転校前日
商業ギルドでは庶民に人気の宝くじという物を取り扱っている。
庶民から金をかき集めて当たりをつかんだ数人に還元するというものだ。
ギルドにとっては手数料という小遣い稼ぎにもなり宣伝にもなる。
庶民にとっても人気がある催しであり、私も平民であった時に買った一人だ。
以前、宝くじに当選した人の話を何かの機会に聞いたことがある。
その人曰く、買ったらそのまま忘れていたとの事だ。
欲望むき出しで無かったのが良かったのかもしれないと話していたのが印象深い。
確かに私には聖女になりたいなどという欲は全くなかった。
だがどうせ当たるなら宝くじのほうが良かったというのが私の偽ざる気持ちだ。
光栄な話も度がすぎると一周回って戸惑う様な事になる。
聖女の力である光魔法を授かってから私の人生の行き先は唐突に定まった。
私は王立学園最後の登校日に友人達へ不安な心境を漏らしていた。
「いよいよ明日からなのね」
「ええ」
「準備はもういいの?」
「準備も何も……身一つで来いって言われているわ」
「「えっ?」」
私の言葉にマリーナとスサンナが顔を見合わせて驚く。
「『聖者は清貧を貴しと為す』という事ね」
「噂は本当だったんだ」
「そうみたい」
何も準備するなという言葉を聞いて楽だとは思わない。
寧ろどんな地獄の生活が待っているのか恐ろしい。
「お父様のシモンズ伯爵様はどんな感じなの?」
「それはもう、凄かったわよ……」
私が光属性魔法を授かったあの日、知らせを受け取った父は使者の前で文字通り飛び上がったらしい。
急遽学園にやって来た父の顔はうれし涙で既にぐちょぐちょになっていた。
跡継ぎ云々以前に聖女の生家になれば伯爵家はまず安泰という歓喜の涙だ。
実はお父様の方でも私という娘の存在を有力貴族に売り込んでいるのは知っていた。
一応これでも伯爵家の跡取りだから相手は誰でもいいという訳ではない。
しかし存在を抹消されていた私はいきなりどこかから湧いてきた様な娘である。
目ぼしい有力貴族の子息は既に幼少期から婚約者かそれに近い相手がそばにいるので難しい。
だが今回の件で婿探しの苦労はおそらく無くなる訳だった。
貴族出身聖女の実家を国がやすやすと取り潰す訳にはいかないだろうから。
どんな形に収まるかはわからないけど。
授業免除になったので一緒に屋敷に帰ったがその日一日、父の涙が枯れる事は無かった。
多分あの一日で水分が抜けて体重がかなり減ったはずだ。
だらしない中年太りの体型だったが少しスリムになるのはいい事だ。
「あのお父様の喜び様を見て引いちゃったからかえって冷静になれたわ」
「ぷっ」
「あはは。でも今更だけど、本当に大変な事になったわね」
「そうなのよねぇ」
しみじみと心から同意する。
「与えられた力には感謝すべきなのでしょうけど……」
何か納得できないけどこれも何か意味がある事なのかもしれない。
先日からそう思って自分を無理やり納得させているところである。
「ま、でも決まったからには頑張るわ」
「頑張ってね」
「向こうに行っても会う機会があるでしょうから、またね」
「ええ。じゃあ、また」
二人と別れた私は王都から見える大霊峰を見つめた。
これから私が住み込みで通う王立聖教会学園(通称「聖女学園」)は大霊峰の麓にある。
王都から馬車で一日近くかかる距離であり城下町からは遠い。
普通の生活圏と切り離されているので大きい修道院といっていい。
(でも、ある意味この方がいいのかもしれないわ)
なぜならどうやら私は王子妃の有力な候補の一人となってしまったからである。
王子妃になる為に美貌と教養をひたすら磨いて来た令嬢達の間にいきなり平民出戻りの伯爵令嬢が周回遅れで割り込んだ訳だ。
今の私は妬み嫉みの対象になりつつあり、同じ学園に居る他の王子妃候補達とのいらぬ神経戦が始まってしまう可能性があった。
さっきの会話では出てこなかったけど二人共知っていて黙ってくれていたと思う。
そんな事を思って霊峰を見て佇む私に声を掛けてきた者がいた。
当事者の第二王子、アレクシス殿下だった。