスに申し訳がない。

 

 イメージする。

 職場にあったあのガスコンロ。

 カップ麺に入れるお湯を作るときくらいしか使わなかったが、それをイメージする。

 それ全体ではなく、火をイメージする。

 下から上に吹き上がる、小さな「流れ」

 複数存在する、流れ

 自分はそれを、林檎の周りに並べる。

 ガスコンロの火の中心に、林檎を置くイメージだ。

 事実それはオーブンなんかの調理法なのだろうが、オーブンのイメージよりこっちのほうが自分はイメージがしやすかった。

 

 問題は、とにかく火加減

 今の自分自身を基準にしてしまうと、どんなに「弱い」火であったとしても一瞬で芯まで炭になる。

 焼き林檎をロケットブースターで作るバカはいないだろうが

 今の自分は、ロケットブースターしか持ち合わせがない。

 

 ロケットブースターでガスコンロの弱火程度の火力を作る。

 これがどれほど集中力のいる作業だろうか

 針に糸を通すようなとか、色々たとえはあるが

 自分が一番しっくりきたのは

 

 FPSゲームで、動き回る超長距離の先にいる相手をヘッドショットする。


 これだろうか


 慣れた人なら問題はないだろうが

 自分は慣れていないから問題なのだ。


 チリチリと、林檎と脳を焼く。


 眉根にギュッと力がこもり、表面を少しづつあぶっていく。


 何十個ものリンゴを炭にしてしまったり、生焼けで死にかけながらも

 何とかイメージしえる「ガスコンロの弱火」を生み出すことはできた。


 あとはこれを

 集中力を維持し続ける作業になる。



 じじじじ、と林檎の表面がゆっくりと歪み始める。

 中の水分が熱を持ち、焼け始めた証拠だ。


 ここまでが、第一段階。

 表面を焦さぬよう、これを10分維持し続ける。

 

 林檎を切ってしまえばもっと楽なのだろうが

 自分の手元にある刃物といえば爪と、鈍剣くらいなものである。

 自分の爪の長さでは、林檎の表面に傷をつけたり転がらないよう抑え込む時に食い込ませるのがせいぜいであり

 鈍剣では即座に「林檎だった欠片たち」が出来上がる。

 

 なので丸焼き。

 それにせっかくなら丸ごと頂きたい。


 しょうもない人の欲望も、ここに混在していた。


 じじじ、と林檎が少しづつくしゃくしゃにしぼんでいく。

 熱で水分が飛ぶことでしぼんでいるのだろう。

 自分は十分火が通るまで、これを続ける必要があった。


 じじ、と林檎が湯気を上げ始める。

 もうすぐ…もうすぐ…


 

 熱した林檎が放つ強い香りを吸い込む。



 「………でき、た」


 鼻先でそれをつつく。

 

 熱い


 これまでにないほど潤沢な湯気を上げるそれは、立派な焼き林檎であった。


 震える。

 全身が、これから来るであろう感動に、震える。


 恐る恐る、一口齧る。


 …熱い。

 よく火が通った林檎は、皮の奥の果肉はくしゃくしゃと水気を蜜を迸らせる。

 ほくほくとした食感は、そのまま齧った時の小気味よい歯ごたえこそなかったものの

 柔らかく、舌の上でさらりと溶けて胃へと流れていく。

 心の奥から安堵するような、深い甘さを備えていた。

 

 舌の上で痛みを感じる。

 辛い物を食べた時のような痛み

 これでは甘いのか辛いのかわからなくなるが

 じぶんは、一粒の涙を流した。

 

 ついに、死なずに食べることができたのだ


 「いよっしゃあああああああああああ!」


 大粒の涙を流しながら、吠えた!


 焼き林檎を思いきり頬張る。

 

 熱い、旨い、死なない!


 死なないで食べれることのなんと感動的なことだろうか!

 生前なら感じることのない喜びを、自分はひしひしと感じていた。


 身体の奥で、ほくほくとした熱を感じる。

 初めて火を使い、調理を行った原始の人類もこんな感動を覚えたのだろうか。


 などと考えているうちに、夜が迫る。


 そして自分は、凍えてまた死ぬのだった。



 何度目かの朝、自分はここを発つ事にした。

 幾多の炭と化したリンゴの残滓、黒ずんだコケたちを足元に備えたあの林檎の木。

 

 いや、林檎師匠。


 お世話になりました!

 自分はペコリ、と頭を下げて森の奥へと進み始めた。


 林檎の木から出たリスたちは、その狼の背を、じっと見続けるのであった。


 

