狂犬令嬢は悪役令嬢たちと共謀する
この短編は『狂犬令嬢は乙女ゲーシナリオをぶち壊す』(https://ncode.syosetu.com/n8451hs/)の続編になります。時系列は、『狂犬令嬢は乙女ゲーシナリオをぶち壊す』と『狂犬令嬢は領地の危機を救う』(https://ncode.syosetu.com/n0781ht/)の中間になります。
よろしければこちらも。
ことの始まりは、学園への、ある一人の伯爵令嬢の転入だった。
なんと、こともあろうに、同時期に在籍していた第二王子、宰相の令息、騎士団長の令息、王家直属の諜報部隊『影』の少年が、その令嬢に一目惚れしてしまったのだ。後の聴取で、騎士団長の令息は別に惚れていた訳ではなく、単純に困っていたから助けていただけだと判明したが。
そして、それをよく思わないそれぞれの婚約者たちが、その令嬢を諌めようとしたようだが……やはりというべきか、馬鹿な男どもが暴走して婚約者たちを悪者に仕立て上げようとしたのだ。後の聴取で、騎士団長の令息は両者の意見を聞こうとしていたと判明したが。
そして、彼らの卒業もあと3ヶ月となった頃、私の情報網に『アホな男どもが婚約者たちを、卒業記念パーティで貶めようとしている』という情報を手に入れたのだ。
……さて、ここで私の自己紹介をしておこう。私の名はコルネリア・ウルツハイマー。ウルツハイマー伯爵家の令嬢であり……
──騎士団長の令息、ヴェルナー・ブラントの婚約者にして、ことの発端になった伯爵令嬢、ルイーゼ・バルトコの義妹だ。
◆◇◆◇◆◇
ルイーゼ義姉様は元々平民で、市井で暮らしていたのだが、彼女の持つ魔力属性、”両儀”がとても珍しいものだったようで、バルトコ伯爵家に引き取られたという経歴を持っている。
だが、元々平民だったがために、貴族が某黒光りするヤツくらいうじゃうじゃいるような学園に放り込まれて、かなり苦労していたらしい。
具体的に挙げるのなら、誰かに話しかけられても何も話せなかったり、礼儀作法とかもわからないから気づかないところで失礼をしてしまったり、勉強にもついていけないからテストもボロボロだったり、まぁ枚挙に暇はないようだ。
そんなところにバカどもがやってきて色々としでかしたらしい。
第二王子は『彼女は元々平民だったんだ、これくらい許してやって欲しい』
宰相令息は『この程度も許容できないようでは、人としての器が小さい』
諜報部隊の少年は『このくらいならかわいいものだろう。できなくたって仕方がないのだからとやかくいうのは理不尽だ』
団長令息は『家庭教師を彼女に紹介した。すぐに改善されるはずだ。物損等があったのならこちらで補填しよう。自分の婚約者に言えば間違いなく出してくれる』
と、他の令嬢たちに言ったようだ。私の婚約者だけなんか私に頼りすぎている気がするがまぁいい。だって義姉様のためならいくらだって出すつもりだし。
ではここで、一度時系列を整理しよう。
まず、ルイーゼ義姉様が転入したのは、第三学年の6月。夏季休暇の1月前だ。
そして夏季休暇。ここである事件は起きる。
私がルイーゼ義姉様を我が家へ呼び出し、その結果兄様との婚約が決定してしまったのだ。
そして夏季休暇が終わって秋学期。令息たちの上記の発言はここで行われた。
そしてその約3ヶ月後、令息たちの企みが発覚した。今がここである。
◆◇◆◇◆◇
「……と、いう訳なんだ。俺、どうすればいい?」
私の婚約者であるヴェルナーが、情けなく私に縋ってきた。どうやら、いくら止めようとしてもバカどもが止まらないらしい。
「一応、彼らの動向は、彼らの親と婚約者に逐一流してますけど」
「おい待てなんてことをしでかしてくれやがってるんだ!?」
「ルイーゼ義姉様を困らせる奴らは破滅すればいいんですよ」
そう、女神が遣わしてくださった天使で現人神な義姉様を困らせるような蛮族は万死に値するんですよ……ふふふ……
