37.
無愛には、影夜の夢を邪魔しているという後ろめたさがあった。だからこそ、今度はしっかりと人間に馴染み、自分を優先してほしいと思っている。
「………だから、殺さないって?」
遙翔はこのとき、心底無愛に、【死月の災厄】に絶望した。
ここまで圧倒的な力を持ちながら、その力を使うつもりはないと言っているのと同義である。研究対象である【死月の災厄】が、たった十数年、人間の中に溶け込んでいただけでこんなにも人間に絆され、残虐性を失ったなど信じたくもない。
「【死月の災厄】は畏怖の対象。だと言うのに、約束だの夢だのと……」
「……」
遙翔の纏う空気が先ほどとは違う異質なモノに変化したことを察知し、無愛は進めていた足を止める。
「メノウ失踪事件」
「…それが、何」
不気味な笑顔を見せる遙翔に、無愛は一つの可能性を見つける。
あり得ない。けれど、それを可能にする能力が、目の前に存在する。
「生け捕りにしろ」
「!!」
遙翔の声に呼応して突如現れる十数体のメノウ。
目撃され、即座に行方を眩ましたメノウと一致する。
「遙翔が、犯人…」
考えれば分かることだ。
軍内部の人間。それに加えて、メノウの発生報告を聞いて、その場に自分が移動しなくとも能力を使用すればメノウを捕獲することは容易であろう能力。
「警報が鳴って増援が来たら俺の負け。警報が鳴らずに倒せたら俺の勝ちだ」
警報が鳴らないのを見るに、ここは細工がされている。味方が来るとは思えない。
昔のように、隣には誰もおらず、いるのは敵のみ。
無愛の中で、昔の、かつての【死月の災厄】としての本能が、無愛に告げる。
「遙翔を生かしてはおけない」と。
バレれば殺されるということはないだろうが、罪を償うため、収監されるだろう。それでも、能力を永遠に使えなくするような能力は今のところ確認されていない。遙翔の能力であれば、脱獄など容易なのだ。
「……」
殺さないなどと甘い考えでいれば殺される可能性が高い。それでも、どうしてもその約束が無愛の動きを鈍らせる。
「………すごいな」
遙翔が出したメノウを、四分で撃破。
中には、一体で街一つを赤子の手をひねるように破壊する力を持つとされるメノウもいた。
「それがメノウの王たる器の力? それとも【死月の災厄】の力なのか?」
「……私は、天月無愛」
「人から逸脱した力はどうやってその身体に内包されてる?」
「もう、【死月の災厄】はいない」
「情報不足だったな。もっと知ってからやるべきだったか」
「いつまでも、アレに囚われるのは愚かだ」
少し興奮気味に独り言を呟く遙翔と、そんな遙翔に冷酷な目を向ける無愛。
「これだから能力は嫌なんだ」
人から逸脱した力は、やがて持ち主を歪める。それを知っているからこそ、無愛は能力というモノを好きになれない。
「持つものじゃないよ。力なんて」
………アハハ。
「マジお前何回やるんだよ」
なんでだろねぇ。