 森の奥へと進む。

 方位磁石も、地図もない自分にとってこのうっそうとした森を抜けるのは至難の技であった。

 火山での時のように、高い場所から見下ろすことができればまだ打開策の一つもあろうものだが、ここに茂る樹木たちは一つとしてあの山より高いものは当たり前だがない。


 それでも自分は進む。

 当てもなく、進み続ける。

 実を言えば、思い当たる節があるのだ。

 この森林地帯が寒冷地の生態を持ちえるというのならその原因の一旦はもれなくあの異世界式過冷却水にある。

 どう見ても自然の産物とは思えないあれ

 あれを基準にこの自然が作られたのか

 あれが生み出された結果のこの自然なのか

 何であれ転換点はあの水壁である。


 焼き林檎を作り上げたことによる「食」への自信が、自分の思考に余裕を生む。

 その余裕が、思い当たる節を導く。


 つまり、あの異世界式過冷却水から離れれば離れるほど

 もっと言えば「自分にとって寒さを感じないほうへ」進み続ければ

 この森の外周部分に行きくことができるのではないか。という仮説だ。


 思い出すのは、あの火山の山頂から見た景色である。

 森や湖はあれど、「雪原」や「氷山」は見当たらなかった。


 つまり今の自分にとって入った瞬間即終了確定の即死エリアはしばらくない。

 それがないということは、この周囲一帯は異世界式過冷却水の冷たさ

 それを生み出す水源の冷たさがここを冷やしている。

 当たり前だがそれが直接露出した場所と

 大地の下から染み出す寒さでは、よりきつい寒さは圧倒的に前者だ。

 そしてそれを生み出しているのは、火山で見たあの湖。

 あそこだけには向かうべきではないだろう。

 そしておあつらえ向きに、自分の体は「寒さへ敏感」なのだ

 異世界式過冷却水並びにその湖へ最低限近づかないためには

 

 「ここより寒くない場所」を目指していけばいい。



 その結果、火山に逆戻りすることになったとしたらその時に考えよう。

 右も左もわからないなりに、自分はこの地獄への適応を始めていたのだった。



 大地を駆けるその生物は、白い体毛を持っていた。

 トン、トンと大地を飛ぶようにかけるその尾には鋭利な刃を持っている。


 自分はそれを目視できる範囲で、じっと身を潜めていた。

 足元には鈍剣

 まだまだ苔むした、水気を多く含んだこの大地を直接踏むことは叶わない。

 鈍剣を足元に敷き、自分の体内で火球を生み出しながら

 それを見ていた。


 自分は、「火」ないし「高熱を持つ物体」を生み出す力がある。

 それは紅蓮の炎であり、溶岩として生み出される。

 であるのなら

 自分の体内で炎ないし溶岩を生み出す事ができれば

 ホッカイロのごとく熱を帯び続けられるのではないだろうか。

 そう考えた。


 実践は容易だ。

 要は胃の腑が全部轟々と赤く煌めく溶岩や、燃え滾る紅蓮の炎になるようなイメージをすればいい。

 

 イメージした。


 前者ではわが身が瞬く間に熔解し、「自分自身が溶岩そのもの」となって大地に冷やされて死にかけ、自分自身を取り戻した時に凍えて結果死に至り

 後者では捻りもなく自分自身が破裂して死んだ。

 とくにこの場合、バラバラになって周辺に身体が散乱したことで個々の熱量が低下し、あわや全身石になってしまうところであった。


 やっぱり林檎師匠は偉大である。あそこでの努力がこんなところで実を結んだのだ。

 と自分自身感動を覚えて言える。

 「火」の歴史は人類の歴史、とはよく言ったものだ。

 より良き生活を送る上で「火」の扱いの重要性をしみじみ思い知っていた。


 今、自分の胃の中には「煌々と赤く熱を発する少量の火球の形をした溶岩」が存在している。

 物理的な胃もたれを引き起こすかと思いきや周囲に火球を生み出さなくても自分自身の熱量を確保することに成功している。

 火山での闘いでもこれでもかと溶岩が胃に流れていたので、思えばそこまで問題にはならなかったはずなのだ。加減ができなかっただけで。

 これができたことで、良いことがある。

 自分の覚醒度が低い、つまり眠っていたとしても熱源を確保できているということだ。

 溶岩は火とは違いそれ自体高熱を保持した「物体」である。

 物体である以上鈍剣と同様に自分自身の意思で消さない限りその場にとどまり続ける。

 その結果やっとこの森で死ぬことなく、ぐっすりと一夜を過ごすことができるようになったのだ。

 

 で、そんな自分が次に狙いを定めているのが、あのウサギ…ウサギのような殺意のこもった獣をターゲットにしているわけである。


 人間の欲望はとどまるところを知らない。

 林檎を食い、熟睡できることが解れば

 次は肉が喰いたくなったわけだ。

 

 イメージする。

 それは、一本の線。

 腹にたまった溶岩を熱で引き延ばす。

 可能な限り先端は尖らせつつも、横に広げる。

 鏃のような形を生み出す。

 反対側に貫通しないよう「返し」のような出っ張りをイメージすれば


 自分特製「銛」の出来上がりである。


 鈍剣を念動力じみた力で動かすように、同じくこの銛も自由に動かすことができた。

 それを構え、狙う。


 イメージする

 それは、引き絞った弦で弾くようなもの

 まっすぐ、空を切るほどの速度を持たせるイメージ

 流れを、生み出す。


 銛は弾けるように自分自身より飛びたち、ウサギもどきへ迫る。

 無機質の殺意を、それが感じ取る前に


 その身に深く食い込ませることができた!


 ウサギがしっかり動かなくなったのを確認してから、銛を消す。

 2本の鈍剣で道を作り、ウサギへと近づく。

 

 こいつは、不死身ではないのだろうか?

 少なくとも今はピクリとも動く様子はない。


 「まぁ、不死身の化け物があそこ以外でも普通にいたらいよいよこの世界どうなってるんだって話になるか」

 

 なんにせよ、今日はごちそうだ。


 ちなみに余談だが

 碌に血抜きもせず

 皮を剥ぐナイフも作れぬ自分は

 仕方がないので毛皮ごと丸焼きにしたためか

 ウサギを、たいして旨いと感じることはなかった。

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