「……ま、まぁそれはもう俺にはどうにもできんからいいとして……いやよくはないんだが……そもそも、コルはどうやって情報を入手してるんだ?」
「……最近、よくカナブンが周りを飛んでたりしませんか?」
「なんだ急に? まぁ、確かに最近はよく見るな。少し季節外れだからよく覚えている」
「あれ、私の諜報端末です☆」
「お前……っ、お前…………っっ!!!」
そうそう、言い忘れていたが私は転生者。そして転生者はそれぞれ1つチートと言える能力をもつ。そんな私の能力は【空想投影】、想像したものを出現させる能力だ。
「まさかとは思うが、ローランドやパーシバル、シェイドにもつけていないだろうな……?」
「やだなぁ〜、つけてないはずがないじゃないですかぁ〜」
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
ヴェルナーが頭を抱えてしまった。まぁそれもそうか。バレたら謀反と取られても仕方ないし。でもね……
「ヴェルナーヴェルナー」
「……なんだ」
「バレなきゃ犯罪じゃないですよ☆」
「……っ!! ……っっ!!!!」
せっかく整ったヴェルナーの顔が、『何か言ってやりたいけど言いたいことが多すぎて言葉が出ない』感じに歪んでしまっている。誰だヴェルナーにこんな顔をさせたのは。私だ。役得。
「まぁ安心してくださいよ」
「………………」
なんか半泣きの状態になっているが、私はヴェルナーを安心させるために、言葉を紡ぐ。
「今現在、あのバカどもをどう嵌めてやろうかって、各婚約者様方と相談中です♡」
「うわああああああああん!!!」
ありゃ、泣いちゃった。
◆◇◆◇◆◇
それから少し時を飛ばして、第三学年の生徒が卒業する記念に開催された記念パーティがやってくる。このパーティは、生徒だけでなくその親や親族も参加できるため、かなり広い会場も多くの人で埋まっている。
そんな最中に、バカどもがルイーゼ義姉様を連れて壇上へと上がる。
「ローランネイ・ラスパイレス!」
「クルーシア・トロイネア!」
「レアリア・ノーザント!」
「……コルネリア・ウルツハイマー」
「「「前へ出よ!!」」」
壇上のバカどもが、ローランネイ様、クルーシア様、レアリア様、そして私を呼び出す。当然のように、私たちはそれに従い、人が避けて空いた空間に出る。
前に出ていけば、壇上には自信満々に見下ろす王子に、軽蔑するような視線を向ける宰相令息、怒りを隠しきれない影の少年、そして胃痛を耐えて顔を青白くさせているヴェルナーと、不安そうなルイーゼ義姉様がいた。
わずかな沈黙が場を支配するが、第二王子がすぐに口火を切る。
「ローランネイ・ラスパイレス。貴様の悪事は全て把握している。平民だからと言って、この可憐なルイーゼに危害を加えたろう?」
「クルーシア、お前もこれに加担したな?」
「レアリア……僕は信じていたのにさ……」
「…………………………」
どよめきが広がる。それもそうだ。王子自らその婚約者の悪事を暴こうとしているのだから。だが、当然私たちは誰一人としてやっていないわけで。
「はて、そのような事実はございませんが?」
私たちを代表して、ローランネイ様が返答する。だがまぁ、予想通り彼らは全く信じていないようだった。
「はぁ……この期に及んでまだそう言うか、仕方ない……」
「ローランネイ・ラスパイレス」
「クルーシア・トロイネア」
「レアリア・ノーザント」
3人のバカどもが、それぞれの婚約者の名を挙げ、そしてタイミングを揃え──
「「「貴様との婚約を破棄させてもらう!」」」
そう、宣言した。
◆◇◆◇◆◇
「「「はい、喜んで!!!」」」
それぞれの婚約者たちは、とってもいい笑顔でそう答えた。壇上のバカどもは、皆豆鉄砲を食らった鳩のように間抜けな表情を晒している。
周囲のどよめきがより広がる。
婚約破棄をした? 令嬢たちが働いた悪事とは? あの令嬢たちは何を考えている? そういえば一人だけ何もしてない令息がいるが……?
