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5 迷走

本日五話目です。まだお読みでない方は前の話からどうぞ。

 玄関扉が開く音を聞いて、私はとっさにソファから立ち上がっていた。落ち着きがないですね、と言いたげな春ちゃんの視線は気になったけれど、私はそれどころではなく、急いで玄関へと走り寄った。


「玲音!」


 名前を呼ぶ。

 片方の靴を脱ぎ終えた体勢の玲音がぎょっと目を見開いて動きを凍り付かせた。


「な、んで……」


「私が入れたの」


 リビングの扉の奥からひょっこりと顔を出した春ちゃんが、私の後ろからそう告げた。苦々しい表情をした玲音は、「それで?」と言いたげに、憎々し気な光を宿した視線を私に向けた。

 そこには、かつての幼馴染の姿も、関係の浅いクラスメイトの姿も見えなかった。ただ、恨みのこもった目が私を射抜いて。

 けれど今度は、覚悟を決めてこの場に足を運んだ私は、心おられることなく玲音の顔を見る。

 今にも涙があふれそうで、心の奥で暴れる思いを叫びたくて。それらすべてを飲み込んで、私は玲音に向かって勢いよく頭を下げる。

 そのあまりの勢いでふらりと体が傾いた。


「……なんのつもりだ?さらに俺を笑いに来たのか?」


「笑いに、って兄さん……」


 あきれたような、どこか起こっているような口調で、春ちゃんが話に割って入ろうとする。けれど私は片手で彼女を押しとどめ、痛みと怒りにゆがむ玲音の顔を見た。

 辛くて、逃げ出したくて、けれど私は、激情に任せて言葉を告げる。


「ごめんなさい。でも、誤解なの。私は、私たちは、そんな関係じゃないから……」


 言葉尻が弱くなってしまったのは、濁した言葉しか言えなかったのは、この場に第三者であり、秘密を知らない春ちゃんがいるから。


「……別に。どうでもいい。だからもう、関わってくれるんじゃねぇよ」


 吐き捨てるように告げて私の横を取っていく玲音の袖へと手を伸ばした。


「ざけんなッ」


 大きく振るわれた手が、私の体を弾き飛ばした。

 一歩、二歩と体が背後に後退し、壁にぶつかる。

 そんな私を見ることもなく、玲音は背を向けて二階の自室に向かって階段を昇って行った。


「ごめん、なさい……」


 私はただ、謝ることしかできなかった。ごめんなさい。傷つけてごめんなさい。誤解させてごめんなさい。

 けれど、覚悟を持って同性が好きだと告白して、私に裏切られた苦しさでいっぱいの玲音に、私の言葉なんて届かない。


「何なの……?」


 わけがわからないとばかりに告げる春ちゃんに返事を返すことはなく、私はただうなだれるしかなかった。






 春ちゃんの追撃を躱して逃げるように帰った翌日。

 玲音は学校に登校してきていた。私に対するあたりは増すばかりで、おそらくは私が家まで押し掛けることで休む意義を見出せなくなり、その上私が秘密をばらしていやしないかという恐れから学校に来たのではないかと思う。

 何かおかしなことがなかったか、と友人に尋ねる玲音の言葉からは、私に対する不信感がにじみ出ているようだった。

 玲音は時折私のことをうかがうように見つめてくる。その眼には隠し切れない疑心があって。けれどその暗い輝きに気づかない初音は「告白でもしたの?」と私にたずねてきた。玲音が私を気にしている理由が告白されたからだなんて、見当違いもいいところだ。

 まあ、「告白をした・された」という部分を抜き取れば間違いというわけでもないのだけれど。


 長い昼休みの時間、私は掻き込むように弁当を食べて、初音に断って教室を飛び出した。

 玲音の視線が痛かった。彼の視線を受けて私は自分が疑われていると強く実感し、吐きそうだった。

 教室を飛び出した私は、きっとひどく青ざめた顔をしていただろう。クラスメイトの数人が心配げな視線を向けてきたのを、私はひらひらとなんでもなさそうに手を振り返して答えた。


 行く当てもなく廊下をぶらついた私は、気づけば図書館に足を運んでいた。図書「館」とは言っても、その場所は少し広い教室程度でしかない。ただ、古い本から新しいものまでまんべんなくそろえてあるあたりはさすが学校の図書館だと思った。


 私は本のにおいを胸いっぱいに吸い込み、心を落ち着ける。玲音も、悠里もここにはいない。私は、ここに一人きり――図書部員であり図書室の貸し出しや鍵管理を行っている生徒がカウンターに座って本を読んではいたが。

 私はふらふらとした足取りで狭苦しい本棚の間に歩を進め、左右に並ぶ背表紙を指でなぞりながらたどっていった。どの本のタイトルも私の意識に入り込んでくることはなく、私の視線はただ本の上をすべるばかり。けれどその無意味な情報が救いだった。

 私はそうして、予鈴の鐘が鳴るまであてもなく本を眺めてうろついた。

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