魔術師は我慢を止めた
「すまない我が友。城制圧してしまった。」
「このバカ!」
人払いをすでに済ませた部屋には2人だけ。
1人はこの国の王。
もう1人はその王専属の魔術師。
魔術師の発言に王は絶叫する。
「何回も言っただろ騒ぎを起こすなって!」
「まだ騒ぎになってはいないさ。何せ他の国の使者達は丁重に軟禁しているからね。」
「そういう問題ではなく! いや乱暴にしなかっただけましだけども!」
「そしてすぐに転移の魔術で帰ったからまだ情報は漏れていない。」
「だからそういう問題ではなく!」
魔術師の話を聞いていく内に王の顔色はどんどん悪くなっていき頭を抱える。
「もう、もう。何があったか話せ。」
それでも王は何とか冷静になろうとした。
学生時代からの付き合いである魔術師に散々振り回されてきた王はある程度慣れていた為だ。
「聞いてくれよあいつら酷いんだ。」
そんな王に構わず魔術師は椅子に座りつい先程の出来事を話し始めた。
◆◇◆◇◆
魔術師は外交でとある国のパーティに参加していた。
本来であれば外交が得意な人材に任せるべきなのだが、今回は事情がある。
魔術師が訪れた国は周囲からはあまり評判は良くない。むしろ悪い。周辺の国家にちょっかいを出したり割の合わない取引を持ちかけてきたりと色々とやらかしている。
多方面から恨まれ疎ましく思われているが、領土や人材が豊富な為迂闊に手は出せない。真正面から争えば大きく消耗するのが目に見えている為他国はなるべく穏便に被害を最小限になるよう立ち回っている。
魔術師がこうしてパーティに出席しているのは不穏な話が絶えない国に大切な臣下を送り込みたくなかった王がどのような場面に出会してもすぐに対応できて尚且つ無傷で帰れる魔術師をパーティに出席させた。
王から何回も騒ぎは起こさない、なるべく魔術を使わないように言い聞かせられている為魔術師は出来る限り王の言いつけを守ろうとした。
だからこちらを値踏みする視線を向けられても魔術師は気にしないようにし、怪しげな話を持ちかけられても上手くかわした。
やれば出来るじゃんと自分を励ましながら魔術師は作り笑いを浮かべて外交の仕事を頑張った。
挨拶を終えようやく一息つけた時、魔術師はとある集団を見つけた。
1人の令嬢を取り囲んだ数人の令嬢と同い年くらいの男女。囲んでいる者達の顔は嘲笑であり令嬢に何かを言っている。その度に令嬢は顔を俯かせ顔色を悪くする。
魔術師のいる場所からでは何を言っているのかは聞き取れないが、令嬢の悪口を言っているのだろうと見て分かった。
近くにいる大人達は令嬢を助けない。見て見ぬ振りをする者もいれば同じように令嬢に向けて嘲笑を浮かべている。
魔術師としては見ていて気分の良いものではないが、令嬢は他国の者であり他人だ。無闇に首を突っ込んで騒ぎを起こすわけにはいかないと自分に言い聞かせる。
何度目かの早く帰りたいと思った時、パーティ会場の大きな扉が勢いよく開かれる。パーティの参加者が扉の方に視線を向けるとそこにいたのは見た目は麗しい令息。パーティに参加していて多くの若い女性が令息に見惚れていた。
しかし令息はある方へ視線を向けると一気に険しい表情になった。先ほど数人の同年代の者達に囲まれていたあの令嬢の方だ。令息が来る直前でもまだ囲まれていた。が、次の瞬間には令嬢の姿が消える。驚いた様子で令嬢を囲んでいた者達はきょろきょろと周辺を見回す。
「へー。若いのに凄いな。」
令嬢の行方と移動方法を真っ先に見抜いた魔術師は感心したように誰にも気づかれないくらいの小声で独り言を呟く。
令嬢は令息の腕の中にいて肩を抱き寄せられている。いつの間にか自分の場所が変わっている事に令嬢は驚いている様子だ。
転移魔術だ。
高度な魔術の1つである対象を移動させる魔術を令息はいとも簡単に実行した。
令息は自分のそばに寄せた令嬢に嬉しそうな笑みを浮かべて何かを言っている。話の内容は魔術師には聞こえないが何が起きているのか分からず呆けている令嬢の表情は見えていた。
令息の登場により急展開を見せる。
主催者である王族達と令息の口から語られる令息や令嬢の正体。王族の愚行の数々。高貴な令嬢が一方的に虐げられている理由。
パーティの参加者達が興味深そうに話を聞いている中、魔術師は興味なさそうにしていた。いや、興味が無かった。自分には関係の無い話だと早々に聞き耳を止め明日の予定の事を考えていた。
「ん?」
話早く終わらないかなと魔術師が思った時、令息の雰囲気が一変する。何事かと思い今度は聞き耳を立てると、どうやらこの国の王族や貴族達が令嬢にしてきた事に憤慨した令息が独立を宣言した。さらに報復として強力で攻撃的な魔術をパーティ参加者全員にぶつけようとしてきた。
