55.
青海たちからかなりの距離を移動した慧斗と信樹は戦うことはせず、話をしていた。無論、いつでも攻撃できるようにだが。
「この戦いから降りろ【慧月】」
「何故ですか。まさか、情けをかけているなどとは言いませんよね」
「かつての同胞の命が散る様を見たくはない」
慧斗も信樹も戦闘向きの能力であるとは言えない。殺傷能力こそあるものの、扱いが難しいため、【月】の中でもこの二人は力でねじ伏せるのではなく、巧みな話術により相手を自分の意のままに操り、ねじ伏せてきた。
「戦闘向きではなくとも、あなたとは何度も手合わせして実力は承知の上だと思っていましたが、ついにボケましたか」
「実力どうこうの話ではない。奴らの目的は【月】の殲滅と姫の目覚め。既に数人【月】が逝った」
「そんなことを言われても、信用できるはずが」
「死んだのは【双月】と【喜月】だ」
信用できない。けれども、信樹がこのような冗談を言うはずがないことを慧斗はよく分かっている。無愛はこのような冗談を酷く嫌い、昔とある人物が不用意に無愛にこの手の冗談を言ったがためにあと一歩で三途の川を渡るところまでいった。それ以来、【月】は例え無愛のいない場であろうともこのような冗談は言わない。
「【双月】はまだ分かります。あの二人は人を嫌っていた。けれど【喜月】は我々の中で珍しく人と友好的で理解もしていた」
では何故【喜月】は死んだ。簡単なことだ。メノウに殺られた。そうでないとするのなら、人間は無抵抗であったのだろう【喜月】を殺したことになる。慧斗自身、何十年も人間の社会に溶け込み生きてきた。その中で、確かに感じられた人の温かさを否定したくはない。
「気を付けろ。人はもはや、百年前とは違う。奴らは【月】を殲滅するためにメノウすら利用する」
「……メノウ失踪事件のことを言っているのですか」
「人工的なモノだと分かっているだろう」
分かってはいた。青海と笙人、そして慧斗には影夜から「【信月】が関係しているかもしれない」と伝えられていた。けれど無愛が信樹を傍に置いている時点でその可能性はなくなり、【月】が死んでいるということからこれは【月】への宣戦布告とも取れる。
「あなたたちの見解は」
「……そちらに裏切り者があり、それが姫を貶めた」
いる、ではなくある。信樹の考えなのか、無愛たち全員のなのかは定かではないが、少なくとも信樹は軍内部にいる裏切り者は生きている存在ではないと睨んでいるということだろう。
「昔、一人の少女がいた。それは傍らに男を控え、その力を行使し第三勢力として名を馳せた」
「姫のことでしょう。それがなんだと」
「そんな少女と男の元に、三人の男が集った」
それは、慧斗は知らないこと。
メノウ研究所から逃げ出し、生きるためにメノウを屠り、攻撃してこようとする人間を殺し、いつからか【死月の災厄】と呼ばれるようになった少女の、【月】となる前の話。
「少女の元西集った者のうち、二人は化け物だった。本来の力を見れば、誰もが忌諱するだろうおぞましいモノだった。故に力を封じ、そのときを待った」
「……!!」
「油断するからだ。安心しろ。殺しはしない」
信樹の後ろに現れた巨大なナニカに、慧斗は吹き飛ばされ、頭を打つ。信樹はつまらなそうに慧斗を見やり、一言発する。
「───────」
(……そういう、ことですか)
その言葉を聞いて、慧斗は意識を手放した。そんな慧斗を信樹は軽々と持ち上げ、ナニカに失せるように命ずる。
「……まだあちらはやっているか」
向かうは無愛たちの元。慧斗のこの状態を見れば、いくら青海たちだろうと引かざるを得ないだろうと踏んでのことだった。




