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59 千紫万紅

俳諧は三尺の童にさせよ

  ~松尾芭蕉~


20××年6月13日

加藤悟


 今日帰り道にふと見かけた、あの紫陽花。雨と讃え合っていて、なんて美しかったのだろう。この感動と美しさを生み出すには、この世界の何1つ欠けても、成り立たないことを、こんなにもぼくに教えてくれた。ああ、いっそのこと、ぼくは紫陽花を支える土になりたい。


ここで短歌


雨つぶは

天地を濡らし

讃えます

この青年を

この紫陽花を



 それにしても、独自性ってなんだろうか?簡単に言われるけれど、それを見出だしていくのは、案外難しいように感じる。喜びを持って言うけれど、長い年月がかかりそうだ……。「持ち味」や「ならでは」「オリジナリティー」「命の輪郭」のようなものだ。これを遺憾なく発揮して、表現出来るようになったとき、芸術家としても、一廉(ひとかど)の人物となるだろう。ぼくが言っている一廉というのは、他と比べるとかじゃなくて、自分以外の誰かや自然を含めて、何か、面白がられたり、感動を与えたり、勇気や生命力を与えられる芸術家ということ。そうそう、最近、推敲(すいこう)という言葉を覚えた。


 ぼくは滝が流れていくが如く「一筆書き」や「即興」で絵や詩や音楽、芸術を表現出来るのが、一流だと、ばかり思っていた。だが、推敲することも決して、ナンセンスなことでは無いようだ。あの偉大な松尾芭蕉も幾度となく推敲されている資料が残っているし、「弘法も筆の誤り」という言葉もあまりにも有名だ。間違えはもはや、間違えではないかも知れない……。弘法大師さんが間違えて下さったことは、結果として、皆に勇気を与えた、仏の慈悲そのものではないだろうか……。


 何事にも言えることかも知れないが、むしろ失敗を恐れて、行動しなくなったとき、それが一番の失敗ではないだろうか……。小さな子供が成長していく過程の中で、転けては立ち上がって、転けては立ち上がる。転けては泣き叫んで、それでもまた歩き出す……。ビートたけしさんも、「失敗したら、もっと大きな失敗をすればいい」と言っていた。言わんとするニュアンスがぼくには、伝わってくる。かっこうつけたり、飾ってなんかいられない!ぼくは、少年や少女のように、喜怒哀楽をしながら、転んでも立ち上がる、転んでも立ち上がって、全力を出し続けるんだ!今出来ることは、全力で行う!成長し、向上し、大きくなっていく、明日を信じて!!


 独自性についてもう少し書いておこう。人間はこれだけ人口が多いというのに、全く同じ顔の人が、1人もいない。この事実は、神様から、世界に1つしかない光を1人1人に元々授けられている、何よりの証拠だと思う。今のぼくとしては、その独自性とは、まさに光だと思う。調味料だって、あれだけのバリエーションに富んでいる。見た目は似ていても、塩と砂糖のように、役割がまるで違うこともあるし……玉磨かざれば光なし、ああ!!加藤悟だけの光を世界に放つぞ!!!


それは

独自性のこと


それは

独自性と独自性が

融合すること


それは

それぞれの独自性を

最大限に発揮した

千紫万紅(せんしばんこう)

真の総合力

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