表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

section1:地獄の沙汰も罪状次第。おいでませ地獄のような異世界へ①

初投稿となります。以後よろしく。

この作品は、以前投稿したものに自分なりの加筆・修正を加え、区切りの良いところで2分割したものです。

①は以前における前編の中ほどまでとなってます。

 自分が目を醒ました時、最初に感じたのは「熱さ」だった。

 風邪をひいて高熱を出した時のような内からせりあがる吐息を吐く。胃の腑へ沈殿した鈍い熱が口腔から吐き出される。


 あぁ、熱い。


 ゆっくりと起き上がろうとした時だ。

 その場に崩れ落ちる。まるで「最初からそうすることができない」ように体が思うように動かない。何かがおかしい。

 内に籠り続ける熱を吐き出そうと荒い息を上げる。あぁ、熱い。

その時、次に感じたのは岩肌を素手で触った時のようなごつごつとした感触。

 どうやら、自分は岩肌に直で寝そべっていたらしい。でも...ナゼ?


 ナゼ?ナゼ?

 ゆっくりと世界が自分に姿を現す。ベールをはがすように一枚づつ。じらすように脳が世界を認識し始める。


 なぜ?なぜ?

 回らない脳で思考を廻す。グラグラに揺れる止まりかけの独楽を逆再生するように思考 が巡り始める。


 何故?何故ここに?

 嗅覚に感じたのは強い刺激臭。硫黄特有のあのツンとした腐乱臭にも似た香り。

 視覚に感じたのは黒い岩肌。その所々が赤くなっている‥‥。


 赤く…赤く、赤熱している?


 瞬間、独楽がピンと立ちその思考が従来の速度を取りもどす。


 元来思案するのは苦手な部類ではあったが、これはあまりにも鈍すぎる!


 「……溶岩かよ!」

 前に見たきゅうりを見て飛びのく猫のような、我ながら感服の域に達した跳躍。はたから見れば滑稽にもほどがあるほどの見事な四つん這いで地面に腹から着地する。


 この岩肌に己の身を優しく受け止めてくれる包容力を期待することはできない。その剣山のような岩から当然の拒絶反応を受けてしまう。

 痛みにもんどりうったが、その許容可能な痛みが却って『頭にきた』様子であった。

 痛覚神経を刺激されたおかげで周囲の景色、状況、そして現在の把握に一役買った。

 信じられないことに、天をも貫かんとするほどの岩壁がそこにはあった。

 ついでに相当頭に来た。溶岩が。


 もんどりうった際に誤って岩から転げ、近くにあった赤い池に自ら落ちてしまった。

 我ながら阿保の極みである。

 地獄の血の池地獄も、相当の熱量だと聞きかじったが実際のところはこのレベルなのだろうか?と黄泉への特急旅行中でありながら、本当に我ながら暢気なことを想う。

 内からも外からも火が吹けそうな熱を感じながら、訝しむ。

 (……そろそろ、死んでもよいころなのでは?)

 当然自分は自殺志願者ではない。溶岩に驚いて飛びのいた結果、溶岩に頭から突っ込む類の間抜けではあるが。

 このまま全身隈なくローストされるのは御免だ。どういうわけか溶岩に落ちても死なない幸運(もしかしたら夢かも?と期待したがさっきの岩肌で感じた拒絶は夢では到底感じることのできない類のリアリティある痛みだった)を感じ這い上がろうと泳ぎを試みる。


 …できない。

 

 自分が金槌であるかどうかではなく。そもそも泳ごようとしても腕が伸びないのだ。腕も足も思うように開くことができない。というより肩と股関節が体感前寄りになっている気がする。そのうえ、異常なほどに関節の動きが悪い。まるで筋肉が全部骨になったかのように固く感じてしまう。

