82.
やがて光が治まると、ないはずの男が立っていた。無愛のやろうとしていたことが行われたのならば、男の姿は消え、無愛の身体は男のものとなるはずだった。しかし、そこには男に抱えられている無愛の姿がある。
「身体はいらん。持っていけ」
「あ?」
「幼子から全てを奪うほど落ちてはいない。器としての能力は回収した。今後この地でメノウが生まれてくることはない」
警戒するのは仕方がない。何をするかも分からない相手に近づくほど無用心ではない。動かないのを理解し、男は無愛をゆっくりと地面に降ろし、後退する。
敵意がないことを確認して、影夜が近寄り無愛を抱えた。息はしている。端から見れば、眠っているだけのように見える。
「能力を奪った影響で記憶に問題が生じる場合がある。能力は器としてのものを奪っただけだから支障はないはずだ」
「おや、まさか我々には挨拶なしで消えるおつもりで?」
ずっと見守っていたルシファーが口を開く。
「お前たちはここに留まるだろう?」
「誰もそんなこと言っていませんよ。残るのはこの二人です。私たちはついていきますよ」
既に人間として生きている信樹と一樹は留まる。自分の居場所もあれば、友もいる。今後無愛が目を覚まし、慣れていくにも知っている人物が多くいた方がいいだろう。対してルシファーとミカエルはこれまで人間と関わらずに生きてきた。ここに留まる理由もない。
「何より、あなたたちだけでは大変そうですからね。それに、私が仕えると決めた王はあなただけですよ」
無愛たちといたのはあくまでも男を見つけるため。目的が同じ人物であるのだから、協力する方がいい。
「ではでは、皆様お元気で」
「……すまなかったな」
あっけなく、なんとも簡単に終わった。メノウはこれで出現することがなくなり、被害も消える。対メノウとして作られた軍もなくなる。
ここに至るまでの死はあまりに多かった。こうして終わらせたのは、かつて人々が恐れた少女だった。人々にとっては恐怖の象徴であったが、平和のために自身を犠牲にすることを厭わない。
「……ぐっすり寝ちゃって。この子は」
問題はまだある。メノウは消えても、このまま無愛が目を覚まさなければ意味はない。詠斗のことや、信樹たちをメノウから人間にするなど、やることはまだたくさんあった。




