6 歩
「あ、サトルくん」
「菅谷さん」
「こんばんは」
「こんばんは、って、なんでこんなところに菅谷さんがいるの!?」
「そっちこそなんでよ」
「あれ、菅谷さんって、この辺に住んでいたっけっ?」
「歩いたら1時間ぐらいにはなるかな……今日はちょうどこの辺を歩いていたんだけど」
「そうなんだ……、夜にこんな川辺を歩いてたら危ないよ」
「そんときはそんときっしょ」
「駄目だよ、そんな投げやりじゃ!もしかしたら、これは菅谷杏奈の幻を見ているのでは」
「加藤悟に似た幽霊かも」
サトルは川の水面の暗いところを一度眺めてから、心中は知らないけれど、決心した。
「よし!菅谷さんを明るいところまで送るよ」
「えっ、いいってば」
「駄目、菅谷さんが危ないから」
「わ、分かったわよ」
月明かりが朧に照らす夜の静寂に包まれた川辺を二人は歩きはじめた。街灯は少し遠い。はじめはぎこちなく、どこかハラハラしていたが、並んで歩いているうちに、意外にも会話が弾んでいった。
「だからさあ、ユウトの奴、やけになって歌いはじめちゃったんだよ」
「ははっ!あのネクラなユウトくんが歌いはじめるって、もはや世も末だね」
「あれは、傑作だった!カラオケマジックかも知れないけど」
「それで、何歌ったの?」
「昭和歌謡っていうのかな?聞いたことない歌だったんだけど、それが意外と上手だったんだよ……、アキトやショウヘイもビックリしちゃって、まさに目が点だったよ」
「へぇ、ユウトくんって歌上手なんだね…、昭和歌謡って、なんだかユウトくんらしいと云えばらしい」
「でしょ?もしもユウトが流行りの歌を歌ってたら、それはそれで衝撃だったかも知れないけど」
「ははっ!たしかに、たしかに」
発汗作用は心地よく、夜風が二人を後押しするかのように吹いている。それから少しだけ、あれやこれやと会話をしていくと、突然、アンナが立ち止まった。
「サトル、ありがとう。もう家の近くだからさ」
サトルは、楽しい一定のリズムが途絶えたからか、ふと我に返った。ちょっと怖い。
「あ、そっかそっか……明日からは、夜の川辺を歩いちゃいけないよ」
「そちらこそ。星を見ながら涙ぐんではダメですよ」
「あれ、バレてたの」
「ふふっ、顔に書いてあったもの」
「いやぁ、恥ずかし」
「サトルくん、じゃあまた明日」
「うん。またね菅谷さん」
アンナはサトルの硬さにほくそ笑んだ。
「いいよ、明日からアンナって呼んで」
「へっ、ああ、アンナ、アンナ」
「ふっふっ、じゃあね」
「アンナ、また」