 クロ―ルはできない。平泳ぎとバタフライは論外。もがけば粘性の強い溶岩にいいように踊らされるだけでにっちもさっちもいかない。

 今にして思えば呼吸が出来ない状況であるにもかかわらず実に阿呆な問答を繰り広げた挙句芋虫のように身をよじりながらほうほうの体で行った犬搔き(のつもりだが、芋虫がうごめくような奇怪な動きになってる)で何とか這い出ることに成功した。

 よく見れば、30cm程の深みもない場所であった。それでもまとわりつく熱量と、しゅうしゅう音を立てる体が、リアリティをこえたリアルタイムで現実を伝えてくる。

 どぼり、という強粘性の物体が零れるような音とともにさっきの復讐とばかりに赤く岩を焼いた。

 

 「一体…何がどうなって………」


 ここで、自分が自然体になっていることに気が付いた。四つん這いだが。

 そう、『自分が思うところの四つん這いが自然体』なのだ。

 恐る恐る自分の手を見つめる。そこには5本の指が、あるにはあった。

 墨のような黒い体毛、滴る溶岩。手先を見た時、自身が持つ視覚情報から引き出された結論は………

「……犬?」


 -自分は、犬(ないしイヌ科)になっていた。-



 「…なにが」

 理解したがい状況が、濁流のように脳内で堰を切る。

 「…一体」

 許容しがたい現実が、竜巻のように思考の渦を巻く。


 「どういう状況だよ!これはあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 奇々怪々と迫る情報に許容限界を超えた感情が、侃々諤々と議論を続け暴動を起こした脳内で炸裂した「自分」は…。


 非常に、頭にキていた。




 狼の遠吠えのような咆哮を上げたものの、当然そこには人はおろか生物の「せ」の字も見当たらない。面影とすれば反骨心むき出しの岩肌と、全てを受け入れるほどの爛々と赤く燃えている溶岩が広がっているだけだ。

 何より、ここは火山の火口なのだろう。首の関節をすべて稼働させて見上げても視界の上にほんのり空の灰が見えるだけだ。当然これは火山灰なのでまさしく自分は今火口にいた。

 「…クソが」

 悪態をついたとしても誰も自分を卑下しないのは救いだが、そんな救いでは傷の手当すらできない。

 (なんとか、なんとかここから出ない事には何も始まらないわけか)

 そもそもなぜこのような状況に陥ったのか。

 まずはそこを思い出すことにした。


 そして、フフッと嘲う。


 「実に、実に皮肉だな」と。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 思い出せる限りのことを言えば、自分は「死んだ」事は確かである。

 今のアニメにある流行の一つであろう「異世界転生」モノのように、自分もそうなったのだろう。というのが正直な感想だ。

 きわめて主観的な視点で、自分はよく言えば平穏。悪く言えば「つまらない」人生を送ってきた。

 何をするわけでもなく、偶発的に起こる社会的イベントを流動的にこなしただけだった。

 恋をするわけでもなく、昇進を志したり、何かを成そう、創ろう、作ろう、とも考えなかった。自分の人生ながらレーン作業のように日々を過ごすだけ。

 多分、刺身にタンポポを添える仕事の方がまだ創意工夫を凝らす点でおいて自分の人生より有意義であろうか。

 いい人でもなかった。小さいころに小金欲しさに親の財布から幾つか紙幣をすり取ったことがある。あの時は殺されるかと思うくらい怒られた。些細な仕事のミスはみなかったことにしてきたし、そのせいで誰かが叱責を受けていたとしても見て見ぬふりをしていた。

 そんな自分が行った良いことといえば、誰にも迷惑をかけることなく一人で死んだことだ。仕事終わりに部屋で強烈な頭痛に襲われたところまでは覚えている。まぁ、結局誰かの迷惑にはなっているのだろうが、それを仕事にしている人間の必要性に一役買っていると前向きに考えることとした。


 そんな自分が次に覚えているのは

 地獄だった。

 そう、所謂ところの地獄。悪いことをした人が死んだ後行く所と祖父母に寺で見せられた絵にもあるあの地獄である。

 神も仏にも祭事以外で手を合わせることをした覚えがない自分だが『形式上』仏教徒であったがためであるらしい。三途の川を渡る向こうで空を飛ぶ木造船をみたが、あれは「エジプトさん家の船」らしい。

 ラーか、オシリスでも乗ってんのか?


