お考えに同意致します
「やあ、ロザリア嬢」
「アレクシス殿下……」
「ちょっと話さないか?」
殿下は木陰のベンチを指さした。
そして側近の方達3人に何かを言って遠ざける。近くに誰かを寄せないための見張りらしい。
もちろん素直に従う。
「君とちゃんと話すのはこれが初めてだね」
「はい」
「聞いたよ。光属性魔法に目覚めたそうだね」
「はい。一応」
答えた私は緊張と興奮で舞い上がっていた。
別に浮かれている訳ではない。
雲の上で縁のない筈の方と相対しているという事実に、である。
「正直に言おう。僕は今回の事態に戸惑っている」
「? 殿下がですか?」
「ああ。君も知っているだろう? 『聖女の家格規約』を」
「はい。貴族の聖女には王家入りの可能性があるとか」
「そう、それだ」
殿下は軽くため息をついた。
私自身はその事を別に意識してなかったけど何か誤解されているのだろうか。
「君は知っているか? そのルールが最近ではいつ採用されたか」
「はい」
あれから自分も気になって調べてみたのだ。
私の答えに殿下も頷く。
「そう。私の高祖母が最後だ」
殿下のお母さんのお母さんのお母さんのお母さんである。
要するにかなり昔の事だ。
調べて知ったのだが実はこの方も伯爵家の出身で平民の血が混じっていたという。
自国の歴史の授業は必須なのによく知らなかったのは私の不勉強のたまものである。
(そうと知っていれば対処の仕方も……無いわね)
出来るのはせいぜい気構えくらいだ。
「聖女が重要視された当時は戦争もあったりまだ色々と動乱の時代だった。
政情も落ち着いている現代では正直こんなルールに意味が無いと思っている」
「……」
「王族と生まれたからには自分の意志とかかわりなく結婚しなくてはならないのは分かっている。
しかし兄上の子供が生まれた今、第二王子の私が従う意味は無いと思っているんだ。
寧ろ余計な事に過ぎないとね」
(もしかして遠回しに私にその気にならないで欲しいって言ってるのかしら)
いわれるまでもない。
ルールはともかく私が殿下の立場でも私と婚約などしたくない。
飛び切りの美女や才女が選び放題な立場なのに私を選ぶなんて。
尤も大体こちらだってそんなこと望んだ事は一度もない。
私は身の程を知っている。
貴族になったら次はいきなり王子妃の候補なんて冗談じゃない。
そもそもまともな貴族令嬢としてやっていく自信すらないのに。
それに私も少々がさつとはいえ女だ。男女間の事には多少は嗅覚が利く。
殿下の話は色々と耳に入るし関係を噂されている令嬢も数人いる。
何でもずっと心に秘めた女性がいるという噂だ。誰かは特定されていないけど。
答え様もなく黙っている私に殿下は続ける。
「王太子である兄上が子を儲けた時点でこの国の王位は安泰だ。
なのに代替え品の役目をすでに終えた私が余計な栄誉を得るのは多少なりとも兄上の脅威になりかねない。
王家に無用な争いの種をまく必要もない」
(成程、そういう考えもあるのね)
さすが権力の座にいる王家の考えは別次元だ。
庶民の男女の色恋沙汰とは考え方の次元が違う。
こういうのを聞くと私なんかが王家入りなんてますます冗談にしか思えない。
「それに聖女自身の気持ちを考えた場合もね。聖女は代々貴族以外の血を引く者が多い。
君はどうか分からないが強いられる結婚に達観できるものは少ないかもしれない。
聖女になった者に既に思い人がいたら王家に嫁ぐ事は聖女にとっては悲劇だろう?」
「それはそうですが、名誉と思うのが大半では?」
少数派の私はそう答えた。
それにしても殿下の話は政略結婚が当たり前の王族にしては似つかわしくない言葉だ。
そう思っているとその通りの答えが返って来た。
「王族でこんな事を考えるのは少し変わっているかもしれないけどね」
「……」
「そういう訳で私は……少なくとも私自身には、聖女だからといって王族と強制的に婚姻を結ぶ事がいいとも思えないんだ。
あ、別に君自身に問題があるという訳ではない。
ただ王子妃候補となる君には一応私の考えを伝えておこうと思ってね」
そう言って黙る殿下の秀麗な横顔を私は見つめた。
(ふぅん、ずいぶんと誠実なお考えをするお方なのね……)
まぁ私ごときが婚約者候補の一人なのが嫌な気持ちもあるかもしれないけど。
とにかく、殿下ご自身が『聖女の家格規約』に納得してないのは分かった。
「色々とお心の内をお話し下さいまして恐縮です。私も正直に申し上げます」
そう前置きしてから頭の片隅のうるさいお父様を無視して話し始める。
「私も殿下のお考えに賛同致します。私個人も正直申せばそのルールについて同意しかねます」
「そうなのかい?」
「はい。御存じだと思いますが私、生粋の貴族令嬢という訳では無いので大それた考えは持っていないんです。
生粋の貴族として育ってきた方々と比べてその立場にふさわしいとは思えません。それに……」
殿下は私の正直な物言いに驚いている様だった。
「正直私、自分が光魔力持ちになったという事だけで一杯一杯なのです。
王家入りの可能性ありなんてとても荷が重すぎるというのが正直な所です」
「なるほど」
「殿下にしろ私にしろ自分以外の力で物事が決まる事が多い様ですが未来は確定していません」
実際、私は希少とはいえまだ単なる聖女候補にすぎない。
そこから更に認定を受けた極少ない聖女ではないのだ。
お父様は既に私が聖女になると決めてかかっている。
面と向かって「伯爵家の未来はまだ安泰じゃないです」と私の口から言えないだけだ。
「そうか、君の考えは分かった」
そう言ってベンチから立ち上がると殿下は私に手を差し出した。
どういう意味なのかと量りかねて殿下を見つめる。
「聖女の修業は厳しいと聞く。頑張って」
「ありがとうございます」
素直にそう答えて私は殿下とがっちり握手した。
男同士ならともかく王子と令嬢の絵面としてはかなり微妙な感じがする。
『聖女の家格規約』反対する同士という意味かもしれない。
(本当、修業は厳しいらしいしとても王子妃候補なんて事考える余裕はないわ。ご飯も質素だって噂だしね。
舌だけ肥えた元食堂の娘として寧ろこっちが大問題よ)
この本音までは伝えなかった。意地汚いと流石に私も思ったから。