5 時間
人は自分自身の心情を人や花々に投影してしまう、弱くて可愛らしい生きもの。ああ、無始無終。はじまりもおわりもあるものか!ただ在る。在り在りとした時間と虚空界の幻視。今、アンナはどこで何をしているのだろう。いてもたってもいられなくなったから、夜・だのに……、家の近くの川辺を歩いている。呼吸をやや忙しくしながら歩いていると、幾分か、落ち着いてくる部分と、やっぱり虚しくなる部分がある。自分が思っていることをアンナに伝えられるかな……、伝えないほうが、伝わるかな……、愛……、愛ってなんだろう……、どうしてぼくが、川辺を歩きながら、都会の煙によって見づらくなった星を眺めているのだろう……。坂本九さんや永六輔さん。見上げてごらん、夜の星を、小さな星の小さな光が、ささやかな、しあわせを歌ってる。
涙。この時、サトルは涙を初めて覚えたような気がした。良い加減な歎異抄の最後も涙でしたっけ?小さな頃に流していたかも知れないけれど、確かな感受性を持って、涙が流れていった。小さな個である涙の一粒一粒が、やがて川となり、大きな全である豊穣な海に繋がって、ただひたすらに流れていくような気がした。このような話は至極当然、露しらず。
そうして、優曇華やメルヒェンで喩えられるような、稀有な事象が実現した。目の前にアンナがいたのだった。時刻は21時47分。青年は、一度その場で、立ち止まり、再び、歩き出した。来世や前世ではなく、今世。
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白詰草は今日も誰かに踏まれている。