 右で業火迸る谷へと堕ちていく人間を

 左で同じような谷にかかった橋を前にたむろする人間を


 そして目も前に見える御殿を前に並べられた自分らはその順番を待つこととなった。

 その時小耳にはさんだことだが。


 どうやら『地獄』というのは一つの共有された世界である。ということだ。

 人間がイメージしたり広めた所謂「地獄観」というものは実は輪廻転生が許された者たちの脳内にこびりついていた視覚情報が投影されているのだという。橋を回るのを待つアラブ系の小太りなオッサンたちが話していた内容をはじめ、まとめると上記のようになる。

 道理で地獄の方が鮮明なイメージなわけだ。『天国』に逝った奴らと比べるのもあれだが、恐怖の方がよりイメージに残りやすいものだ。

 

 日本式の御殿を護る赤鬼、蒼鬼、ケルベロスの視線を受け建物に入るとそこには10人(10柱?)程席に座り、それぞれが相談したり、自前の道具を用いて次々と人々を裁いていた。


 そんな中、自分は妙な感覚を覚えていた。白けているのだ。

 諦めや、達観の類であるそれは自分にある事実を突きつけられているように感じていることが大きいのだろう。

 人が『天国や極楽』に逝くとき、天から使者がやってくる。 

 つまり、ここにいる地点で自分は地獄に落ちることがおおよそ決まってしまっているという事につながる。まぁ、自分は「いい人間」ではなかったのだ。当然といえば当然である。

 次は畜生にでも生まれ変わるのがいいところであろうか。羽虫の類を殺すのに罪悪感はあまり感じなかったので諸々込みで落ちるところまで落ちても大叫喚地獄までだろうか?ぜいたくを言うのなら修羅道は御免だ。喧嘩はそこまで強くない。

 (……出来ることならば、いや。これはもう遅いか)


 などと一人寂しく思案にふける間に今度は自分の番が回ってきた。

 四十九日が正しければまぁそこまで時間はかからないだろう。


 等と内心嘯いていたのだが。そこからしばらくして。

 

 目の前の裁判官が唸り声をあげている。何故だ?

 誇ることではないが自分はここにいる地点でまぁまぁ地獄落ちだろ。何を悩んでるんだこいつは。

 その思考を見破ったのか裁判官はこちらをぎろりと睨む。魂に刻まれた恐怖心が「やめておけ」と震え声を上げる。

 そうはいってもかれこれ体感30分もこの状態なのである。たしかに並んでいる間にもそれなりに悩む奴もいたようではあるがそれにしても長い。

 挙句近くの裁判官たちも手が空いたときに様子を見にやってきては相談を始めてしまった。俺のせいで現世でしばらく誰も死ななくなっても知らねぇぞ。


 そんな折、あからさまに閻魔大王している姿の男に

 「こちらへ来い」と命じられた。

 そちらでやってくると伝承もかくや、隣においてある鏡に映るのは自分の過去の行いの一切である。


 親から金を盗んだとき、しこたまどやされた思い出。親父のビンタが強烈すぎて鼻血を出している自分が映っていた。そこから数か月お小遣い抜きで家事の無賃労働が続いた。

 あの時の思い出は今でも覚えている。心の底から恐怖したからだ。

 それ以降自分は人の金を無心することはなくなった。


 自分のミスで誰かが叱責されているのを見て見ぬふりをした時だ。皆口々に「あの人がやったのにかわいそう」と陰口をたたいている。だがその陰口をたたいた連中が犯した小さなミスを、今叱責されている部下がやらかす直前だった際も誰にも言わずに手を打っていたのも自分だった。無意識にではあるがとっさにやってしまっていたのだ。叱責されている当人からすれば「知るかそんなこと」ではあろうが。


