62 休日
※作者のとある心日記をお許し下さい。
安全に破壊。一度信用された人には、老若男女問わず、死力を尽くしましょう。これはある意味計りがたく、分かちがたい、単純明快なセンテンス。演技というものは、なりきることに、躍動感が宿るものです。そして、それを捨て去ったときに、ようやく、夜明けまえを迎えます。それは、とてもとても暗いものです。佳人薄命などと、決して決して言わないように。芸能と芸術は違います。簡単に言えば芸能が陽だとすると芸術は陰です。
イニシエーターになるには、順番や秩序として、グレートイニシエートとなること、これは、想っているよりも、至極当然なことのようです。「子供は親の背を見て育つ」が全て、物語っているようにも、思えます。最近は、スターシードなどと、自ら名乗っている人々がおられますが、とてもおめでたいことであり、自身も情けなく感じます。召命というのは、いつでも、自分以外の他の存在、謂わば、他力が決めていることでしょうからね。他力本願とは、先ず、「本願」を知らなければ、理解できないようです。また、仏教でいう「空」というのはこの宇宙に独立した存在は、1つもなく、関係性のなかで、かろうじて在る、ということみたいですね。
そう考えれば
この宇宙は、ひとつなぎ。
関係の無いものは無くて
みんな家族だし
みんなで1つの心
みんなで1つの体
One love……
あ、天才子役は前世からの賜物。
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『休日的な、あまりにも休日的な。』
※これは、とある平日の呟きです。
わたしは、子供の時から
カニとポテトと、それからシュークリームが好きでした。
母は、パンをこねるところからはじまり
わたしに、優しい朝食の時間をプレゼントして下さいました。
わたしは、ただいま32歳(3年前)になりまして
一説によらば、壮年と言われている人生の春夏秋冬なのか、そのような、シーズンに入りました。
青年期よりも、変わったことも多々ありましたが
変わらなかったことの方が、
遥かに多いのも、また、驚くほどの事実です。
だからなのか定かではありませんが、
休日は、小さい頃から同様に
ただただぼぉーと、緑を眺めて、遠い深碧に、おとぎの世界を、あまりにも、自然に、また、デカダンスなまでに、リラックスしながら、眺めております。三つ子の魂百までと、云われてきておりますが、まさに、そのような感じでありますし、憧れさえ、抱いております。
それから、犬になったり、猫になったり、小鳥になったりしているのです。
いつからか、最近の世界情勢や時事については、無頓着になってしまいました。その度に、わたしは、乞食になってしまったのか!!と、
深刻なまでに、ボヤいては、誤謬ばかりしている次第です。
全世界よ、無知なわたしに教えて下さい。
ありあまるほど、で、なくていいのです。
ほんの少しでも、いいのです。
恋人のような秘密を。




