54 矛盾されど矛盾
20××年5月24日
加藤悟
場合によっては、有るものを無いと言ったり、また、無いものを有ると表現しなければならない状況がある。これは、あらゆるレベルに対応するために設けられ、あるいは必要性によって生じた、矛盾とも言える。つまり、矛盾を表現することによって、流れてくる命脈のようなものを止めずに、大切な何かのエッセンスを守ることができる場合に、矛盾は用いられるということ。
これについては
aはaであって、aはaではない。
分かりづらいかも知れないが、このように、
矛盾は矛盾であって
矛盾は矛盾ではない。
ということが生じるケースがある。
このような見解や、ある意味で象徴にも似た矛盾は、解釈の多様性の発展にも繋がる、柔軟な見解にも成りえることをあえて言っておこう。
リンゴの絵はリンゴの絵であって
リンゴの絵はリンゴの絵ではない。
分かりやすく言えば
サトルはサトルであって
サトルはサトルだけではない。
さらに言えば
サトル(心の境涯である地獄や霊界)は
サトル(心の境涯である天界)であって
サトル(心の境涯である天界)は
サトル(心の境涯である地獄や霊界)だけではない。
多様な可能性や多面性を
感じるためには
必要な矛盾もあるということ。
追記
どうやら菩薩や天使達はお互いに頭を下げ合うようだ。確かに、互いの存在のかえがえのなさに気付き、敬意を感じ合えれば、おのずと、最大限の力を引き出し合える関係性になれる。礼を尽くすこと、尽くしたくてしょうがない。すると、互いや全体が浮上するものがあり、総合力へのアプローチになる。浮上した正体は、独自性や個性などが考えられる。これは如何なる時においても、非常に重要なポイントであろう。