「いやそれは駄目でしょ。」
王族を含めたパーティの参加者達が令息の威圧感と魔術の力に怯えて動けずにいた時、魔術師は令息の魔術を無効化させた。
発動直前の魔術を無くされた令息はすぐにその原因である魔術師に気付き睨みつけてくる。何かを言っている様子だが距離がある為魔術師には断片的にしか言葉を拾えない。かろうじて何故邪魔をするのかと言われているのは分かったので魔術師は魔術を使って令息に声を届ける。
「私には関係の無い話だ。そういうのは私が帰った後にしてくれ。」
仕事として渋々やって来たのに危害を加えられそうになった事に魔術師は不機嫌になりながらも何とか魔術師なりに穏便に済ませようとした。魔術師が令息を少し落ち着かせようと再び声を届ける魔術を使おうとした時、令息は魔術師に向かって攻撃魔術を放った。
「おいおい。」
魔術師は当たれば致命傷になる強力な魔術をあっさりと無効化させた後、令息を転移魔術で令嬢から引き離した後に近くの壁に磔にする。魔術で手足を固定化させ喋れなくし魔術が使えないよう簡易的な封印を施す。
あまりの早業に自分が何をされたのか分からない令息は何とか動かせる目を忙しなく動かして何とか状況を把握した。そしてすぐに拘束から抜け出そうとしたが、強力な魔術を使える令息であろうも自他共に認めている天才の魔術師の魔術から抜け出せなかった。
「やっべ。」
つい魔術を使ってしまい自分の王の言いつけを破ってしまった事に焦りを感じる魔術師。でもすぐに正当防衛だからいっかと自分で自分を納得させた。
パーティの参加者達は魔術師が令息を拘束したと気づいた瞬間、歓声を上げて魔術師を称えた。王族達も例外なく魔術師を褒め称える。
魔術師はその声を煩わしく感じ、これすぐに帰るのは大変だなと考えながらも王族達に許可をとった上で発言をする。
「騒ぎを起こして大変申し訳ありません。後日お詫びをする為一足先に母国へと帰らせていただきたい。」
さっさと帰りたい魔術師はそう言うが、王族達は引き留めようとする。令息の事を口止めしたいのかと魔術師は思ったが、話を聞いてそれは違うと分かった。
王族達は優秀な力を見せた魔術師を引き抜こうとしている。
予想以上に面倒な事になったと魔術師は思いながら何とか穏便に事を済ませようとした時、王族達は魔術師にある事を言った。
魔術師の王を貶めた。
「…は?」
他者を見下す事が日常の王族達は魔術師の王を見下した発言をした後に王族達に仕えた方が良いと話す。これで魔術師はこちらに仕えると王族達が思った時、王族達全員壁に磔にされて拘束される。
何が起きたのか分からず動揺するパーティの参加者達。しかし令息と同じ拘束のされ方をされた為すぐに魔術師の仕業と気付く。貴族達は王族達に対する不敬罪と憤慨し魔術師を捕えようとしたが、全員残らず壁に磔にされる。
「我慢やーめた。」
自分に歯向かう者達を全員磔にした後、魔術師は悪びれる事もなくそう言ってのけた。
◆◇◆◇◆
「というわけさ。」
「このバカ!」
魔術師の話を聞き終えた後、王は再び頭を抱える。
「何、本当に何してくれてるのお前!」
「仕方がないだよ。あいつら君の悪口を言ったんだ。」
「だからって他国の王族にお前、お前!」
「襲って来なかった連中も丁重に軟禁しておいたよ。」
「だからそういう問題ではなく!」
「いいじゃないか。これで私達の国は勢力拡大だぞ。」
「そしたら今度はこっちが他国に危険視されるわ! あーもう!」
王はこれ以上厄介事を増やさないようにしなければと考えを巡らせる。
「許してくれよ。もちろん後始末はちゃんとするつもりだ。それと珍しい酒をかっぱらってきた。終わったら呑もう。」
「…仕方がないな。」
王と魔術師は酒が大好きだ。
その後、王の尽力と根回しと王の命令を確実にこなす魔術師の動きによってあの国の侵略は完了し、あの国のものだったものは魔術師の王の国と他国に分割されていった。あの国を嫌う者達が大勢いた事と魔術師の強さを知っている他国の者達は異議を唱える事はしなかった。
王族達は元王族達となり全員幽閉された。
残った貴族達の処遇を考える為に王達が調べ物をしている時、ある事実が発覚した。
騒ぎの発端となったあの令息と抱き寄せられた令嬢の関係だ。令嬢と話す機会を得た魔術師は興味本位で令息の関係を問いただした。
そしたら令嬢はこう答えた。全く知らない人です、と。
それを聞いた魔術師と魔術師から話を聞いた王は恐怖で身を震わせた。