46 ロマン
20××年3月29日
加藤悟
ひとつなるもの、人間と世界の遠い距離感を短くすること(元々世界の発出源は1つであるから。そう、ぼくとアンナで1つの総体的な体であり、感情や心、命や愛。また有機体や素粒子でもあるから)。これにより、あらゆる問題は解決していくように思う(問題は問題として出現したときに、一歩解決に向かっている。また、問題が大きく感じるならば、解決が可能であるサイズまで、縮小していけばいい)。遠慮をすることもないから、喧嘩をすることもあるけれど、アンナとぼくが1つになったとき、計り知れない可能性を秘めているんだ。
カオスの正体は莫大なエネルギーでもあり、人間の発育段階でいえば、胎児や赤ん坊だ。タロットカードであるならば0愚者。カオスである開闢から、芸術による創造(1 魔術師[マジシャン])によってカオスを美や知性、感情に変容させることができる。これは凄いことなんだ!(創造者として1人で立てるようになれたとき、はじめて、全世界のチームに入ることを意味する。全世界のチームに所属したときのよろこびは果てしないし、本来の人間への回帰を意味しているんではないだろうか)また、乖離し、失調していたエレメントや素因は、この活動によって回復し、統合されていく。
これをぼくは「ロマン運動」と名付けることにした。
カオスのなかで最も純度の高いものにロマンを注入し、統合し、全体を活気づけて、躍動させる潤滑油のような媒体となり、取り扱つかえるようになったとき、それはまさに、職業やジャンルを超えた「超人」であるかも知れない(タロットカードの0~21の大アルカナは、内界と外界世界の統合の旅でもあり、完成がテーマでもあるようだ)。
元々、人間には無限の可能性を与えられているのではないだろうか。子供のときに感じていた、感覚を超えた超感覚は、幻に過ぎないのであろうか……、西洋でも言われていることだけれども、大人になり身体は大きくなるけれど、背中に生えた愛と夢の翼は小さくなっていないだろうか!心までただ生の存続を長くする、ゾンビのようになってはダメ!ぼくは、ぼくやぼくに関わる人々をゾンビにはさせない!そう、人の心には、常に、ロマンを!!
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『遠く離れていても、僕らは』
遠く離れていても
僕らは、同じ空の下
大気のなか
大地の上
ひとつの海
遠く離れていても
僕らは、いつも心で歌っている
繋がっている
いろはにほへとちりぬるを
遠く離れていても
僕らは、交流をしている
僕や君が持っている愛の心が
地球の反対側にある
あたたかな家庭を築き上げている
遠く離れていても
僕らは、地球を汚染している
僕や君のなかにある心が
犯罪やテロ、異常気象、天変地異を
助長させてしまっている
遠く離れていても
僕らは、いつもひとつの命
宇宙の果てのその先や
アルクトゥールスやレグルス
この呼吸と足元
赤ちゃんや木の葉の祈り
遠く離れていても
僕らは、近くにいる
目にも見えるし、目にも見えない
耳を澄ませば
福音が鳴っている
永遠の泉の炎が
咲きこぼれている
遠く離れていても
僕らは、ひゅると廻ってダンスする
ホップ、ステップ、ジャンプする
遠く離れていても
僕らは、いつまでも離れない
僕らは、いつまでも離れない




