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31 先天

 ~この世に邪悪は存在しない、世界はふたたび、黄金時代に向かっている。


ノヴァーリス~


 サトルは登りながら感じた。人は後天的なものよりも、先天的なものを大切にした方が良いと、この透き(とお)った寒さが教えてくれるような気がした。寒さや暑さは、時に、良いものかも知れない。決して、凍らない心や暑さに依らない情緒というものが変わらずにあることを感じ取れるから。寒さや暑さに勝とうとしなくても、自ずと勝るものが浮上してくる。このようなデカダンスを止揚(アウフヘーベン)することは、難しくとも、不可能ではない、と。山はその深い(ふところ)(あらわ)にし始めた。サトルとアンナは、低山を少し侮っていたのかも知れないと、内心感じていた。


 「やっぱり、山は心して登るぐらいがちょうどいいよ」


「軽んじてると猛威を振るうのが自然だわ」


「普段有難いものでも、こちら側の心がけや日頃の行いが悪ければ、気づいて欲しいから、そのように振る舞うんだろうね」


「あっ、ここを左側に向かうと滝が見れるそうよ」


サトルは「あ、これだ!」と心のなかで呟いた。


「アンナ、滝を見てから頂上を目指そう」


「急がば回れ」


 そんな二人を誘うように、木々の枝葉は、わずかな風に揺れながら薫る。それから、しばらく歩いていくと、階段が見えた。揺蕩(たゆた)う音、梯子のような木漏れ日。滝に続いている階段である。二人は、その階段をほぼ無心で下っていった。

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