  自分が犯した、過去の罪。それを反省し、意識的か無意識かを問わず自分がやってきた小さな功績。

 羽虫を殺す事に罪の意識はない。とは言ったが誰の目にも止まっていない小さな蜘蛛は

殺さずに放って置いたりもしたし、殺すときには無意識に「すまない」と言っていた。

 ちなみに見た目な好きな容姿をしていた女性に手も口も出さなかったのは単純に自分がヘタレであるからである。畜生。


 これがお前だ。とつきつけられたがいまいちピンとこない。


 自分は無謀にも今の状況を説明するよう、閻魔大王に丁寧にお願いしてみることにした。


 「自分は今、どのような状況に置かれているのですか?」と。


 閻魔大王はこちらをぎろり、とにらみつけると


 ため息をついた。

 曰く、自分の人生における「善行」と「悪行」が。奇妙なほどに釣り合ってしまっているのだという。

 鏡に出した事実のすべてを「地獄的に」分類した場合、自分の人生は善悪がぴったりと釣り合ってしまっているのだという。


 地獄に行くにはイイ人であり

 極楽浄土へ連れていくにはクズ。


 ということらしい。

 ちなみに自分のこの自嘲的な性格は地獄的にはマイナス評価らしい。そんなのは死ぬ前に教えてほしかった。

 ともかく、地獄でもなかなかお目にかかれない「レアケース」として審議が行われているのだという。


 最も、全員一致で「極楽浄土はない」とのことだ。


 今挙げられている候補としては、等活地獄に従来の半分程度で送り畜生道へ転生させるというもの。

 辺獄へ赴かせそちらで罪を清めるというもの。

 ルシファーに3回かみ殺させるというもの。

 ケルベロスの世話を100年

 etcetc。


 今更ながら何でケルベロスが地獄道にいるのかとも思ったがアラブなおっちゃんたちの話を聞いていたためすぐに疑問も解消は…されるわけないだろ。違和感しかないわ。


 議論に花が咲き…咲き誇りすぎて無限の花園が形成されかかっていた時のことだ。

 らちが明かないと誰かが言い始めた。そうだね。

 この地獄ではこの釣り合った功罪を裁くことは非常に難しい。正しく罪人ではあるが裁くほどの「軽い」刑罰がここにはない。というのだ。

 そこのオーバーワーク気味な閻魔大王の肩もみとかどうでしょう?

 という陳腐な思考は瞬時に彼らの批判と怒りのまなざしを買うこととなった。言葉は売ってないよ?

 

 しかしてそこに、光明が差した。


 地獄の御殿を貫く眼を潰さんとする程に強烈な閃光が、物理的に自分たちの眼前に突き刺さったのだ。

 そこに現れたのは、なるほどと思わずにはいられない御人…御柱である。

 最もこの時、自分は完全に目がつぶれてしまいその場に崩れてしまってしまったが。


 それでも腰に布を巻き、その蓄えられた髭から想像できる年齢とおおよそ釣り合わない逞しい体躯。ぼんやりと滲んだ視界でも視認できる雷光を迸らせるその男の背だけで、ある程度の予想はついた。


 「これは、これは。天上の主神様が御光臨されるとは」


 と誰かが皮肉交じりに言葉を投げかける。お前絶対ハデスだろ。ケルベロスの世話100年を提案していた時から想っていた感情を心の中でぶちまける。

 内心の愚痴をこぼし終わった時、心を支配したのは空虚な感情である。具体的には意識が遠のいていた。そこでどんな話が成されたのかを聞くことは叶わなかった。

 だが、自分にはわかる。


 -絶対、碌な目に這わない-


 それは確かであろうということだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