そんな囁き声がちらほらと聞こえてくる。ククク、計画通りだ。
「……はぁ〜〜〜〜〜」
そんな中で、壇上の一人、ヴェルナーが大きなため息をついた。
そして、ゆっくりと壇上を降り、私たちのところまでやってきて、バカどもに正対する。
「……ヴェ、ヴェルナー……? なぜそいつらの所へ……?」
王子が混乱した様子でつぶやく。それもそうだろう。一泡吹かせようとした令嬢たちに躱された挙句に、仲間だと思っていた一人が離反したようなものだから。
「ルイーゼ嬢、こちらへ」
「……はい」
ヴェルナーが義姉様を呼べば、一拍置いて義姉様が壇上を降り、私たちの元へとやってきた。
「る、ルイーゼ……?」
壇上の3人は、まさか”守るべき存在”であった義姉様に裏切られ、困惑している。
「……兄様、こちらへ」
「あいわかった」
そして最後の仕上げに、私が兄様を呼べば、こちら側の陣営は勢揃いだ。
周囲も、一体何がどうなっているのかわからずに静まり返っている。
そして先陣を切るのは、ローランネイ様だ。
「レオナルド様……今までわたくしは、貴方を支えて行こうと努力してきました。ですが、それも本日で終わりとさせていただきます。冤罪で糾弾しようとするような方と、これから円満に過ごしていけるとは思えません」
「な……っ!? 冤罪ではないだろう!! 第一、実際私たちは現場を……」
「現場というのは、これですか?」
そこにすかさず私が割り込み、1つの映像を空中に投影する。
そこには、学園の、階段近くの廊下で談笑するルイーゼ義姉様と、ローランネイ様たちが映っていた。そしてその数秒後、床を通り過ぎた某黒光りの悪魔に驚いた義姉様が、足を滑らせて階段から落ちる。あわや大惨事というところで、偶然下にいたヴェルナーが受け止めた。
ここで映像は途切れる。隣に立つ兄様を見れば、嫉妬でギリギリと歯を鳴らしている。どうせ『俺がそこにいたのなら、絶対に俺が助けたのに……』とか考えているのだろう。そんな体力もないくせに。
「見ていただいてわかる通り、ルイーゼ義姉様はローランネイ様が突き落としたのではなく、ただ足元を過ぎったゴキブリに驚いて足を滑らせただけです」
「そんな……いや待て、そもそもなぜ斯様な映像が…………ん? 義姉様?」
チッ、早速そこに引っかかりやがったか。バカだけどその辺は頭が回るってことか。
種明かしがだいぶ早くなるが、まぁ仕方ない。兄様、ゴー!
「あぁ、ルイーゼは私の婚約者だ」
「つまり私の義姉様というわけです!!!」
「……えっと、その、はい……」
事実を突きつけてやれば、会場は完全に沈黙する。そして──
「「「はぁーーーー!?!?」」」
壇上のバカどもが、信じられないとばかりに叫んだ。
◆◇◆◇◆◇
それから、全ての企みがいろんなところに筒抜けになっていたが故に、彼らは全員廃嫡されることとなり、色々と罰を受けているようだ。まぁそこはもう私たちの関わるところじゃないからどうでもいい。
ローランネイ様たちの婚約は、”破棄”ではなく”白紙撤回”となったので、特に彼女たちに傷がつくこともない。そして、次の婚約者が決まるまでの間、自由を謳歌しているようだ。
方々円満に片付いたと言っていいだろう。
ローランネイ様たちとは、あの事件を通してとっても仲良くなり、ルイーゼ義姉様も含めて頻繁にお茶会を開くようになった。というか、今まさにお茶会の真っ最中である。
「いやー、想像以上にうまくいきましたね!!」
「本当、あそこまで上手く嵌まってくれるとは思いもしませんでしたわ……」
「あれほどまでにバカだったなんて……嘆かわしい……」
「ま〜結果オ〜ライじゃないですか〜」
「うぅ……なんか申し訳ないです……」
まぁこんな感じで、実態はお茶会という名の反省会である。
「企みの内容をヴェルナーに内通させて、カウンターになる証拠を私が集め、反撃をローランネイ様たちが仕切る。本番でアドリブで組み込んだ、ヴェルナーとルイーゼ義姉様が壇上から降りるシーンは本当に見ものでしたねぇ。バカどものあの顔を言ったら、プププ」
「あの顔を見るためだけに動いたと言っても過言ではありませんわね」
「「「わかる〜」」」
「えぇ……」
今日も平和に、日は過ぎ去っていくのだった。